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【物語】ぼくの色

ぼくが住む街は、色の街。
「大好き」が色に変わる街。
「大好き」が強ければ強いほど、濃くてはっきりとした色に変わる。

ぼくの友だちは、みんな色をもっている。

赤い少年は言った。
「ぼくは、靴が大好きだ。
 だから、大きくなったら、
 色んな靴を作って、みんなにはいてもらうんだ」

青い少女は言った。
「わたしは、お花が大好き。
 だから、大きくなったら、
 みんなを笑顔にするお花屋さんになるの」

黄色い少年は言った。
「オレは、王様になる!
 王様の椅子に座って、豪華なご飯を食べるんだ」

ぼくは、本を読むのが、少し好き。
みんなみたいな「大好き」は、わからない。
だから、父さんにいつも言われるんだ。
「だから、お前は無色透明なんだ」って。

ぼくは、いろんな色の友だちの隣を通って、
いつもの古本屋さんのドアをノックした。
コンコンコン。
「どうぞ」

店の奥には、真ん丸のメガネをかけたおじいさんが、いつものように座っていた。
今日は、赤い表紙の本を読んでいた。
「うかない顔だね」
おじいさんは、ぼくを見て、そう言った。

ぼくは、おじいさんに話してみた。
「みんな、色をもってるんだ。でも、ぼくは……」

ぼくが、おじいさんを見上げると、
おじいさんは、赤い本をテーブルにおいて、すくっと立ち上がった。
「こっちへ、おいで」

ぼくは、おじいさんについて、いままで、いったことのない部屋に入った。
その部屋には、三段の本だながひとつ、ぽつんと、おかれていた。
そして、本だなの真ん中に、一冊だけ本がおいてあった。

「その本を開いてごらん」
ぼくは、おじいさんに、そう言われて、真ん中のたなから本をとり出した。
その本は、茶色い表紙で、表紙に文字は書かれていなかった。

ぼくは、本を開いた。
けれど、そのページは、真っ白だった。
次のページも、その次のページも。

ぼくは、おじいさんを見上げて言った。
「なにも書いてないよ」
「よく見てごらん」

ぼくが、もう一度、本を見ると、
ぼくが開いているページが白く光っていた。
ぼくは、まぶしくて目をとじた。


ぼくが、ゆっくりと目をあけると、そこは、見たこともない街だった。
ぼくが、おどろいてふり返ると、おじいさんは、いなかった。
かわりに、真ん丸のメガネをかけた黒猫が、ちょこんと座っていた。

「こっちへ来てごらん」
黒猫は、そう言うと、ぼくの前をトテトテと歩きはじめた。
ぼくは、黒猫について歩いた。

街の商店街では、ヘンテコな服を着た人たちが、
当たり前のように、買い物をしたり、おしゃべりをしたりしていた。

「どうして、そんなヘンテコなかっこうをしているの?」
「きみこそ、なんでそんなヘンテコなかっこうをしてるのさ」

この街では、ぼくのほうがヘンテコなのかな。
ヘンテコなかっこうの人たちは、みんな楽しそうに街を歩いていた。

「ゆっくりと目をとじて、もう一度、開いてごらん」
黒猫は、ぼくに、そう言った。
ぼくは、黒猫に言われたとおり、ゆっくりと目をとじた。
まるで、次のページをめくるように。


ぼくが、目をあけると、
さっきとは、まったくちがった街が広がっていた。
今度は、街中の人が、ヘンテコなお面をつけていた。

「どうして、そんなヘンテコなお面をつけているの?」
「きみには、ヘンテコでも、おいらは、これが大好きなのさ」
「どうして、大好きって言えるの?」
「大好きを大好きって言って、なにが悪いのさ」
「ヘンテコだって言われるのが怖くないの?」
「他の奴らだって、ヘンテコなのを、大好きって言ってるじゃないか」


それから、また、ページをめくるように、目をあけた。
そこは、ぼくがよく知っているぼくの家だった。

ぼくは、読みかけの本を手にもって、父さんの前に立っていた。
「また、本を読んでいるのか」
父さんの低い声がした。
機嫌が悪いときの声だ。

「本を読むことは手段で、仕事にはならない。
 色にはつながらない。
 だから、お前は無色透明なんだ」
ぼくは、もっていた本を、ぎゅっとにぎった。

それから、ゆっくりと父さんを見て、ちっちゃな勇気をだして言った。

「父さんが好きな色は、とても素敵だと思うよ。
 でも、ぼくが好きなのは、
 父さんの好きな色とは、ちょっとちがうんだ。
 ぼくは、いろんな色がある物語が大好きだから」

ぼくが、そう言うと、家の中が白く光りはじめた。


ぼくが目をあけると、そこは、古本屋さんの本だなの前だった。
ふり返ると、おじいさんが立っていた。
「その本はね、読む人が物語を描くんだよ」

おじいさんは、にっこりと笑っていた。
「見つかったかい」
「ぼくの色は……」

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