幸せを感じる生き方へのシフト
先日すごく久しぶりに、
丸1日家でずっと1人で過ごしました。
最近は、家だとダラけるし
ちょっと寂しくなったりするので、
とにかくカフェには出かけるように
していたのですが、
正月疲れなのか外に出る気がしなくて
久しぶりに籠ってみよう、と
思ったのです。
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結果的に朝は10時に起きるわ
でもまた眠くなって2時間昼寝するわで、
やはりめっちゃ寝たんですけど、
いい1日だったなって、
思えています。
昔の私だったら、
「寝坊してだらしない!」
「寝てばっかで情けない!」
「仕事が遅れちゃう!」
・・・てな感じで
自分で自分のお尻を
いつもペンペンしていたんです。
でも、
寝過ぎた罪悪感とか
仕事の焦りは
やっぱり多少は感じるけれど、
「朝しっかり寝れてよかったな」
「昼寝はめちゃめちゃ気持ちよかったな」
「疲れがたまってたんだな」
「今日はコーヒーが一段と美味しく感じたな」
「寝た割には、結構仕事したな」
って、今は思えます。
***
そんな1日を過ごして感じたのは、
幸せって、身近にいっぱい
見つけられるなってことです。
少しずつ、
お金や物や状況といった
外から得られる幸せへの執着は
無くなっていると思っていたけれど、
完全には捨てられていなくて、
「○○があるから幸せだ」
「○○に行けたから幸せだ」
って、条件はやっぱり持っていたんです。
例えば、これまでは
「おシャレなカフェで大好きな友達と
おしゃべりする幸せもあるけど、
一人で最寄りのスタバで
のんびり時間を過ごすのも十分幸せだな♪」
と思えていることを、
幸せに対する条件への執着を
少し手放せていると思っていたのです。
でもいつの間にか
「スタバに行くと幸せ」
みたいな感覚になっていました。
それは家にいるのと比べらた
スタバの方が幸せだろう、
というくらいの感覚。
つまり、幸せには「スタバ」という
条件が必要と思っていた、
ということです。
でもこの日に思ったのは、
友達とオシャレなお店で飲むコーヒーも、
1人でスタバで飲むコーヒーも、
1人で家で飲むコーヒーも、
どれも幸せだ、ってことです。
私はコーヒーが好きなので、
じゃあコーヒーがなかったら
幸せじゃないのかと言われると、
正直コーヒーがあった方が幸せ!
とは思うけれど、
これもやっぱり、
コーヒーがなくても幸せなんだと思います。
寝坊や昼寝が
じゅうぶん幸せなのだから。
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コーヒーを飲む時間は私にとって
幸せの象徴の1つだから
分かりやすく幸せを感じられるのだけど、
一瞬一瞬を、
そういった決まった象徴がなくても
幸せだな〜
と、感じられるようになりたいなと
思いました。
がんばって幸せを見つけるんじゃなくて、
幸せだと自然に思える感度を磨きたい、
という感じです。
自分に足りないものを追いかけて
不足感を満たそうとするのではなく、
今の一瞬に目を向けて
満足感を感じる生き方に
もっともっとシフトしていきたいです。
いただいたサポートを励みに、これからもコツコツ楽しく、がんばります✨ サポートいただけたらすごく嬉しいです😊