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悪魔が魅せた夢 | ショートショート

早朝、目覚まし時計の音で、男は嫌な夢から目覚めた。
上司に嫌味を言われて、皆の前でからかわれる夢だ。

もっとも、現実でも会社に行けば同じことが繰り返されるので、男はげんなりした。

毎晩終電まで会社に居て、家に帰って飯を食って寝る。
毎日そんな生活なのに、上司はどうやら寝ている時すら許してくれないらしい。

「仕度しなくては」

頭では分かっているのだが、あの上司の憎たらしい顔が思い浮かぶと体が動かない。
今日みたいに、たまらなく会社に行きたくなる時が月に何度かある。

こんな時は、まだ夢の中にいる娘の寝顔を覗くようにしている。
無垢な寝顔を見れば、今日も一日頑張れそうな気がするからだ。

のろのろと仕度を済ませた男は、妻が淹れてくれたコーヒーをガブッと飲むと家を出た。

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その日も散々理不尽に怒られて、やっとの思いで男は家に帰った。
パパッと夕食を済ませて、熱いシャワーを浴びると、辛い明日に備えて寝床に入る。

男の頭の中では、眠りにつく直前まで、忌々しい上司に言われた言葉が反芻していた...。

男がふと目を開くと、目の前に見知らぬ1人の男性が立っていた。
その人はじっとこちらを見ている。

男は見知らぬ男性に訪ねた。

「すみません。どこかでお会いしましたか?」
「いや、会ったことはない」

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「私は悪魔だ」

「悪魔って...、あの悪魔?」
「そうだ、あの悪魔だ」

見知らぬ男はそう答えた。
悪魔と言われてもピンと来ない男は、悪魔にさらに訪ねた。

「私に何か用ですか?」

悪魔はニヤッと笑うと、待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「そうだ、お前に用がある」
「私は悪魔だ。これまで散々悪さをしてきた。でも何百年も悪事を続けてきて、流石の私も飽きてしまった」
「だから、たまには人間の願いを叶えてやろうと思って、たまたま見つけたお前の前に現れたのだ」

悪魔は一度も目を逸らさずに一気に喋った。

「お前の願いを一つだけ叶えてやる。一つだけだ、よく考えろ」

男はそう言われると、頭を悩ませた。
一つだけだと言われても、あれもこれも叶えて欲しいことはたくさんあるからだ。

しかし、男は頭にこびりついた1人の顔を思い浮かべて、悪魔に願いを話した。

「では、私の上司を殺してほしい。それもうんと苦しむ方法で」

悪魔はゆっくり頷くと、
「あいわかった。その願いを叶えてやろう」
と男に告げて、その場から姿を去った。

男の意識も薄れていき、次に目を開くと見慣れた自身の部屋に居た。

はっきりと覚えている変わった夢に頭を傾げ、バカな夢を見たものだ、と男は自嘲気味に笑った。

ふと手を見ると、何か煤のような汚れがついている。
それにどこか焦げ臭い匂いが鼻を刺激した。

周囲を見渡したが、特に異変がなかったので、男は寝る前に吸ったタバコの灰か何かだろうと納得して、手を洗った。

男がいつものように妻が淹れてくれたコーヒーを飲み、テレビをつけると朝のニュースが流れる。
どうやら近くで火事が起こったようだ。それも放火らしい。

被害者の顔が画面に映ると、男は息が詰まった。
散々男を苦しめた上司の顔が、そこにはあった。

心が一瞬歓喜に踊ったが、次の瞬間には昨晩見た夢と、朝の煤汚れがすぐに頭に浮かび、男は背筋を凍らせた。

その数日後、自宅に刑事が訪れて男は逮捕される。
「身に覚えがない」と何度も主張するも、監視カメラに映る自分を見て、男は何も言えなくなった。

チャイムが鳴り、ドアを開くと2人の見知らぬ男が立っていた。
男たちは桜の代紋が入った手帳を女の前に掲げると、身分を名乗る、

「警察です。旦那さんはいらっしゃいますか?」

当然女は驚き、慌てながらも答えた。

「ええ、今ちょうど仕度しています」

夫が影から顔を覗かせ、刑事の姿を見つけると、表情を強張らせた。
そのまま夫は刑事に連れていかれた。

女は、後から他の警察官に事情を説明された。
夫は数日前に起きた放火事件の容疑者として連行されたというのだ。

まさか、と思ったが、警察官の口ぶりから、夫が犯行を犯したのはほとんど確実らしい。

警察官が立ち去ると、女はすぐさま不倫相手にメールした。

「この間話した悪魔の夢の話覚えてる!?」
「びっくり!本当に夫がいなくなった!これで一緒になれるね♡」

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