思い出は思い出としてとっておく。彼女の両手が物語る2つの記憶。
手には顔と同じくらい、人となりを表す何かがあるんじゃないか。
自分の頭の中で感じていたことをふと思い出し、インタビューをしてみることにしました。
今回取材したのは、東京都西多摩郡の多品目野菜農家・あつえさん。
両手が物語る記憶を、あつえさんらしい言葉で答えてくださったインタビュー記事です。
問いを受け取って、すぐに浮かんだ2つのエピソード
ーさっそくですが、「あなたの両手が物語ることを教えてください」という問い。思い浮かんでいることはありますか?
あつえさん:
思い浮かぶことは、2つかなと。
1つめは、父方のおばあちゃんに手が似ていること。2つめは、ワーキングホリデー(以下、ワーホリ)に行ったとき、働いていたレストランバーで作った左手中指の傷のことです。
ーお父さんやお母さんでなく、おばあちゃんなんですね!あつえさんにとっては、似ていることはうれしかったですか?
あつえさん:
特に手の甲が似ていて、手首の骨が出っ張っているところが一緒なんです。
まわりの親族から似ているとよく言われていたこともあり、おばあちゃんのクローンだと思ってました。
似ていると言われたのは、褒め言葉として受け取ってましたね。
ー細くてきれいな指先ですもんね。
あつえさん:
産んでもらった親に感謝ですよね。
(農作業の影響で)日焼けやシミはあるけど、手は高校生のときと変わらないかなあ。
「なんだかんだいい思い出」として残るワーホリでの記憶
ー続いて、2つめに挙げてくださった左手中指の傷についてですが、まずワーホリのご経験があるんですね。
あつえさん:
24,5歳のとき、イギリスへワーホリに行ったんです。
ワーホリに行く前には、オーストラリアに行って、一周して英語を学んで、貿易事務の仕事をしてみたいなと思って実行しました。
ワーホリに行ったのは、新卒2~3年目でこの先どうしようかなと思う時期で人生を変えたかったから。マニアックなところに行きたいと思って、イギリスに行くことを決めました。
ーすごい行動力!!
あつえさん:
24,5歳くらいは情熱で動けるものですよね。
そして、絶対働きたくないと思ったレストランバーで働くようになりました。左手中指の傷は、そこで働いていたとき、缶詰のはじっこでざっくり切ってしまったものです。
ー働きたくないと思っていたところで働いていたんですね。
あつえさんにとって、どんな思い出の傷になっているんでしょう?
あつえさん:
小さい村で、ワーホリを続けるためにお金が必要だったので、働くしかなかったんです。
泣く泣く働いていたし、大変だったけど、とっても楽しかった思い出の傷になっています。
ー働いていた当時も、楽しかったと思えていたんですか?
そうですね。働いている最中も「がんばってるじゃん、やれることやってるな」と思っていました。
住んでいたイギリスのトットネスという街は可愛らしい街並みが有名なんですけど、実は街への思い入れはそこまでなかったんです(笑)
でも、レストランバーは毎日通っていたから、今でもそのお店には目を閉じても行けます。
駅から一本道の坂を登った、坂の上にあるバーだったな。
ー最初は泣く泣く働いた場所でも、素敵な思い出になっているんですね。今でも、そのレストランバーはあるんでしょうか。
あつえさん:
(インタビュー中に調べてみると)ライブハウスになっているみたい…。
ーそうなんですか。悲しいし、複雑なものですかね…。
あつえさん:
上書きされちゃう!と思う気持ちと、「あ、そうなんですね」って事実を受け止める感じでしょうか。
あのときのレストランバーだったら、あの席に座ればあの景色が見れるかなと思いますが、そんなわけはないですもんね。
思い出は思い出の場所としてとっておく
ーここまで2つのエピソードをお聞きして、あつえさんの今につながっていることはあるんでしょうか?
あつえさん:
うーん、今につながっている意識はないですかね。
現在進行形ではない思い出という感じです。
自分では今につながっている意識はなくても、DNAとして、傷跡としてつながっているのかもしれませんが。
ーあくまで、いい思い出として残っているんですね。
あつえさん:
卒業した翌年の文化祭はまだ行けるけど、10年後はもう居場所がないみたいな感情に近いですね。
思い出は思い出の場所としてとっておきたい気持ちと、アップデートしたい気持ちもあるけど、思い出が上書きされるのはさみしい気もします。
当時は、自分一人のワンオペでがんばったりするレストランバーだったけど、今はみんなでやってるライブハウスみたいな。今日、アップデートしちゃいましたね(笑)
ー両手が物語ることを教えてくださったからこそ、知れたことかもしれませんね。ありがとうございました!
あつえさんから出てきた2つのエピソードは、あつえさんの記憶を紐解き、わたしに教えてくださっているようでした。
「小さいころ、おばあちゃんの手に似ているねと言われて、今でも祖母を思い出します」
「ワーホリに行ってレストランバーで働いたおかげで、今も料理が得意です」
瞬時に思い出せるような密度濃い経験をしているからこそ、今につながっているよーという話も出てくるのでは?と予想していました。
でも、あつえさんにとって、思い出はあくまで思い出。当時の記憶をたどりながら話してくださったんだと感じたインタビューでした。
過去は過去であり、現在とは別のものだと切り分けるあつえさんの資質を、あつえさんは気づいているのかな?
また新たな問いが生まれた時間になりました。
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