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トリノスサーカス②『さよなら空中ブランコ』

小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想した小説を書きました。
それが『絵de小説』
今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。
https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/
https://twitter.com/nakagawatakao 
 
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
月1UPの連作短編(全12話)です。
 
前回の『①トリノスサーカス新春公演』
https://note.com/ytv/n/nfc59a821eb40


 

②『さよなら空中ブランコ』



登場キャラクター
ドララ  ……ニンゲン。道具係。
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。
シン   ……ネコ。空中ブランコ乗り。
レミット ……イタチ。若手の空中ブランコ乗り。
 
 


「イヤって言ってもダメなんだろ?」
 そう聞いたのは老ネコのシンでした。

「イヤがらなくてもいいだろ?」
 そう答えたのはブタのジョーンズでした。

 ジョーンズは、トリノスサーカスを取りしきる団長です。
 そこは団長室でした。その部屋には、いかにも『団長』っといったりっぱなつくえがあり、ジョーンスは、そのつくえにふさわしい、りっぱなイスすわ――わらずに、2匹してお客さま用のソファにすわって向かい、お話していました。

 ジョーンズは若い頃から世界をまたにかけ、何年も冒険に冒険を続けていました。
 冒険の日々をまとめて本にする、っという話にもなっています。

「オヤジだって同じことしたと思うぜ」
ジョーンズは数年前、団長だった父親が病気でたおれてから冒険の生活をやめ、トリノスサーカスで働いていました。
そして昨年、父親が亡くなってしまい、後を継いだのです。

彼にとって今年の新春公演は団長になって、初めての大仕事だったので、上手く行って一安心したところでした。

そこにとつぜん、空中ブランコ乗りのシンが、サーカスを退団したい――つまりやめたいと言い出したのです。

 それも本当に急で、今月中――あと2週間でやめたいというのです。
理由は年老いてきたせいで、空中ブランコ乗りとしてはげんかいだ、ということでした。

シンは、ジョーンズ生まれる前から空中ブランコ乗りとしてかつやくしていました。
2匹はまるで家族のような、兄弟のような、友達のようなとくべつな関係でした。

「オレは、とっくの昔に一線を引いてるんだ。なのに最後だからってメインでやれって言われてもなぁ」
 シンはしぶい顔で言います。

 たしかにシンが言うように、彼はここ何年も、空中ブランコの飛び手としてかつやくしたことはありません。
 ほとんどが一人乗りブランコでの曲芸で、しかも出演時間も少しでした。

「まぁ、そう言うなよ」
「言うさ」
「そもそも、引退公演なんてやったヤツなんて、今までどれだけいたと思う?」
 そう言われ、シンが頭に思い浮かべます。すぐに出てきたのは数匹ぐらいでした。

 引退公演、それは退団する団員に対するはなむけを意味しています。
 その引退公演の売り上げのいちぶを、もらうことができるのです。
 トリノスサーカス最後の演技、ということでお客さんが見に来てくれる団員にしか、引退公演はできないのです。

「あんたにはずいぶんかせがせてもらったからな、礼のひとつもしなけりゃな」
「礼なんていいさ。そもそも、お客をよべたのも本当に少しのあいだだけじゃないか」

「そうかな?」
「そうだよ」
 シンはすぐに答えました。

「火の玉シンの最後の公演なんだ。昔のお客さんも来てくれるさ」
「昔の燃えカスを見にだれが来る?」
「うまいこと言うなよ」
 2匹して笑います。

「そんなことのお礼なんて、とっくにしてもらってるさ。こんな老いぼれになるまで、クビにせずにおいてくれたんだからな」
 ジョーンズは、まゆを下げ顔をゆがめます。

「とにかく、オレからの最後のたのみだと思ってのんでくれ」
「……わかったよ」
 かなりニガそうにのみこんだようで、シブい顔がさらにシブくなった気がします。

 シンは右手をグーパーグーパーさせます。

「ぼんのそういうごういんなところ、オヤジにそっくりだな」
「ぼんはいいかげんやめてくれ」
 2匹してふふっと笑いました。

「ところで、やめて行く当てでもあるのか? 別にそのままいてくれてもいいぞ」

 シンは昔から一部の団員といっしょに寮に暮らしていました。
 そこは入団まもない新人の団員たちが住むところで、だいたい数年でひとり立ちすると出ていくものです。何十年も住み続けたのはシンぐらいでした。

