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インドは遠い、商売はもっと遠い ◆ 水曜日の湯葉89[8/16-22]

【新作おしらせ】

日経サイエンス10月号(8月25日発売)にて、新作短編「エンケラドゥス・プローブの憂鬱」を寄稿しました。地球外生命を探査しにきた無人探査機に搭載されたAIの一人称小説です。


8月16日 水

髪を切った。そしてスマホを見たら「バスの運賃箱にはインド人の毛が使われている」という記事がサジェストされていた。整理券と硬貨を仕分けるのにちょうどいい硬度の素材を求めたら人毛に至ったらしい。人体由来の物質が医療・美容以外の産業に使われるのは初めて聞いた。

しかし「インド人」である理由はなんだろう? あの人種が多様な国で髪質が安定しているとは思えないが。調べてみるとインドでは宗教的儀式として髪を供物にする文化があり、それを寺院が集めて売っているとのことである。海外に輸出されエクステなどに使われるそうだが、おそらくバスの運賃箱もここから提供されているのであろう。

そう考えるとすごく不思議だ。先進国でも貧困国でも人毛はコンスタントに生成するのに、「商品の人毛」を求めるとインドまで行かねばならないのだ。「作る」と「売る」にはすさまじいギャップがある。「この技術をなぜビジネスにできないのか?」みたいな話は頻繁に聞くけど、「そもそも技術とビジネスは遠い」で8割がた説明できそうだ。


『紙魚の手帖 vol.12』を読む。自分の新作も載っているので、必然的に家に1冊ある。

創元SF短編賞の受賞作と選評が載っている。宮澤伊織さんの選評が参考になる。賞の選評というのは「落とした理由=つまらない点」をたくさん挙げねばならない面倒な役職だが、この選評は冒頭で「面白い話とは何か」をきちっと定式化した上で各作品を評価しており、問題点の指摘がすごく納得しやすい文章になっている。僕も審査員を頼まれたらこういうふうに書こう。

ストーリーテリングの基本をシンプルに言うなら、「読者の期待を高めて、それに応える」ということに尽きる。分解すると「期待を高める」「高めた期待に応える」という二つのフェイズがある。今回の選考における評価のポイントは、いかにこの二つをうまくこなしたかに絞られたと言える。

『紙魚の手帖 vol.12』創元SF短編賞 宮澤伊織選評より


8月17日 木

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