3街区
【団地散歩】 金沢シーサイドタウン
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【団地散歩】 金沢シーサイドタウン

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団地の散歩記録。

時々、団地を歩いてみたくなる。
団地というと、地域によっては戸建て住宅が建ち並ぶ新興住宅地のことを指すこともあるらしい。僕が歩くのは、4階建てや5階建て、もしくは10階建て以上の、四角いコンクリートの集合住宅がずらりと並ぶような"団地"である。
それらは、昭和30年代の高度経済成長期以降、都市部に急増する人口に対応するため、大量に供給されてきた。
大量供給という性格上、標準設計と呼ばれる規格化された部屋、規格化された住棟、それらが集まった街区 = 団地が、新たな都市景観として形成された。
その風景は、高度経済成長時代の象徴と言っても過言ではないだろう。
そのような時代の熱気のようなものを感じるために、時々、団地を歩きたくなるのかもしれない。

横浜市金沢区にある、"金沢シーサイドタウン"を歩いた。ここは、海だったところを埋め立て、工場が建ち並ぶエリア、住宅が建ち並ぶエリア、そして、両者の緩衝帯(高速道路・新交通システム、緑地)から成る、職住近接の街として、70年代後半から80年代前半にかけて作られた。今回は、その住宅エリア(並木一・二丁目)を歩いた。

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↑ UR金沢シーサイドタウン並木一丁目団地

このエリアには、このような高層の団地や、4, 5階建ての団地、また、2階建てのテラスハウスと呼ばれるタイプの住棟が並んでいる。
上から見るとパッチワークのように、高層、中層、テラスハウスの建物群が見事に配列されている。様式の異なる住棟が、巧みに並んでいるせいか、街並みに単調さはない。また、隣接しているはずの工場エリアは、視界に入らず、騒音も聞こえない。

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↑右から、緑道、新交通システム(シーサイドライン)、高速道路
これらが、住宅エリアと工場エリアとのバッファーになっている

シーサイドタウンという名称から、海辺にある街というイメージで行くと、肩透かしを食らう。海岸は、工場エリアに接しており、住宅エリアからは見ることができない。けれども、そこはかとなく、海の気配が漂う。時折吹く風が、潮風のように感じられる。また、住宅エリア内にある、"舟溜り"という池は、海岸の様でもある(実際、埋め立て以前はここが海岸だったようだ)。

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さて、金沢シーサイドタウンの魅力は、住宅群の近未来的なデザインだ。特に並木二丁目は、4人の有名建築家が街区ごとに分担して手掛けられたようで、僕のような素人目にも、「これはカッコいい!」と思わず見とれてしまう住棟ばかりなのだ。
これらの建築は、70年代後半から80年代前半にかけて建設されたので、40年以上経過している。けれども決して古びることはない。今なお、"未来"であり続けているように見える。

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↑ 並木二丁目は、有名建築家が設計した住棟が並ぶ
こちらは藤本昌也氏が手掛けた街区(並木二丁目・2街区)

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↑ 並木二丁目・2街区。直線的な建築に、ゆるやかに遊歩道がとりまく

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↑ 並木二丁目・2街区

並木二丁目・2街区のデザインに痺れてしまって、多く撮ってしまったが、もちろん、他の街区、住棟も素晴らしい。

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このシーサイドタウンという街は、同じ建物がずらーっと並んだ、いわゆる"団地"のイメージは似つかわしくないのかもしれない。各街区ごとに、建築家のオリジナリティーが感じられる。
しかし、それぞれの個性が主張して不協和音を奏でるのではなく、調和し、街としての連続性を感じられる。
それは、計画段階から、街の骨格となる道路の配置や役割を決定(エリア内に進入する車を最小限にし、歩行者用の道路にも大通り・路地・小路などを定義し、プライバシーの確保や住民コミュニティーの形成を意図する)、駐輪場やごみ捨て場等を示すピクトグラムの共通化など、基本的なコンセプトが通底しているからだろう。
また、個性溢れる住棟の間には、木々や植物が植えられ、彩りを与えている。これはかなりの努力を要したようだ。埋立地であるが故、土壌が造園に適しておらず、土壌改良をする必要があった。お陰で、今では視界には必ずグリーンがある。
今でこそ、デザイナーズ物件など、おしゃれな物件もあったりするが、40年前は"街"というスケールで、デザイナーズなプロジェクトが行われていたのだ。その冷めやらぬ熱量が、40年経ってもこの街には生き続けているのかもしれない。

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一方で、街開きから40年余り経過し、レトロさを感じさせる物も点在する。この街区案内板は、おそらく、街開き当初の物かもしれない。手仕事でレタリングされたのであろう書体がとても味わい深い。漢字のとめ・はね具合や、均整の取れた文字間隔がとても良い。そうなのだ、40年前は昭和真っ只中なのだ。

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金沢シーサイドタウンのような、先進的なコンセプトで作られた街を歩くと、時空感覚とでも言おうか、ここは未来なのか過去なのかがわからなくなる。住棟を見れば未来を感じる。しかし、ところどころで時空の歪みのように、レトロな物が表出する。近未来と昭和時代が同居している。
それが、金沢シーサイドタウンの魅力の一つなのかもしれない。

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↑ 公園にはお皿に乗ったプリンが。カラメルの頂上に登れるのは子どもの特権だ

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↑ シーサイドタウン内にある幼稚園の壁画は、昭和を代表する芸術家・岡本太郎の作品

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↑ シーサイドタウン内にあるショッピングセンター・ビアレ横浜の階段がレトロポップで胸が躍る

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最後に、シーサイドタウン内にある、ショッピングセンター・ビアレ横浜に休憩がてら入ったが、こちらもなかなかレトロな雰囲気だった。

この街は広い。全部歩き切ったとは言えない。
この街が作られた時代的背景、建築の巨匠たちが目指したコンセプト、先進的なデザイン・・・このような知識を元に歩くのも楽しいし、また要所要所に感じる懐かしさを拾いながら歩くのも楽しい。
また時折、歩いてみようと思う。

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