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20℃→40℃はなぜ「2倍の暑さ」ではないのか? 小学生にもわかりそうな解説

先日とあるTV局が「イギリスで40℃を記録。この地方の平均は20℃なので2倍の暑さです」というようなことをツイートし、「℃ を2倍にするなよ」と理工系の方々を中心に大いに炎上しました。(元ツイートはすでに削除)

マスメディアの科学リテラシーに対する皆様のお怒りはもっともなのですが、ただでさえ暑いところでツイートを燃やすのは迷惑千万ですので、この記事では「なぜ40℃は20℃の2倍ではないのか」を、冷静に、淡々と、小学生でもわかるように解説していこうと思います。


まず、以下の文を見てください。

たかし君は身長180cm、座高は90cmです。
よって、たかし君の身長は、座高の2倍あります。

正しい比較

これは問題のない比較です。「座高」は座ったときの腰から頭までの高さのことです。つまり「身長が座高の2倍ある」というのは「腰から上と下が同じだけある」という意味になります。たかし君の体型がなんとなく想像できますね。

では、こちらはどうでしょう。

たかし君は身長180cm、体重90kgです。
よって、たかし君は身長が体重の2倍あります。

間違った比較

「身長が体重の2倍ある」というのは、なんだか変な言い方ですね。

実はこういう「2倍」は間違いです。なぜなら、90kg を2倍にすると 180kg であって、180cm ではないからです。数字というのは単位がついてはじめて意味を持つので、勝手に単位を付け替えてはいけないのです。

なぜいけないのか? たとえば「身長180cm」をメートルに書き換えて「身長1.8m」としたらどうでしょう。

たかし君は身長1.8m、体重90kgです。
よって、たかし君の身長は、体重の50分の1です。

間違った比較2

おやおや。単位を変えただけで、たかし君の体型はまったく変わっていないのに、さっきまで2倍だったはずの体重が、50分の1になってしまいました。アメリカで使われているフィートやポンド、昔の日本で使っていた尺・貫のような単位を使えば、また違った結果になるでしょう。

このように、単位や基準を変えるだけで結果が変わってしまう「2倍」は、ただの数字あそびであって、たかし君の体型にはなんの意味もありません。だから、「180cm は 90kg の2倍!」などという人がいれば、「ちょっと物事をわかってないんじゃないの?」と思われるのも仕方ないでしょう。


ところで、たかし君の住む国(日本とは言ってない)にはとても自分勝手な女王様がいます。なんでも自分基準で物事を決める人です。ある日この女王様が突然「国民の身長は、私と何センチ差かを表記すべし」と命令しました。仕方なく国民はみんな「身長」の欄を書き換えます。

女王様の身長は 168cm なので、たかし君は自分を「180cm」ではなく「女王様+12cm」にします。友達のひろし君も従います。

たかし君 180cm → 女王様+12cm
ひろし君 174cm → 女王様+6cm
よって、たかし君の身長はひろし君の2倍です。

これはどうでしょう? 体重のときと違って、単位は同じ cm です。でも何かおかしい。もともと2人の身長はそれほど違わないのに、どうして女王様のひとことで2倍になってしまうのでしょう?

そんなある日、女王様が亡くなりました。国をあげて盛大な葬儀が行われ、息子があとを継いで王様となりました。王様の身長は 171cm だったので、国民はまたそれに従って、自分の身長を書き換えました。

たかし君 180cm → 王様+9cm
ひろし君 174cm → 王様+3cm
よって、たかし君の身長は、ひろし君の3倍です。

あれれ? 2人の身長は変わっていないのに、さっきまで「2倍」だったのが、女王様が死んだだけで「3倍」になってしまいました。これは何かがおかしい。こういう「誰かとの差」で測った身長は、たとえ単位が同じ cm であっても、2倍・3倍がちゃんとした意味にならないのです。


さて、ここで温度の問題に戻りましょう。

平均気温20℃の地域で40℃を観測し、例年の2倍の暑さとなった。

なぜこれがダメなのか。実は、温度の単位「℃」は、さっきの話でいう「女王様の身長」のような自分勝手な基準を使っているからです。その女王様がこちら。

氷 〜温度の国の女王様〜

「氷」です。
私たちの日常で使う「℃」は、「水が1気圧で凍る温度との差」という基準で温度を表しているのです。これは18世紀にセルシウスという科学者が考えたことで、℃ の C はセルシウス(Celsius)の頭文字に由来します。

では、なぜセルシウスは cm や kg のように、自分勝手な基準のない、ちゃんとした単位を作らなかったのでしょう? 実は、この時代はまだ科学が未発達で「温度に最低値がある」ということがわかっていなかったからです。だから「身近にある冷たいもの」を温度の基準にしようとして、氷を使ったのでしょうね。

のちに科学が発展すると、「温度の最低値」が発見され、これを使った温度の単位 K(ケルビン)が決まります。これを使って、さっきのニュースを書き換えてみましょう。

20℃ → 293K
40℃ → 313K
平均気温293Kの地域で313Kを観測し、例年の1.07倍の暑さとなった。

これなら問題ないのですが、293K から 313K と言われても「ものすごく暑くなった!」という感じはしませんね。私たちの生活で触れる温度はだいたい 300K 付近なので、無理して「ちゃんとした単位」である K を使うよりも、氷を基準とした ℃ を使うほうが、かえって感覚的に使いやすいのです。

ただ、この ℃ というのがあくまで氷の女王を使った単位であり、2倍したり半分にしたりできる数字ではない、ということは心の片隅においておくといいでしょう。

なんにせよ、例年20℃であったはずのイギリスが40℃を観測するのは、「2倍の暑さ」ではなくとも大きな問題です。未来を担う皆さんもきちんと科学を勉強し、気候変動に立ち向かっていきましょう。

ちなみに私はこの記事を北海道・旭川あさひかわのホテルで書いてます。今日の最高気温は23℃でとても快適です。それではまた。


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