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生活保護受給者の「贅沢」のライン|頑張っていない人は差別してもいいのか

おはようございます。まだまだ暑い日が続いていますね。

予防接種2回目を受けてから、体調が悪い中、びっくりするような投稿をSNSで読んだ。メンタリストDaiGo氏の発言に触発された人だった。

「生活保護受給者が贅沢だと叩かれているのだから、贅沢のラインを決めるべきだ」というのがざっくりとした趣旨。

「生活保護受給者が贅沢な暮らしをしている」というのも、大手メディアが極端な事例を取り上げすぎていることから生じる誤解だ。実際には、不正受給でもしない限りは、生活保護費で贅沢な暮らしをすることなんかできない。だけど、その誤った思い込みを前提として、さらに「スマホのオンラインゲームの課金はいくらまでなら贅沢にあたるか」などと議論をしていた。

生活保護法では、保護費の使途についての制限はない。オンラインゲームに全額課金しようと、生活保護費は月に2度、支給されることはない。前借りもできない。使い切ってしまえば、その日以降、食べるものにも困るのは自分自身なのだ。

取材や自分自身がリアルに生活保護生活を経験したことから見えたのは、受給していない人にも多様性があるのと同様、受給者にだってあるということ。

私自身は、元々、自営業をした経験もあったので「生活保護の住宅扶助(家賃を保護費で負担してくれる制度)があるのって、固定費がかからずに起業できるってことだ!よし、生活を立て直そう!」と思った。

だけど、それはあくまでも私が自営業の経験があったから思ったこと。同じ状況で「将来は絶望的だ」と思う人もいれば「一生働かないぞ」と決意する人だっている。

生活保護法に保護費の使途についての制限はないはないが、無差別平等は定められている。

(無差別平等)
第二条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=325AC0000000144

メンタリストDaiGo氏はその後「一生懸命、社会復帰を目指して生活保護受けながら頑張っている人、支援する人がいる」からと謝罪したが、多くの人が指摘しているとおり、これも誤った考え方だ。

頑張っていようが、頑張っていなかろうが、無差別平等で保護されるのが生活保護という制度。

私は「贅沢のラインを決めましょう」という議論は、メンタリストDaiGo氏の謝罪同様、「贅沢をしていない人は差別しない。贅沢をしている人は差別しても構わない」というお墨付きを与える危険な発想だと思う。

だいたい「頑張っている」「頑張っていない」「これは贅沢だ」「これは贅沢じゃない」など、第三者が判断できることだろうか?

特に発達障害当事者取材をしているとよく聞くのが「自分ではものすごく頑張っているけど、能力に凸凹があるので怠けている、頑張っていないと言われる」という声だった。そんなものなのだ。

そういう言説を見るたびに、私は「あなたは神様か何か?」と思う。他人を頑張っている、この行為は贅沢だなんて、神様でも決められないんじゃない?それにしてもずいぶんケチな神様だ。

何よりも「頑張っていない人は切り捨てる」「贅沢(してるように見える)な生活保護受給者は差別してもいい」なんて、非寛容な世の中は私はいやだ。

障害者・ホームレス・シングルマザー・生活保護受給者など、社会的マイノリティと言われる人たちには、「頑張らない権利」もないのか。マイノリティだってなまけるしズルをしたいときもある。生活保護制度は、何かの罰ではない。

食事を1食に削ってでも、孫のランドセルの購入資金を貯めたい。スマホのオンラインゲームに月2,000円使うことで、自立への気持ちを保っている。そういう人が使う保護費は「贅沢」なのだろうか?

大手メディアが報道するのは、ハレの日(非日常・事件・祭など)の出来事が多い。不正受給して贅沢な暮らしをしている受給者の姿なんて典型的なハレの日記事だ。あいである広場では、ケ゚の日(日常)の出来事の取材記事が多い。マイノリティの「ケの日」を知らなければ「ハレの日」の出来事も多面的にとらえることはできない。これからもあいである広場は、マイノリティの「ケの日(日常)」を配信していきたい。

まだまだ読まれ続けています。読んでいない方はぜひ読んでください。

では、週半ば、ほどほどに頑張りましょう!




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