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かまぼこ板で表札を作る。そうやって僕らは大人になる

「かまぼこの板って、表札作るのによさそうだな」

と思ったので作ってみることにした。人間は深夜になると色々なことを思いつく。

全手動2Dプリンター

まずは文字を板に転写する。iPad の照度を最大にして「柞刈いすかり」の文字をステッカー用紙にトレスし、板に貼り付ける。2文字程度であればプリンター使うよりもトレスする方が早い。実寸も揃えやすいし。


スケルトン仕様が流行っていた頃のもの

貼り付けた文字をカッターで削っていく。このカッターは大学入る時に実家からパクってきたやつである。大人はあんま文房具を買わないので、実家から持ってきた道具が現役がち。


爪痕が刻まれた

「爪痕を残す」という比喩にちょうどいいくらいの傷がつく。スポーツ大会とかで「爪痕を残したい」っていうのって「優勝したい」と違って「予想外の活躍をして周囲の印象に残りたい」というハングリーさが出てて良いよね。


このあたりで「明朝体にする意味ねえな」と気づく

内側をマーカーでなぞって彫刻刀で削っていく。これも小学校で買わされるものだ。児童の安全を第一とする小学校で刃物が渡されたことに「成長の証」を感じたのを覚えている。

文字を削りながら「彫刻刀あるある」を考える。

  • 5本セットだけど面倒なので2本くらいしか使わない

  • 鉛筆削るやつクラスに1人いる

  • 「彫刻刀なのに彫刻作らなかったな」と後になって気づく

  • バレンが「のし梅」に似てる

  • 5本セット600円って今から考えると異様に安い

あと「裁縫セットと違って、その後の人生で使わない」というのも思いついた。まさに使ってる時に言うのもなんだけど。

削ってる途中で「柞刈いすかり」がやたら縦線の多い漢字であることに気づく。木目に沿っておりたいへん掘りやすい。「読みづらい」と揶揄されながら7年使っているペンネームだが、ここにきてようやく日の目を見ることになった。


どこの家庭にもある電動リューター(単4電池×2)

ある程度削ったら形を整えるために電動リューターで削っていく。ふだん歯医者でしか聞かない研磨音が一般家庭に響く。木粉がすごい勢いで周囲にあふれ出す。同じくらいの勢いで歯を削ってると考えるとかなり怖い。


形はできた。あとは色

全体に紙やすりをかけて、削り行程は完成。いったん洗って乾かす。

木工品ってどっかの段階でニスを塗るんだよな、と思いつつもタイミングがわからないので、乾いた時点で塗ってみることにした。ダメだったら削ればいい。人生はやり直しが効く。

なんか家にあった筆と、なんか家にあったニス

思ったようなツルツルの板にはならず、ベトベトになってしまった。重ね塗りすればもっとツルっとするだろうか。

ニスが乾くまでの間ちょっと回想シーンに入る。

「かまぼこ板で表札が作れそう」と最初に思いついたのは、小学生の冬休みのことだった。

大晦日おおみそかの台所で、おせちを作る親を横目で見ながら、シンクに置かれた木の板を見て「これ、貰っていい?」と目を輝かせて言ったのだ。当時から僕は、直方体立方体といったシンプルな図形に偏執する子供だった。男子小学生に人気の恐竜やロボットは「線が多すぎる」という理由で興味を持たなかった。

さて、貰ったはいいもののこれをどうするか。何枚か組み合わせれば小物置きくらい作れそうだが、手元には1枚しかない。それも正月という特別なイベントで発生した1枚だ。枚数が増えるのは期待できない。じゃ何ができるか? 思いついたのが「表札」である。

当時はまだ個人情報保護が騒がれる時代ではなく、たいていの家には家族の姓が、時には家族全員のフルネームまで書かれた板が、玄関に当たり前のように貼られていた。ああいった小物を作ってみるのは面白いんじゃないか。

よし、あとでやってみよう。

……ところが、そう決めたはずなのに、表札は実際に作られることはなかった。テレビの正月特番だの、お年玉で買ってきた玩具だの、宿題だのに勤しんでいるうちに冬休みは終わった。かまぼこ板は引き出しの奥に埋もれ、何も刻まれることがないまま、記憶のいちばん下の層へと消えていった。

(回想おわり)

あのとき「あとでやってみよう」と決めた「あと」に、世紀と元号をひとつずつまたいで辿り着いたのだ。待たせてごめんな。

彫った部分に絵の具を塗る。セリアで買った黒色アクリルガッシュ。「ガッシュ」ってなんだろ、とググると「不透明な水彩絵の具」とのことである。『金色のガッシュ!!』ってそういう意味だったんだ。大人になってようやく知った。

なんか家にあった絵の具とパレット
きったねえ……

水分が多すぎて、ティッシュで拭き取ろうとしたら全体がしっかり汚れた。ガッシュ強すぎる。

ひとまず黒を塗り終わったので、乾かないうちに絵筆とパレットを洗う。洗面台が一気に真っ黒に。慌ててメラミンスポンジで汚れを落とす。子供と大人の最大の違いは「洗面台の汚れを気にする」である。

木の表面を紙やすりで削ると、汚れはきれいに落ちた。事前にニスを塗ったおかげで、絵の具が木に染み込むのを防げたのかもしれない。削った粉を水で洗うと絵の具もちょっと落ちてしまったので、もう一度重ね塗りをする。

有史以来もっとも有効利用された納豆のフタ

もう洗面台を汚したくないので、使い捨ての画材を導入する。綿棒と納豆のフタである。筆に比べて太すぎるので派手にはみ出すが、「あとで削ればいい」という経験知を得たのでギットギトに塗っていく。人は戦いの中で成長する。

再度表面を紙やすりで磨くと、多少にじんではいるもののハミ出し部分は概ね削れた。ちょっと高い将棋の駒みたいな雰囲気だ。

背景:セリアのレジにあった新聞紙(岐阜県版)

最初に塗ったニスが完全に剥がれたのでもう1回塗っていこう。セリアのニスとセリアの刷毛はけを使う。セリアには人生に必要な全てがある。そこになかったら必要ない。


2回塗った

ニスを塗る。粘性が高すぎて刷毛の跡が残ってしまったので、水で薄めて重ね塗り。もう一晩寝かせてから、仕上げ用の紙やすりで削って完成。


完成〜!

作って気づいたのは「これ、小学生でも行けたな」である。彫刻刀も絵の具もニスもふつうに実家にあったし、使い方も図工で教わっていた。専門的な技術の要る工程はない。ただ「表札を作る自分」という具体的なイメージがわかなかったのだ。

今になってそれを実行できたのは、大人になる過程で「なんとなくの思いつきを実行する」という経験をたくさん積ませていただいたおかげである。なんとなく組んだプログラムはちゃんと動いたし、なんとなく書いた原稿はちゃんと本になった。そうした機会を与えてくれた周囲に感謝しつつ、この表札に刻んだ名前を背負って今後も思いつきを具体化していきたい。



ものづくり系記事の過去作


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