note1ヶ月続けた私が、続ける方法を考えてみることにした。
何かを続けて楽しいかどうかはやり始めて一月でわかるものだ。やり始めて一月経った頃にそれを続けている自分が想像できたら続く、続けている自分でなくやめる瞬間の清々しさを考えてしまうのなら、続かない。
実にシンプルだ。とりあえずやってみて、それは自分の生活に合うかジャッジする。合わなければ、やめる。それでいいと思う。
継続は力なりなんて学習塾は言うけど、合わないことはいくらやったって仕方ないと思う。合わないにしたって勉強はしないと将来の選択肢が減るのだから、しないというわけにはいかないし、させることでお金儲けしようとする。まあ、勉強に関してはやっておいた方がいい。
私の生活には、毎日本を読むとか、公文のプリントを5枚やるとか、そういったことが馴染んだ。でも高校の部活だけは馴染まなかった。辞めたい辞めたいと思いながら、幽霊部員をした。親が辞めるのを許さなかったから。何かをやり続けるのが偉いとか、辞めてはならないとか、そういう教育は本当によくない。気軽に何かを始められなくなる。
それでも大人には好きじゃないけど続ける他ない資格試験の勉強とかそういったものがあるわけだし、"続ける"方法というのはある程度需要があるのだろうと思う。
noteを30日連続投稿した記念に、何故続けられたのか、考えて綴ることにする。
考えてみたところ、続けられた理由は4つだ。1つずつ説明していこう。
1.書くことが好き
書くことが好き、だなんて最初に持ってくるべきではなかった。何故ってnoteを続けたい人は書くことというよりも表現することそのものが好きな人だろうからだ。
でもどうしたって、書くことが好きだから1ヶ月も休まず書き続けることができたと言うしかない部分がある。これが、書くことが嫌いだったらきっと続かなかった。
ふとしたときに、ああ書きたいな、と思う。呼吸。という名のマガジンを作るほどに、私にとって書くことは呼吸なんだろう。だって書かねば息している気がしない。呼吸そのものと言っていい。
毎日何字書いているかも計測してはいないけど。本当はした方がいいのだろうと思う。
2.書ける題材を用意している
私はゆっくりする日記というマガジンも作っている。これは有料マガジンで、療養中の私の日記が1日1更新で読めるものである。
日記で、1日1更新と決めたのだから、その日の夜には必ず書くことが揃っている。日中はずっと横になっていたというのだって書ける。何故なら日記だから。
ちょっとズルみたいなところもあるけど、こうやって毎日書くことができるように仕向けるのも、ありだ。日記を書いて30日連続投稿、これもありだと思う。
3.noteが褒めてくれる
連続投稿するとnoteが褒めてくれる。「○日連続! すごい!」といった感じ。これが嬉しくなる。言ってしまえばログインボーナス、いや、連続投稿ボーナスだ。これが明日も続くと思うと頑張りたくなる。
お金が出るのでもないけれど、誰かがそうやって褒めてくれている、特にnoteは運営が見てくれている感の強い場だ。そのことがよく作用したと思う。
4.毎日同じ時間にnoteの時間を作った
私は書くものが日記、他に書きたければアルビノのことか呼吸。に書くというスタイルだったので必然的に夜寝る前がnoteの時間になった。これが結果的によかった。
毎日同じ時間、学校から帰ってきたら机に向かうような感覚で、私は毎日noteを書いていた。習慣として生活に組み込むのがいいようだ。
こんな感じだ。noteをこれから続けようという人の役に立てばよいのだけど。
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