「大丈夫さ」
 そう言いながら、ポケットからなにやら取り出しジョーンズにわたします。

 それは1枚のハガキでした。
 1匹の老ネコがサーフボードをかかえ、海辺に立っている写真が印刷されていました。

「クロエじゃないか」
 ジョーンズにはなつかしい顔でした。
 かつて、ジョーンズが子供のころ、シンと2匹して空中ブランコ乗りとして、お客さんをわかせていたのがクロエなのです。

「ずっと手紙とか電話でやりとはしてたんだ」
「そうだったのか」
「さっさと引退してこっちにこいよって言われてたんだ」
「ふぅ~ん」
「南のベイル島ってところだと。1年中サーフィンできるんだとよ」
「ああ、あそこはいい島だ」
 ジョーンズがハガキをシンに返します。

「じゃあ、もう行くよ」
 シンはすっと立ち上がり部屋を出て行こうとしました。

「シンさん」
 ジョーンズのよびかけに、シンはドアを開けたまま足を止めました。

「うちのサーカスで、本当のスターとよべたのはあんたぐらいだったよ」

 シンはそれに、何か答えることも、うなずくこともせず、部屋を出て行きました。
 
 
   *
 
 
「やあシンさん、話は聞きましたよ」
 空中ブランコの練習場に入ったときです、現リーダーであるネコのレミットが話しかけてきました。彼は現在トリノスサーカスのブランコ乗りとしてメインの乗り手でした。

 シンが退団したいとジョーンズに言ってから、3日ほどたっています。
 レミットの後ろには、他の団員が数匹いました。

「引退公演するんですってね」
「ああ、そうだよ……」
 レミットはくすくす笑います。
 後ろの連中も同じように笑います。

「大丈夫なんですかい?」
 レミットは口もとをかくすように手でおさえます。

「メインでやるのなんて何年ぶりなんですかい?」
「何十年でしょ?」
 後ろのだれかがそう言うと、みんながドッっと笑いました。

「最後の最後に大ハジかいちゃうんじゃないんですかい?」
「……ワシもそれだけが心配だよ」
 今日一番の笑いがおきました。

「ワシだってことわったさ」
「あらあら」 
「ぼ……団長にむりやり決められたんだよ」
「ふぅ~んそうですかい。団長もなに考えてるんだか」
「……」
「ま、しっかりやってくださいな。最後にしっかり勉強させてもらいますよ」
 そう言うと、レミットをシンのかたをポンっとたたき、シンをのこして歩いて行きます。
 他の団員もレミットについて出て行こうとします。

「お前たち練習は?」
「とっくにすましちまいましたよ」
 レミットたちはふりむきもせずにそう言うと、練習場から出て行きました。

 シンは1匹ポツンと残され、うで時計を見ます。ちょうど練習がはじまる時間でした。

 深いため息がでました。
 意味も無くその場にたちつくし、上を見上げます。
 つらい練習ばかりだった新人時代。
 たっとひとり立ちし、やっきになった時代。
 スターとよばれた時代。
 そしていま。

 そこはつらいことも、よかったことも、むなしいことも、全てがつまった場所でした。

 シンは右手をグーパーグーパーさせます。

 落下防止ネットのはるか上。天井がこれほど高く感じたのは、あの時いらいでした。

 1匹では練習する気も出ず、とぼとぼと練習場から出て行きます。

「おやおや、シンさんじゃないですか」
 帰ろうと外に出た時でした。ダブルのスーツにハットをかぶり、まん丸メガネに長い長い白ヒゲ、ニンゲンで道具係のドララが声をかけてきました。

