かもめ組の矜持

人生の転機とは、本当に予期せぬ姿かたちで僕たちの目の前に現れる。

できれば、かわいいあの子に校舎の裏にそっと呼び出してもらい、「あなたは今日から・・」なんて伏し目がちに告白をしてもらいたいものだが、そうもいかない。

例えば僕の場合、小学校低学年のころに地元の納涼祭で出会った、赤ら顔のおっさんだった。

何が起きたのかというと、僕はその日から「M」のチームのファンになったのだ。
納涼祭に参加した僕は、鉄板で焼きそばを焼いている父と、かき氷を作るよりも缶ビールを傾ける時間の方が長い母がいるテントを離れ、別の屋台を見て回っていた。
濃い朱色と紺色と黒色に混じるご機嫌な夜に祭囃子がはじける。

りんご飴やはしまきなんかを一通り楽しみテントに戻ると、奥で赤ら顔のおっさんがお酒を飲んでいた。

おっさんは「M」と書いたキャップを被っている。

僕はプロ野球に「M」のチームが存在することは知っていたが、「M」のキャップはおろか、応援している人なんて見たことがなかった。

出身が岡山県でも兵庫県に隣接する市ということもあり、両親含めまわりは阪神タイガースのファンが多かった。

阪神ファンとは、新庄剛志選手のヒットに歓喜し、松井秀喜選手がネクストバッターズサークルに立つと遠山奨志投手が乗るリリーフカーを心待ちにし、外国人助っ人を見るたびに「バースの再来」と1985年からずっと喚き散らしている、六甲おろしフィルハーモニー交響楽団のことである。

「M」のキャップが珍しいこと、また大変陽気にお酒を呷るおっさんの話もおもしろく、近くでけらけらと笑っているとおもむろにそのおっさんが「これやる」とキャップを僕に被せた。

人生の転機である。

翌日から「M」のチームを応援し始めた。
夏場になると、テレビで放映される甲子園に出場する高知の強豪 明徳義塾高校も応援した。(彼らのキャップのロゴは「M」なのだ。)

あれからもう15年、いや20年ぐらい経った今も、僕は「M」のチームを応援し続けている。

「千葉ロッテマリーンズ」を応援し続けているのである。

自分と同い年の選手が主軸を担う今、今まで以上に応援に熱が入る。
大して強くもなく万年Bクラスだったが故にメディアの露出も限られていた昔に比べ、スポーツ配信サービスも充実した今では毎日試合を観戦することもできる。幸せなことである。

あの時あのおっさんに出会わなければ、僕は千葉ロッテマリーンズファンにはならず、今頃六甲おろしフィルハーモニー交響楽団団員として外国人選手を指さし「バースの再来や!」と叫んでいただろう。

でも、千葉ロッテマリーンズファンで良かったとも思う。
それに、僕にはもうかもめ組の矜恃が備わっている。

ただ、もしあの納涼祭の帰りにかわいいあの子に呼び出められ、「あなたは今日から阪神ファンね」なんて伏し目がちに告げられたら・・

防衛大学の卒業式よろしく矜恃もろともキャップを暗闇に放り投げる少年を想像する僕の頭の中では、すでにバースのヒッティングマーチが鳴り響いている。

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