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【空想と記憶の間】ぼくと猫と突然の旅

在宅勤務の最中にインターフォンが鳴った。
幸い会議は終わっていたので、ぼくは「はーい」とドアを開けた。誰もいない。いたずらだろうか。閉めようとしたドアの隙間になにかがはさまる。ガツン。ん? ステッキ?
「失敬。キミは大塚くんかね?」
ドアの隙間にはステッキが差し込まれ、足元に立っていたのは着流し姿の猫。え? 猫?
「あがっても?」
猫さんは、素敵な帽子を軽く上げた。
「あ、はい」
ぼくはドアを開け、猫さんを部屋に通した。


ワンルームにぼくと猫さん。視線を合わせられるように、猫さんは椅子に、ぼくは床に座った。
「それでは早速本題だが、旅に出よう」
「へ?」
「旅だよ、旅。知っているだろう」
「えっと、旅は知っていますけど、今からですか?」
「無論そう」

ムロウンソウ? なに? ほうれん草とかクレソンの仲間か? よくわからないことで悩んでいるぼくを横目に、猫さんは立ち上がる。
「準備をしたまえ」
あれよあれよと話が進み、ぼくは一週間の有給を取った。困惑しているぼくと上司にお構いなく、猫さんはすでに旅先の景色を眺めているような穏やかな表情だった。


新幹線に飛び乗って、ぼくは猫さんが言う目的地をスマホで検索する。


はじまりは高千穂。天孫降臨の地とされる場所。

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それから天安河原。
天照大御神が岩戸隠れなされた際に、八百万の神々が集まった場所。

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最後は国譲りの地、出雲。

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「どうだったね、日本神話の旅は?」
帰りの新幹線でお茶をすすりながら、たずねる猫さん。
「どこもはじめて行きました。自然と背筋が伸びますね」
「結構、結構」


それから新幹線の駅のホームで、「それでは」と猫さんは軽く帽子を上げた。ぼくは猫さんに軽くお辞儀をし、在来線のホームへとむかった。
有休を取って、こんなにあっちこっちに行ったのは、人生初。見たことのない風景。食べたことのない食事。はじめて感じた新しい風。
「悪くないな」
土産物はなにもない。でも、猫さんと過ごした時間すべてが、自分への土産だった。満ち足りた気分で、到着した電車に乗り込んだ。


一ヵ月後。
久しぶりの連休に、朝から優雅にコーヒー豆を挽いていると、インターフォンが鳴った。
「はーい」
「やあ、大塚くん。早速だが、旅に出よう」
「え! また旅?」
「大好きなのだよ、なによりも」


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