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夢喰いガーデン

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村谷由香里の掌編小説を置いています。すべて独立した物語なのでお好きなものからお楽しみください。
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2018年2月の記事一覧

【掌編小説】金魚の夢

【掌編小説】金魚の夢

 毎夜、浅い眠りを繰り返す。
 深い眠りには滅多に就くことができないから、よく、夢を見た。いつも同じ夢だ。
 わたしは、深い水槽の底にいて、息のできない苦しさに喘ぎながらずっと、分厚いガラスの向こうの部屋を見ている。わたしの部屋だ。ベッドの上には、膝を抱えてこちらを睨む、わたし自身がいる。眠れないのだろう。疲れ切った表情は、わたしが一番よく知っている。
 わたしは、どうにかこの深い水槽から出ようと

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【掌編小説】架け橋

【掌編小説】架け橋

 わたしが生まれ育った町はこれと言って特徴もなく、商業施設と住宅が並ぶだけのよくある田舎だった。観光場所と言えば、市の南側の小さな島くらいだ。キャンプ場と海水浴場があって、山の上からは星が綺麗に見えた。

 高校のクラスメイトが、その島に住んでいた。本土と島にかかる大きな赤い橋を毎日自転車で渡って、市の北はずれにある高校まで一時間近くかけて通学していた。遅刻魔でサボり魔の彼女は一限から教室にいるこ

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【掌編小説】夢のあと

【掌編小説】夢のあと

 プラットホームに供えられた花が枯れている。終電の行き過ぎた地元の駅。プラットフォームはおろか駅自体にわたし以外の誰もいない。わたしはしおれた花束を拾い上げ、新しいものを同じ場所に置く。

 十月の夜の空気は冷たく、けれど刺すような寒さはまだ遠い。初秋のやわらかさを失い、冬の鋭さを持たぬ曖昧な寒さはただ「足りない」という言葉がよく似合った。
 この駅で友人が死んだ。この夏のことだ。
 いつもは閑散

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【掌編小説】夜明け前

【掌編小説】夜明け前

 真夜中に目が覚めて、部屋の片付けをしようと思った。
 目についたのは本棚で、一番下の段にある手帳をすべて出して重ねる。ここ十年間くらいの手帳を、なぜかずっと大切に保管していた。でもこれはもう要らないものだと思い至ったのだ。
 ページを開いてみれば、なんと言うことはなかった。何時にどこで待ち合わせだとか、この日はあのバンドのライブに行くだとか、殴り書きのように予定だけが書き込まれていて、そこに感傷

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