Addictoneの歴史を振り返る①

歴史って言っても大した昔でもないのですが、来年がAddictoneの10周年ということもありちょっと振り返って見ることに。

Addictoneの歴史の前に個人的な歴史になってしまいますが、、
2012年に立ち上げた、、、ということなんですが正確に何月というのは覚えていません。

話はその少し前に遡ります。
僕は2010年頃までバンドや講師などをやっていて音楽だけでそれなりに生活もできていたのですが長年の不規則な生活のせいもあったのか体を壊し入院をしたんです。入院は2、3週間だったんですが割と深刻であまり体に負荷がかけられずリハビリ期間も入れたら半年くらい療養していました。

所属していたバンドは脱退して表立った音楽活動はその時に辞めて、
自分のやっているギタースクールで教える仕事だけをやるようになっていました。スクール事業は順調で200人以上の生徒と、自分が直接教える生徒も40人ほど抱え(ピーク時は60人ほど)その当時はオンラインレッスンとかはなかったので全て対面のレッスンでした。当時教えていた生徒さんや、講師として働いてくれていいたミュージシャンで今はかなり活躍されたり、有名になっている方もたくさんいます。名前を出すと、あの人も?この人も?
と結構大勢います笑

そしてそれから少しして2011年の3月に東日本大震災がありました。
その日のことはよく覚えていますが、レッスンの生徒が急にお休みになり珍しく夜に予定も入ってなかったので早く家に帰ることにして渋谷からの電車に乗ってあと一駅で地元の駅に着く直前で、、、グラグラっと大きな地震が起きました。。

東京では特に直接的な被害も少なくすぐに日常正確に戻ったのですが、、
当時の音楽業界ではイベントの自粛なども結構あり、一瞬先行きが見えなくなっているような状況だったと思います。
僕のやっているスクールにも結構有名なミュージシャンなどから講師として働けないか?などの問い合わせが一時的に増えたのをよく覚えています。

少し話がそれましたが、実はAddictoneを立ち上げたきっかけというのが
東日本大震災だったのです。もちろん他にも色々あるのですが
震災は一つの大きなきっかけでした。
当時僕は教室運営だけで割と十分な収入もありましたが
正直なんのために音楽やってきたのかな?とかこれからの音楽との関わり合い方などについてちょっと考えていた時期でもあったのです。
中学や高校の時からずっと音楽で食べていくこと夢見て、バークリーにも留学して、、それでもバンドや、ギタリストとしてこの先家族を一生養うほどの結果が出せておらず病気をしてバンドや音楽活動を辞めることになったのになぜかスクール事業は上手くいっており、
でもこれからずっとスクールだけやって行くのもどうなんだろう?と考えていました。

何か情熱を持って一生かけて取り組めるような仕事がしたい
と考えるようになっていました。

つづく

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