ハイヒールで駆けるあなたたち

 きっとあなたは美しく羽化し続けるのだと思います。ずっと花で、ずっと蝶なのです。
 それはもうずいぶん前から了承済みのことでした。けれど今わたしはあなたが脱ぎ捨てていくつもりの蛹を含めてあなたを愛したかったと思ってやまなくて、きっとあなたはそんなふうに縋り付く手たちをするりと優しく撫でて置いていくのでしょう。
 わたしもまたあなたを忘れたくないと、あなたが最後に残した手ざわりをよすがにしながら、それでもやはりあなたの存在を心から薄めていくのだと思います。どんなに悲しくともそれが事実で、すべてひっくるめてわたしはやり切れなくて胸が苦しい。ぎしぎしと手触りの悪い髪を梳いているみたいに居心地が悪い。
 あなたにとってここは地獄でしたか。地獄だとしたら、笑える地獄でしたか。あなたがこれから向かう先はどんな場所ですか。そこには何がありますか。
 全て無駄な問いです。答えはあなたにしか知り得ない、ひょっとしたらあなたさえも知らないのかもしれません。
 わたしはただ、あなたを美術品のように眺めるだけの傍観者でした。それでもあなたがとんでもなく美しくて愛らしいから、目に入るたびあなたに見惚れました。そんな人間がたくさんいます。あなたはどんなにすごいひとなんでしょう。あなたの仮想の死がほとんど無関係の人間の心を揺らすさまを眺めていると、あなたはステージの上のひとだったんだな、と実感します。
 あなたの煌めきを、いつかわたしはまた目にするかもしれません。いえ、おそらくそのような予感がします。きっとそのとき、わたしはあなたの抜け殻を抱きしめてしまう。わたしはあなたの抜け殻ごと愛してた。抜け殻だけでも、輝きだけでもだめだった。二つが合わさってはじめて生まれる何かが確かにあったと、わたしは思っています。宝石がカッティングによってさまざまに発揮する美を変えるように、あなたの仮想身体でしか表現し得ないものがあったように感じます。少なくとも、今は。
 もっと愛したかった。愛せたはずだった。ありきたりな悔恨。どうしてあなたにもっと捧げられなかったんだろう。あなたはその強靭さと美しさのために垢のついた手でべたべたに消費されて、それでもなお輝かしくあったのに。
 あなたにとってここは地獄でしたか。地獄だとしたら、笑える地獄でしたか。あなたが飛び立つ先はどんな場所ですか。そこには何がありますか。
 願わくばどうか今より安らかな場所でありますように。けれど、そこがもしも地獄だったとして。どうか地獄でも心から笑えるひとときがありますように。あなたが砕けませんように。あなたが擦り切れませんように。あなたの痛みに添うことのできる人間が周りにいますように。そのすべてをわたしが心からずっと祈り、あなたの未来を言祝げますように。できるだけ長い間、わたしはあなたを忘れませんように。
 全ては無駄なことです。でも、祈らずにはいられない。それがあなたの美しさの証左なのです。

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