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多様性と意識

先日、私が理事をさせていただいているN P O法人の特定技能のセミナーでオンライン参加も含めて500人も集まりました。
監理団体や登録支援機関などの外国人材を事業としてやっている方々だけを対象にした非常にクローズドなイベントにもかかわらず、多くの参加者があったことに関心の高まりを感じました。

セミナーでは、官公省庁の方々、元ラグビーの日本代表キャプテンの廣瀬さんに登壇いただき、日本の多様性を高めるために、制度的な観点からも、文化的な観点からも有意義な話が聞けました。
私は事務局だったので、落ち着いて話が聞けませんでしたが、今後、このような機会を弊社でも検討していきたいと考えています。

廣瀬さんの話で印象的だったのは、それぞれの持ち味をいかす重要性です。例えばトンガの選手は、日本人にはないサイズやパワーがあります。反面、足元のボールには強くない。例えば、ゲームが崩されたときに、ボールを回して展開するのは日本人の方が得意であると。

日本企業が海外から人材を受け入れる際、日本側の組織との相性を優先しがちです。面接でも日本の組織に適合するかを評価指標にすることが多いと思います。それも必要ですが、今の組織には存在しない相手の持っているものを生かすという発想も重要だと思います。

そして、仕事やスポーツなどで多様性を生かすには意識が統一されていることが必要です。

ここで一旦、話が脱線しますが、皆さんは意識について不思議だと思いませんか?
意識を起こす特定の神経や器官は、体のどこにも存在していなく、科学的に証明もされていません。意識は様々なことが絡み合って、どこからともなく、結果的に自然と産出される不思議な存在です。
この謎の意識の前提条件としては、統合性と複雑性だと言われています。単独の機能や動作では意識は起きません。
スマホはいくら機能が優れていても、意識は起きません。それは指定された単独の機能が動くだけで、統合的に動かないからです。

人間は統合的に複雑に動くので意識を持つのです。
統合的に複雑に動くという意味では、個人だけではなく、人間の組織や集団にも意識が発生していると思われます。
これは、ユングという心理学者が提唱した概念の集団意識(彼は無意識と名付けましたが、無意識という意識機能です笑)に近いですが、会社、国、宗教、スポーツ、音楽、芸術など様々な場面で集団的な意識があると思われます。

外国人を日本人の組織に受け入れるということには、意識の相違が伴います。この相違は、価値観の違いという程度で考えるのでは勿体無くて、多様性を取り入れた新たな意識の創出と考えると集団としての力も高まると思います。
日本人中心の意識に外国人の意識を吸収するのではなく、多様性を生かした組織を創造的に作るということです。
これを実現したのが躍進したラグビーのジャパンチームだと思います。

多様性を実現するには外国人の数が全然足りないと思います。現在、日本には300万人の外国人がいますが、わずか3%弱にしか過ぎません。ラグビーの日本代表の外国出身者は50%です。(帰化した選手も含む)

外国人が多くなると、国が崩壊するという保守的な意見がありますが、受け入れる側が多様性を重んじた意識の創造に注力すれば、絶対にそうならないと思います。
ラグビーの外国人選手が日本代表のために一生懸命プレーしていたように、生活や就労の場として日本を選んだ外国人たちは、日本のためにも活躍してくれます。もちろん、母国のためにも活躍してもらうことは、日本側が意識しなくてはなりません。

先日、日本に来てから寿司が好きになったと話していた外国人に聞いてみました。
「それは嬉しいけど、ところで、あなたの周りにあなたの国の食べ物が好きになった日本人はいますか?」
と聞いたら、明確な返答はありませんでした。

ということで、昨年末の弊社の忘年会は、インドネシア料理店でやったのです笑


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