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【放課後日本語クラスから⑤】どうしてる? JSL高校生の漢字学習

こんにちは。公立高校で日本語指導員をしている、くすのきと申します。

高校では2学期の中間試験が終わったところです。生徒たちはうまく切り抜けることができたでしょうか。

定期試験は高校生であれば誰もか乗り越えなければならない試練。とはいえ、海外ルーツの生徒たちは日本語で試験に解答し、進級できるだけの成績を取らなければなりません。

その定期試験の重圧をとりあえずは降ろした今、生徒たちはきっと大きな解放感に包まれているでしょう。

そんなわけで2週間の休止期間を経て、放課後クラスが再開します。これから期末試験までのほぼ1カ月間、ポツリ、ポツリとしか進められなかった日本語学習を、ようやく連続して進めることができるのです。

迷いがいっぱい、統合学習

今年度、私が指導員を務める高校では、放課後クラスは日本語指導に特化した授業を行うことになっています。

「ん? 『日本語指導に特化した』指導って? 当たり前じゃないの?」。そう思われる方もいらっしゃることと思います。

じつは昨年度の放課後クラスは日本語指導に特化した指導ではなく、教科と日本語の統合学習の補助を行っていました。その大まかな枠組みは、以下のようなものです。

①在籍学級の授業:日本人を含め日本語指導が必要ではない生徒が受ける授業
②取り出し授業(現代文と現代社会):日本語指導が必要な生徒が、①と同じ時間に別室で受ける授業。教材は①の内容をやさしくかみ砕いたものを作成して使用。
*以上は教員と日本語担当教員が行う。

③放課後日本語クラス:②の生徒たちを、さらに補習するクラス。教材は②の教材をより平易にしたり補足したりして、独自に作成。
*日本語指導員が行う。

つまり正確に言えば教科と日本語の統合学習とは②を指しており、③の放課後日本語クラスは、②を補う位置づけというわけです。

こうして整理してみると、在籍学級の授業内容は水が流れるように自然に放課後クラスに向けて降りてきて、生徒はその流れに乗るなかで学習を進めていけるように感じられるかもしれません。

しかし正直なところ、昨年度の終わりに私が感じたのは、果たしてこれが本当に生徒にとって必要な学習なのだろうかという疑問でした。2年後には自立したおとなとして日本で生きていくために必要なのは、まずは日本語の力を少しでも上げ、定着させることではないだろうか。それが率直な思いだったのです。

3つの目標をかなえたい

ところが今年度は一転して、日本語指導に特化したクラスへと方針転換。「やった~!」と喜び勇んで……と、言いたいところですが、すぐに、ある問いが目の前にあることに気がつきました。

昨年度、教員や私たち指導員には海外ルーツの生徒たちを進級させ、中退することなく卒業させるという共通の目標があり、放課後クラスには、そのサポート役という明確な役割がありました。しかし今年度の放課後クラスは、教科学習から切り離された、日本語指導のみの補習クラスです。

生徒たちが放課後クラスで学びたいと思えるような動機付けを考え、年度が終わったときに私たち指導員が取り組みを振り返り、改善して次につなげることができるような目標が必要なはずです

そこで指導員チームでは、

①考える力を伸ばしそれを日本語で表現できるようなカリキュラムづくり
②生徒の既有知識や言語資源を生かした漢字指導
③目に見える成果を生徒と共有するためのJLPTN3合格対策(2年生7月受検において)

以上の3つを目標とし、今年度の活動をスタートさせることになりました。

前置きが長くなってしまいましたが、日本語指導員がどのような指導を行うかについては、必ずしも一律の方針があるわけではなく、自治体や年度、学校や教員の考え方などによって変わりうる、ということがおわかりいただけたかと思います。

「耳から始める漢字学習」って、あり!? 

さて、先述の目標①の導入教材のひとつとして使用しているのが、先回の記事でも紹介した『日本語ロジカルトレーニング・初級』(西隈俊哉・アルク)です。

また、目標③のJLPT対策については、他の高校の教員や指導員の方たちがすすめてくださった『日本語総まとめ』シリーズ(アスク出版)を使用することにしました(とりあえずは復習のためにN4を使用)。

一方、先輩方のおすすめ教材がある①と②に対して、私が頭を悩ませていたのが目標②の漢字指導でした。

私が担当する生徒たちは、友だちや、教室での先生とのやりとりに必要な日本語(BICS)はだいたいわかりますが、学習言語能力(CALP)はとても低いのが現実です。

漢字に限っても、漢字圏の生徒は文字としての漢字は知っていても、日本語としての読み方を知らないことが数多くあります。また「見て」を「見って」と表記するといった誤りは、多くの日本語教師の方が経験していることではないでしょうか。非漢字圏の生徒であれば、困難さはより大きくなります。

さらにJSL高校生には、日本人が小1から中3までの9年をかけて常用漢字約2000字を覚えるような時間的な余裕はありません。どこから、どのように指導すれば、できるだけ少ない負担で、スムーズに学ぶことができるのでしょうか。

豊かな言語資源を活用しよう!


