パクチー現象
生まれて初めてパクチーを口にしたのは、大学3年の時だった。
友人に連れられるがまま人生初のタイ料理屋に行き、注文もぜんぶ友人に任せた。
僕は、未知の料理に対して人見知りするタイプである。何皿か運ばれてきた中で、「これならいけるかも」と思えたのは生春巻きだけだった。
中華の春巻きは好きだったし、それが「生」というだけで、ちょっとした親戚くらいの感覚があった。白い皮が透けて、ぷりっとした赤いエビと緑色の野菜が包まれているのが見える。うん、これなら大丈夫そうだ。
スイートチリソースをちょんちょんとつけて、無防備にガブリといった。
その瞬間、口の中で未知なる食文化が爆発した。
「うわっ、ちょ、なにこれ、もしかして…え、セミ入ってる?無理無理無理!」
その正体はセミではなく、パクチーという名の葉っぱだった。
「えー、パクチー美味しいじゃん」
友人が注文した料理にはもれなくパクチーが入っていて、その日の僕は、料理を頬張る友人を眺めながら、ただただシンハービールを啜るしかなかった。
この出会いがトラウマとなり、僕は社会人になってからもできるだけパクチーを避けて生きてきた。時々、油断してメキシコ料理なんかにパクチーが入っていたりすると、「ここにもいたのかよ...」と震えながら、「やっぱり無理」と再確認するのだった。
それから時は流れ、10年ほど経った頃だろうか。近所で評判の汁なし坦々麺の店に行った。太くてコシのある自家製麺に、スパイシーな香辛料、ひき肉、玉ねぎ、キャベツなどの具材たちが絶妙に絡み合う独特の味。こりゃんまい!
何度か足を運ぶようになったある時、ふと食券の券売機の隅に「パクチー」というボタンがあることに気づいた。
「ん?トッピング用か?」
その瞬間、稲妻に打たれたような直感が走った。
「パクチー、この坦々麺に絶対合う」
あれほど嫌っていたパクチーが、すとーんと腹に落ちてきた。食べる前なのに、もはやパクチーがなければ満足できないくらいの身体になっていた。
果たして、汁なし坦々麺とパクチーの相性はバツグンだった。これをアハ体験と言うのだろうか。しかし、当時はその言葉を知らなかったので、僕はそれを「パクチー現象」と名付けた。
鍋に入っている春菊でもいい。冷奴に乗っかっているミョウガだっていい。何の魅力もないと思っていた地元の町が、「あれ?好きかも?」と気付く瞬間や、大嫌いだった上司が急に男前に見える瞬間だってあるかもしれない。僕にとっては、たまたまそれがパクチーだっただけだ。
未知なる世界と自分が接続し、友好的な関係を結ぶ瞬間。それまで理解できなかったことが急に分かったり、突然気づいたりする瞬間。アルキメデスが「エウレカ!」と叫んだように、私はきっと「パクチィィ!」と叫ぶだろう。そんなパクチー現象との出会いを、今日も僕は待っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?