日記2024年3月①

3月1日
子供を幼稚園に送ったあと喫茶店でモーニングにした。ハムチーズのホットサンドを食べ、コーヒーを飲んだあとお皿の端に小さなヨーグルトの小鉢がついていることに気づいて食べなおした。常連ぽいおじさんが入ってきて第一声、地震が多いねえと言って、カウンター席でおかみさんに政治家の脱税とか大谷翔平の結婚とか、脈絡なく話しかけていた。おしゃべりというのは自分の他愛のなさを晒してしまうし、会話がキャッチボールであるという喩えを使えば、相手の懐を強制的に拝借することでもあり、私なんかは下手に余計なおしゃべりをすることを躊躇ってしまうけれど、話し終えられたおしゃべりというのはもうどこかへ消えて、なくなってしまうものでもあり、宙に消えていくおしゃべりは言葉であることから解放されて余韻や残響のようなものになる。喫茶店の黄色い電球に照らされた漆喰と木の壁に、消えたものの名残が音を失ったまま響いていて、たまに飽和して析出する。その触媒としてのおじさん。今は静かにコーヒーを飲んでいる。

3月2日
夜中に地震があって目が覚めた。この辺りは震度3くらいだったようである。そこから眠れなくなって、井戸川射子『する、されるユートピア』を読んでいた。小さな揺れが2回あった。「INRI」という作品があって、アリの巣を見る子供の視点からお母さんの足などを見る。沈丁花の香りが出てくるから今の時期の詩だと言えるかもしれないけれど、言葉は想起だから、いつのものでもいいとも言える。寝不足で、今日は子供を邪険にしてしまうことの多い日になった。そんな日でも子供は親を見捨てないからすごいと思う。郊外のスーパーで何本かの花だけを買って帰るおじさんを見た。花瓶に花を差す生活をしてみようとおもうことがあるが、いろいろと理由をつけてやらない。

3月3日
妻が友人と会うので、途中までついていった。4歳児がその友人の赤ちゃんにおもちゃをプレゼントしてあげると言って、アンパンマンのティッシュボックスのおもちゃを選んだ。ティッシュボックスからカサカサ、パリパリと音のする手触りのいい布が引っ張り出せるものである。ついでに自分用にバスのおもちゃを買わされた。妻を見送ったら、子供の機嫌が悪くなった。見知らぬ場所で心細かったのもあったかもしれない。しばらく泣いたあと、諦めてマクドナルドでハッピーセットを食べてくれた。ポムポムプリンのスタンプがもらえた。
子供の機嫌をとるために後楽園ゆうえんちに行った。ステゴサウルスと思われる引きずるタイプの風船(1200円)を買った。ドラゴンの、上下にびよんびよん跳ねる乗り物に、「ひとりでのるからおとうさんまっててよ」と言うから驚いた。本当に一人で並び、一人でシートベルトを締めていたから、感動して一部始終を撮影してしまった。びよんびよん上下しながら4歳児は機械の支柱のところの仕組みを凝視していた。「アソボ〜ノ」という遊具やおもちゃで遊べる屋内施設では、ドーナツ屋さんやピザ屋さんやすし屋ごっこをやった。4歳児のお店はコーラが300円でみかん1個が30円とかだったので案外現実的な値付けだった。今どきの子供は必ずレジ袋の有無を訊ねてくる。サンマと卵焼きのピザを作った。
その後妻と合流して夕ご飯を食べ、ラクーアの観覧車に乗った。私は忘れていたのだがこの観覧車は大学2年のときに同期(私の友達)が同期(妻の友達)に告白した場所だったことを妻が思い出して久々に笑った。南北線で遠回りをして帰った。アンパンマンのおもちゃは赤ちゃんにいたく気に入られたそうだ。うちの子も小さい頃は同じような、カサカサ、パリパリいう布のおもちゃが大好きで、以前は出かけるときに必ず鞄の中に入れていたことを思い出したが、それもずいぶん昔のことのように感じる。

ステゴサウルスと思しきもの

3月4日
喫茶店でめずらしくパートの女性がキッチンに立っていて、店主にまだやめないでくださいよなどと声をかけている。昼時はだいたい満員なので私はその前か後にずらして行く。今日は遅く行ったので13時過ぎには私一人だけになった。店主は矍鑠とした人だが、84なのだ。お店を残そうとしてくれているようで安心もするが、いつまでも変わらないお店というのもなかなかなく、お店と人の時の流れに一致する幸運に恵まれないといけない。バスの中で小学生の男の子たちがスマホでサッカーゲームをしていて、世界の片隅に花が咲いているようでかわいかった。

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