そんな迷路のような悩みを、日本語教師情報共有コミュニティ「あいうえお」の勉強会で告白したことがありました。

するとオーナーのHannaさんが、ふと、「だったら、聞くことから始めてみてはどうですか」と言ってくれたのです。その言葉はHannaさんにとっては、アイデアのひとつだったのかもしれません。しかし、「漢字指導を耳から始める」という発想は、私にとってはとても大きな驚きでした。

それまで私は、漢字の(正しい漢字が選べる)と(読み方がわかる)と意味(文字の意味がわかる)の3つのフェーズからアプローチする指導法を、目で見るから始めることしか考えたことがありませんでした。

しかし考えてみれば、今、私の目の前にいる生徒たちが話す日本語は、生徒たちが文字や文章を読んで覚えたのではなく、聞いた言葉を復唱したり、間違いを訂正する言葉を聞いて覚えたもの。さらに、それを文字に置き換えて確認することで記憶に定着させていったものでしょう。

しかも生徒たちは、小さな子どもではなく、母語による充分な言語体験をもつ高校生なのです。彼らがもっているこの貴重な資源の助けを借りない手はないはずです。

Hannaさんの示唆を受けて以来、聞くことから学ぶ漢字学習の方法を考えることは、私にとって大きな宿題となりました。

やってみた、「聞く」から始める漢字学習

今回、実際に授業で行ってみたのは次の方法です。教材には先述の『日本語総まとめN4漢字・ことば』の「まとめ問題」を使用しました。

準備
①フラッシュカード(FC)として、PPTに20個の漢字の、読みと漢字を入力。(全20枚作成)
②B5用紙に印刷。横半分に折る。

実践(「今夜」の正しい読みを答える問題を例として)
③Tが「こんや」と2回読む。(FCは提示しない)
④問題文「今夜は月が明るいです」を読む。(FCは提示しない)
⑤FCの読みを提示しながら「こんや」と読む。
⑥用紙の漢字の面も示しながら、「こんや」が「今夜」であることを言い添える。

上述の方法のなかで、生徒たちは「こんや」を、音声として5回聞くことになります。しかし、「こんや」とだけ聞いても意味がわからないかもしれません。そこで問題文(例文)で文脈を与えます(④)。文脈から正しい漢字を推測できたかを、⑥で確認する。そのような流れです。

20個の漢字(語彙)で同じことを繰り返したあと(FCを提示したことで、生徒は正解をすでに知っているわけですが)、実際の「まとめ問題」を解いてもらいました。問題集の問いは、「今夜」であれば、①こうや、②こんや、③こよい、④こんばん の4つ選択肢があるという、JLPTの出題形式に則ったかたちになっています。

そして全員が解き終わってから、一人ずつ順番に自分の答えを例文ごと読んでもらいました。

間違えたのは、「運転」を「うんでん」、「小説家」を「しょうせつや」と読んだ20問中2問という結果に。終わったときの生徒たちは、ちょっと得意げな表情をしていたようです。

もちろん、それが聞くことを重視したゆえの結果なのか、単に生徒たちがそのぐらいの日本語力は持っていたからなのか、判断することはできません。また、答えを聞いてから問題をやるのだから、そのぐらい正解して当然という見方もできると思います。

ただそれはそれとして、今回のトライからは、これからもこの方法で授業を進め、生徒の反応を観察しながら少しずつ改善していけば、よりよい方法にできるのではないかと感じられたのも事実です。

外国語環境にあるとき、なんのヒントも脈絡もなく、突然意味のわからない会話が始まるのは、精神的な重圧が大きいものです。数年前、突然日本に連れて来られた生徒たちもきっと同じことでしょう。

でも、心理的に安全な場所で、彼らがもっている既有知識や母語体験を働かせて意味を推測し、聞いたことがある音を漢字に当てはめる、そんな頭の中の変換作業の後押しをすることができれば、答えを〇か×かで終わらせることなく、少しでも漢字や語彙の定着を促すことができるのではないか。生徒たちにも、その学びがいのようなものが感じられるのではないか。そんなふうに思うのです。

生徒は自分で伸びていく

この日、教室の外からしきりに手招きする女子生徒がいました。昨年度担当した非漢字圏のAさんでした。

T「なあに? どうしたんですか?」
S「先生のおかげで、2年生になれたから……これ」(もう10月ですが😅)
T「え? いいの??  ありがとう!」
S「ありがとうございました。日本語難しいけど、これからもがんばります」
T「がんばって! また遊びに来てね」

手渡されたのはペットボトルの冷たい「午後の紅茶」。驚いて、つい受け取ってしまった私に微笑みながらお辞儀をすると、Aさんは去っていきました。

昨年、1年生のときには「先生! 『欧米』ってなんですか?」と聞き、そのあまりの無邪気な屈託なさに、思わずガクッとくるような思いをさせられたAさん。そのAさんが、12月のJLPTではN2受検にチャレンジするというのです。

一歩も二歩もおとなに近づいたようなAさんの後ろ姿を見ながら感じたのは、生徒たちは自分の力で伸びていくのだということでした。

私にできるのは、その力を引っ張り上げることではなく、「キミの力、ここにあるよ!」と光を当てることなのかもしれない。そんなことを感じさせられた、Aさんとの再会でした。


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