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『Ski Heil-シーハイル-』第3話

午前の部を終え、休憩所で昼休憩をする相田班一行。休憩所の厨房で作ってもらったカレーライスを食べる。班のみんなは午前だけでもだいぶ疲れている様子。
男子生徒「スキーって疲れるんだな」
女子生徒「もうブーツで足が痛い」
大「もう体パッキパキ」
晴太「マジ!?俺まだ滑り足りねえ」
大「元気だなぁ」
黙々とカレーライスを食べる凌。
凌のもとへ近寄るインストラクター。
相田「リョウくん、君スキー好きでしょ?」
ハッと驚く凌。
相田「見ればわかるさ。滑りが上手いのはもちろんだけど、心からスキーを楽しんでいるのが伝わってきた」
少し恥ずかしそうにする凌
相田「みんな聞いて。みんなの様子を見た結果、午後は自由時間にしようと思う。休みたい子は休むべし。滑りたい子は滑るべし」
凌の方を向いて微笑む相田。

相田と集合場所と時間を決め、休憩所をあとにした。
何本か滑ったが、午前の疲れを全く感じない。
偶然、リフト乗り場にアルペンスキーヤーを見つける。
凌「(ちょっとついてってみるか)」
リフトを降り、怪しまれないようアルペンスキーヤーの後をつける。
すると、トレーニング地点の目印であろう赤いポールが一本立っているのが見えてきた。その周りに他の競技者のリュックやスキーウェアが置いてある。おそらくスタート位置の目印だろう。そこには、自分があとをつけてきたスキーヤーしかいなかった。
どこの団体なのか。今日のトレーニングは大回転競技か、回転競技か。視界に入ってきたモノからあらゆる情報を得て、推測する。
あれこれ考えていると、なんだか目線を感じる。ふと周りを見回すと、競技者たちが集まり始めていた。彼らは不審者を見るような目でこちらを見ていた。場違いなスキーウェアとゼッケンをつけた自分の姿に気づき、急いでその場をあとにする。
トレーニングのセットがされたバーンの横を滑る。
凌「スキー教室の人間が入り込んだなんてバレたら学校にチクられる」
久しぶりにアルペンスキーを見ようと、セットされたバーンが上から下まで見渡せる中間地点で止まる。
凌「まぁ見るだけならいいよな…」
傾斜25~30度ほどのバーンに、赤と青のフラッグが交互にジグザグを描いてセットされている。大回転競技(GS)のセットだ。
誰かがスタート位置に立った。
その「誰か」がスタートした。第1旗門まで、ストックを使って2回勢いよく漕ぐ。1旗門を通過し、2旗門、3旗門と徐々にスピードに乗せていく。徐々に凌の方へ近づいてくる。
そのスキーヤーがちょうど凌の目の前を通過する。内足の太ももが雪面に触れそうなほど低い姿勢。ちゃんと外足に体重が乗っていいて、スピードが出ている証拠だ。上体はしっかり斜面の下へ向いている。ビュオッ!! あっという間に凌の前を通過していく。
凌「はや…!!」
自分の胸の内から何か熱いものが湧いてくるのを感じる。
この高揚感に背中を押され滑り出す。
リフトに乗ってもまだ心臓の音が聞こえる。
自分もあんな風に滑りたい…。
リフトからトレーニングのバーンをボーッと眺める。
女性「おい!」
凌「へ!?」
リフトで偶然隣に座っていた女性にいきなり呼びかけられた。
女性「さっきからなんで無視するの?」
凌「え、そもそも話しかけられてましたか?」
女性はさらに不機嫌そうになる。
状況が全く理解できない。この人は誰だ。知り合いか。いや、学校の人間ではない。
フェイスマスクとゴーグルのせいで顔が見えない。体格や声質から想像するにおそらく少し年上の女性だろう。勝手に自分好みの綺麗な女性の顔を想像する。
女性「うち、水仙まゆ」フェイスマスクとゴーグルを取る。
面長の整った顔立ち。凌「(綺麗な人…)」
凌「菖蒲凌…16歳です」
まゆ「(アヤメ?) 同い年じゃん」
凌「あ、そうなんだ」少し照れる。
リフトから降りる2人。自然と凌はまゆについて行っていた。
さっき見たスタート地点に着く。なぜ自分はまた
まゆ「さっき私の滑り見てたでしょ?」
凌「まぁ…」 少し沈黙。 「え、さっき滑ってたの君!?」驚きを隠せない凌。
「上手すぎでしょ」
まゆ「ありがと」照れ隠し。
まゆ「リョーって経験者でしょ。滑り見たらわかる」
無言で驚く凌。
凌「一応小6まで。もうやってないけど…」
まゆ「どうして?」
過去のトラウマを思い出す。
凌「楽しくなくなったから…かな」
まゆ「ふーん」
「人の感情って結構滑りに出るんだよ。リョーの滑りは心底スキーを楽しんでいるように見えたけど。うちの見間違いだったかな?」
凌の中に恥ずかしさと情けなさ、わずかな嬉しさが混在する。
話ながらスタートの準備を進めるまゆ。
まゆ「リョーに昔何があったかは知らないけど、「好きなもの」には素直でいてもいいんじゃないかな」
「自分の気持ちに蓋をし続けていると、時間が経つとその蓋を取りたくても取れなくなっちゃう」
「私は絶対行くよ、全国」
勢いよくスタートするまゆ。雪が舞い、太陽の光がそれを照らす。
華奢な体からは全く想像できないほど、彼女の背中は大きかった。

その後、インストラクター相田との約束の時間を大幅にオーバーし、相田と学校の先生にこっぴどく叱られた。

この日をきっかけに、菖蒲凌の第二のアルペンスキー人生が幕を開ける。

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