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こんなに大変です☆借金返済への道 6

〖まとめ〗「お金がない」も「愛されてない」も果たしてそれほんまですかね?ほんまに?(笑)

※アメブロで2014年に書いた「自分史」を加筆・再考し掲載しています。


お金が無くなった話からそのタイヘンな借金が完済されていく経過のお話し。

今日は、そのまとめというか。
私のお金(と愛)への思いについて書いてみたいと思いました。

私の人生には本当にいろんなテーマがありますが(笑)
博打も賭けも(おんなじやし)ゲームも宝くじさえほとんどしないのに

これほど「お金あるかないか」に翻弄されている自分がほとほとおかしいとなっておりました。

結構これ、長く自分自身を取り扱えなかった部分で
正直言うと今でもちょい苦手です。

でも、そういうことは
「伸びしろ」があるってことです。はい(笑)

お金に関するとなるとね。

よくわかんないってなり、
めんどくさい(向き合いたくない)
ってなっゃうので
かなりだいぶん大事なこと、でしょ?( ´艸`)

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2011年からの数年の間
私はもうお先がないほどの「極貧」(と解釈してた)状態と、
『生まれてこの方みたことありません』くらいの0いっぱいの足し算引き算の末、

「自分らしく生きていけるお金のある毎日」を手に入れてきましたが

手に入れたといっても
「自分でそれだけ働いて稼ぐ」ようになったわけではなく、
生前そうなるために礎をつくった主人からいただいているものであり。

ありがたく受け取っておきながら
気持ちの上で受け取れていませんでした

お金のことがいつも不安で
「そうじゃないと思うよ」とさまざまな観点から言ってもらっても
腑に落ちない自分。

一度
「もらうものもらってるくせに悩むとかふざけてんねん!」
って怒られたことがあります。(笑)

たぶん、わたくし当時かなりうざったかったかと。すみませんねほんとに^^;

「お金がなくなる」ことに本当におびえている毎日。
それも夜眠れないほど。

そしてそのころは
お金のなくなる状態が断続的にやってきていました。

お金は使ったら当然なくなります。
いろんなことを経験し、学びながらも
それがなんで「奪われる」感覚なのだろう。
「お金」はいつも
私の頭から離れない大きなことになっていきました。

自分に使うことができること
生きることに苦労しないでいられること
遺してくれたことに
本当に感謝はしているはずなのだけど

反してやってくるのは
「あったらあったでどうしたらいいかわからない」

↑あそっか、だからいつもなくなっちゃってたのかもねー

お金に対してのネガティブさの根元には
「私の家は貧乏だ」
「お金もない、やりたいこともさせてもらえない」
「かわいい服も買ってもらえない」
「お小遣いやお年玉も少ない」
「家族で旅行にいったこともない」

…がいつもありました。

家にお風呂がないことを
本当に恥じて友だちにからかわれないように
ビクビクしていました。

家を出て、結婚して親になって
そんなになっても「実家が貧乏」っていややなって
思っていました。

旦那もよく自分の生い立ちを
「貧乏人のコセガレ」と言ってたので
憧れだったのでしょう。

結婚して子供が生まれたころ
主人と義弟と一緒に一軒家をたてました。

決して貧乏にみえない(笑)
二世帯の三階建のおうちです。

笑ってしまいますが、
シャワーのあるお風呂
お庭のある一軒家
周囲を見渡せる高さのある我が家

初めて手に入れました。

自分で手に入れた「外から貧乏にはみえない」暮らし。
そこでわたしは
本当に幸せを手に入れたかというと

どうだったんでしょうね。

しごとを理由にして
旦那にも実家にも子ども丸投げだったし。
でも、なにより

このあたりまえにある現状自体を
「しあわせ」「ありがとう」って
まったく当時は思えなかった。

「忙しいから仕方ないよね」っていう状態を
何年も続けてました。

仕事にいけなくなって
主人が亡くなって
多額の借金を負うことになったとき

母が昔
「貧乏でも借金がないことが自慢」
と言っていた事を思い出しました。

今思うと、すごいダイジなことだと思います。

でも、思い出したけど
そのときは受け入れませんでした。

その頃はまだ両親から「いろいろ言われることがうっとうしい」としか感じて生きてなかったのです。

だけど
お葬式の最中に膨れ上がっていく葬儀費用が
払えない状態のわたしに
何も言わず「銀行行かれへんやろ?」って
80万渡してくれたのは
母でした。

貧乏なん誰?(笑)

△▼△▼△▼△▼△▼

母親が父親のお給料の中で、堅実に生活することをタイセツにしていたこと。

そして
父親が家にお給料をいれてくれることを、
家族として「当たり前のように」思っていたけど
それがどんなに「幸せ」な家庭の中に生きていたことだったか。


一番自分の中でイタいことを書きますね。

わたし
「貧乏な家に育った」のに

ピアノが弾けて
お習字ができて
学校にいけて


そして、一度も
「家にお金がない」とか
「借金でなんともならない」とか
そんな生活をしたことがなかったです。

ほんまに貧乏?

ほんまに?wwww( ´艸`)

これが「どんなに幸せな家庭に育った」ということだったのか
しっかりほんとうの意味で受け取るのに
それから数年かけちゃいました。


思い出すのは

私のピアノを買ってくれるために
お小遣いを減らしてくれてた父のことを
友だちみたいにお父さんに何も買ってもらえないので
恨んでいました。

そのお小遣いから
私に本を買ってきてくれることを
頼みもしないもの買ってくるなら好きなものを買うお金くれればいいのにって思っていました。

そして
「つつましく暮らすこと」を今も大事に生きている母を
「せこい、貧乏くさい」と思っていました。

お風呂のないおうちで
家族四人2DKの長屋で
ピアノを弾く私は

私は途方もなく大きな愛に包まれていた

ああ、なんか泣きそうになる。(笑)
あほですね、わたし。

私は「貧乏の皮」を勝手に自らまとったお姫さま
だったわけです。

皮かぶってふてくされたままピアノ弾いてるとか
ありえないほど滑稽だわ。

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両親から得たものは人によりさまざまで
本当に今も傷ついて生きている人も多いから
「これが正しい」っていう話ではないけど

わたしは
「今こうしてここに生きている。」

という事実そのものが
両親から無限に愛されてきたことから起こる
「可能性」なのかもしれないなと思っています。

可能性から生きれば
生きてるから生み出すことはなにかしら可能だものね。

数年前は
警察を呼ぶほどこじれさせてた親子関係からの今。

そして
「お金がない自分」からの脱却。

「愛」も「お金」も
「本当にない」ですか?

ほんとうに?

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だから
奇跡を起こしたければ
みんな、できるなって思うの。

わたしは
なんとなくなんですが
もういちどお金の奇跡を起こすような気がしてます。(笑)

「50円玉ふたつになったお金がないよ編」

読んでくださってありがとうございました。

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