 ドララは出入り口のすぐ側に置いてあるベンチに座っていました。横にはいつも持ち歩いているカバンをおいています。

「聞きましたよ、引退興行の話」
「それ言われたの、今日だけで5回目だよ」
「おやおや、そうでしたか」
 ほっほっほほほっとドララは笑います。

 ドララがカバンをよけると、シンはゆっくりとベンチにこしを下ろしました。

「楽しみにしていますよ」
「よしてくれやい」
「いやいや、あなたの、あの演技を見たことがある私としては、楽しみにしないわけにはいきませんよ」
「ワシの? いつ見たんだ?」
 シンはクビをかしげます。ドララがこのトリノスサーカスに道具係として働きだしてから何年もたっています。それでも、シンがメインのブランコ乗りだったころほど古くからはいません。

「おっほほほ、シャコプにいたときですよ」
「あぁ、そういうことかい」
 昔は巡回公演と言って、他の町にいって公演をやっていたのです。ここ十数年ほどはそういうことはやっていません。

「まあ、あのころは、ワシが一番ハネられてたころだからな。いまはダメさ、最後の最後にハジかいて終るかもしれん」
「それでも火の玉シンは火の玉シンでしょう?」
「燃えカスなんかだれが見に来る?」
「最後のくすぶりを見せてくださいよ」
 ドララはほっほっほと笑い、つづけます。

「私たちは、ただかつてスターだったあなたの、最後のパフォーマンスを 見たいだけなんですよ。たとえそれがどれだけなさけないパフォーマンスだったとしてもです」
 シンはだまって聞きます。

「そもそも引退興行とはそういったものでしょう?」
「あんた、ときおりハッキリもの言うよな」
 そう言われ、ドララはおっほっほと笑います。

「知らないモノに見せてあげたいですよ、あなたのあのパフォーマンスを」
「ワシだって見せてやりたいさ。でもどうあがいてもそれは無理な話だけどな……」
「ケガ……ですか?」
 シンはゆっくりとうなずきました。

「スターだなんだ、って言われていい気になって、おっこちちゃせわないよな」

 シンはその昔、パフォーマンス中、キャッチをミスし、転落したのです。そかも運の悪いことに、落下防止ネットからはずれてしまい、地面におちたのでした。

「骨がくっつきゃまた同じ、って思ってたけど、そういうわけにはいかねぇよな」

 シンは自分自身を笑うかのように、フフっと鼻で笑いながら、右手をグーパーグーパーしました。

「あの時、あのままやめちまえばよかった。やめてりゃハジかくだなんだって言わなくてすんだのに……」
「でも、しかし、どうしていまになってやめることにしたのですか?」

「……ワシには……無理だからさ」
 何かを考えるように、シンは答えます。

「ひとつ聞きたいのですがあなたは、最後にハジをかきたくないから、昔と同じパフォーマンスをしたいのですか?」

 シンはドララの顔を見ます。
「変なこと聞くじゃないか」
「おやおや、そうですか?」
 じぃっと目をあわせます。

「まあ、昔と同じことができるんなら……昔のワシの高かった鼻をへし折ってやりたいかな」

 シンは右手をグーパーグーパーしながら言いました。
 いたみはありません。
 ただ、それをたしかめずにはいられないのです。
 いまは、うでよりももっと別のこところがいたいのです。

「おっほっほほほ、わかりました。私が協力しましょう」
 ドララはカバンをヒザの上のせ、開き、ソレを取り出しました。

「コイツは……」

「おっほっほほ、どうです? 力がみなぎってきませんか?」
 
 
   *
 
 
 満員とまではいきませんでした。
 それでも、多くのお客さんがシンの引退興行に足を運んでくれています。

 ジャグリングに手品、軟体芸に怪力芸、シーソーにラフープ、アクロバットに火の輪くぐりと公演は続き、空中ブランコの時間がやってきました。

「お集まりのみなさん、ありがとうございます!」
 てこてこと出てきた団長ジョーンズがマイクを持って言います。

「次はおまちかね、火の玉シンの時間です!」
 お客さんがはくしゅします。

「彼はかつてスターでした。スターというのは、お客さまを呼べるということです! そのかがやきを失っても、これほどのお客さまが足をはこんでくれる彼の、最後のパフォーマンスをお楽しみください!」

