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子供のリアリティ、大人のファンタジー ◆ 水曜日の湯葉90[8/23-29]

人生が敗北した。具体的にはリングフィットアドベンチャーを買った。つまり「自分はゲームなんざに頼らずとも、日頃の移動趣味でカロリーを消費できる」という幼少期より積み上げてきた自意識が、体重計の示す現実のまえに無惨に敗れ去ったのである。

敗者に与えられる栄冠

まず感心したのは安いこと。コントローラーとソフト合わせて7500円。普通のゲームソフト並だ。そのせいで「これはゲームだ」という認識になって敗北感が緩和される。もっと高かったら「これはフィットネス器具だ、これを買ったら本当に負けだ」という意識が働いて買えなかったろう。

実際プレイしてみても、細かい部分で「これはゲームだ」と意識させるのにかなり気を配っている。たとえばスクワットで攻撃している途中で敵のHPがゼロになると、その時点で戦闘が終わる。普通の筋トレであれば1セット20回というように回数が固定されているが、ここでは「ゲームの都合」が「筋トレの都合」よりも優先されるのだ。

そっちがそういうつもりなら、と自分もなるべく「これはゲームだ」と自分を騙すようにしている。そうでないと到底やる気が維持できないからだ。負荷が十分でない気がしても、ゲームを効率よく進めるにはこの方がいいな、と判断したらそうする。

そもそも筋トレという概念じたいに自己欺瞞的なところがある。筋肉というのはやたら維持費(カロリー)のかかる器官なので、生活に使わない筋肉は退化する方がいいし、生物はそういう仕組になっている。だから文明の進歩でカロリー過多になってしまった人類は、トレーニングという生活に不要な挙動を繰り返し、「お前は必要な筋肉だ」と肉体を騙し、おだて、肥大化させ、過剰なカロリーを浪費させているのである。

つまるところ我々の生物としての機能は、もはや機械文明に敗北しているのだ。ゲーム機に命ぜられるままにビクトリーポーズをするのは、そういう種類の皮肉であるように思う。


8月23日 水

猛烈な雨が通り過ぎたあとに外に出る。気温は控えめだが湿気がものすごい。「昔の夏」の空気だ。

図書館に行き、現代イラクに関する本を何冊か借りる。たいてい10年くらい前に刊行されたものだ。イラク戦争が終わって「結局どうなったんだ」という興味が集まったせいだと思われる。それ以後のことを知りたければISISというキーワードで調べたほうがよいかもしれない。

打ち合わせが1件。「単行本は税込み◯◯円以下に抑えたいが、文字数どのくらいまで行けるか」という話をする。このところ書籍代が上がっているのは紙代の高騰が原因らしい。昔どっかで「紙とインクだけの商品にこんなに値段がつくのは、そこに人間の想像力が詰まっているからです」みたいな話を聞いたが、紙って普通に高いんだな。想像力の市場価値に確信が持てなくなった。

一輪車から一輪を抜いたみたいな椅子

なんとなく椅子を買った。バランスを取らないと倒れるので姿勢がよくなる(ことを強いられる)椅子。昔は「なんとなく買うもの」のサイズ上限が「カバンに入るもの」だったが、車を買ったことで「車に積めるもの」まで上限が跳ね上がってしまった。


8月24日 木

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