 はくしゅがよりいっそう大きくなり、そして静かになっていきました。
 ジョーンズがぶたいのはしに引っ込みます。

「しっかりやりなよ」
 ジョーンズはそこにいたシンにそう言い、シンは静かにうなずき、上着を脱ぎました。

「そいつは……」
「なつかしいだろ?」
 ニヤリと笑ったシンは、はしごをのぼっていきます。

 シンが今日着ている衣装は、かつてスターと呼ばれていたころに着ていた、真っ赤で派手な舞台衣装でした。

「しっかりやってくださいな」
 上でスタンバイしていたレミットが、口のはしをあげて言います。

 シンは何も答えず、お客さんに手をふると、スイングバーを持ちます。
息を深く吸うと、いっきに飛び出します。

 バーにぶら下がったままいちどもどり、いきおいをつけ、向かいのサポーターに向かって飛び移ります。
 そのままぶら下がり、元のバーに飛びもどり、元のスタート台に戻りました。

 まずまずのできに、お客さんがはくしゅます。

「やれるもんですねぇ」
 息をととのえているシンにレミットがいやみったらしく言いました。

「レミット」
「なんですかい?」
「しっかり見てな」

 一度目とおなじように、いちどもどり、いきおいをつけて向かいのサポーターに向かって飛び移ります。

 しかし、一度目とちがうのは、足をかかえ、クルクルっと回転してから飛び移ったのです。
 元のバーにもどるときも同じように、クルクル回転してもどります。

 お客さんがはくしゅも一度目より大きくなりました。

 わずかに息をととのえ、シンはまた飛びます。
 続けるたびに、その回転数がふえ、なにより早さがましていきます。

 足をかかえなかったり、横ひねりをくわえたり、逆回転で回ったりと演技を続けます。

 それは、かつてのスターと呼ばれたころと同じパフォーマンスでした。
 赤い衣装にクルクル回るその演技で、『火の玉シン』としてお客を呼んでいたころと同じです。

 お客さんもはくしゅだけではすみません、「わ~!!」だの「すご~~い!!」だの「いぇ~~い!!」だの大声で叫び、立ち上がり、こぶしをふりあげてシンのパフォーマンスでもりあがりました。

 最後に、ここぞとばかりに高く飛び上がったシンは、そのまま何回転もしながら落下防止ネットに落ち、そして飛び上がり、立ち上がってお客さんにペコリと頭を下げ、パフォーマンスを終えました。

 テントがさけるんじゃないか、というほどのはくしゅと歓喜の声はいつまでも続くようでした。

 シンは何度も手をふりながら、はけていきます。

「あんたはやっぱりスターだよ」
 ジョーンズがシンをがしっとハグしました。

「ぼ……ん、あんがとよ」
 シンはジョーンズの背中をぽんぽんたたきます。

 ジョーンズのハグからのがれたシンに、舞台そでで見ていた団員たちも、シンにハグしたり、あくしゅしたりしました。

「あんがとよ、あんたのおかげだ」
 ドララを見つけたシンが言いました。

「少しばかりお手伝いできてコウエイです。火の玉シンの演技をみれて、こちらこそありがとうございます」
 そしてシンとドララはあくしゅしてわかれました。

「どうだったい?」
 ゆいいつ、1匹だけ笑顔ではなかったレミットを見つけたシンが聞きました。

「……オレにだって……できるさ」
 うつむいたままレミットが答えます。
 その声は、だれが聞いてもふるえていました。
 やっとしぼりだせたような声でした。

「だろうな、お前ならあれ以上のこともできるさ」

 レミットにとって、思ってもいなかった言葉だったのでしょうか。スっと顔を上げました。

「いいか、お前は昔のワシなんだ。でもな、お前はいまのワシじゃない」
 みんなが聞き入ります。

「才能はあっても努力しなきゃサビるだけだぜ」
 シンはぐいっと目もとをぬぐいます。

「サビた才能を見に来るお客さんはいねぇのさ」
「……」

「いいか、練習はちゃんとしろよ。開始時間に終ったなんてウソはやめてな。でなきゃ……努力しなきゃワシになるぞ」

 それだけ言うと、シンはレミットのかたをぽんっとたたき、歩きさっていきました。



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