【短編小説】旅立ちの時に

1,735文字/目安3分

 公園の隅っこにある木は、わたしがまだ小さな頃に父と植えたものだ。

 どこかから貰ってきた木なのだけれど、家の庭だとせまいから、育っていくとやがて窮屈になってしまうし、かと言ってそのまま捨てるのはあまりにも悲しい。成長すればそこそこ大きくなるこの木をどうするかすごく困ったわけだけど、幼いわたしは植えると言って聞かなかったらしい。それで、近所の公園を使った。

 公園といっても、公園と言えるほどのところではなくて、誰の土地とも言えないようなこじんまりとした場所だ。聞くところによると祖父の土地らしいけど、本当かはわからない。さびたブランコとすっかり固まった砂場、それと古いベンチが置いてあるだけの場所。ほとんど人は来ない。そういう場所だから別にかまわないだろうということで、この公園に植えることにした。

 植えたばかりの頃は毎日のように見に行った。今日は伸びたとか今日は伸びなかったとか、明日になったらもっと伸びているだろうだとか、雨が降ったらきっとものすごい伸びているだろうだとか。実際は一日経ったくらいでで変わるはずもないのだけれど、それでもできるだけ見に行った。たまに父も連れて行って、まだまだお前の方が大きいなって言われるのがちょっと嬉しかった。すっかりお前より大きくなったなって言われた時は少し悔しかったけど、それでもやっぱり嬉しかったり。何度も背比べをして、いくら背伸びをしても追い越せなくなると、お互いの健闘を称えあおうという気分になって、木に背中があるつもりで叩いたりもしたっけ。それと、台風が来た時は木が危ないと言って、雨も風もすごいのに家を出ようとしたのを母に止められたり。晴れてから慌てて木のところへ行って、葉っぱがだいぶ落ちちゃったけどしっかり立ってるのを見たらすごくほっとして、そして泣いたり。そういうことがあったのが確か小学生の時だったと思う。

 中学、高校と時が経つにつれて公園に行くことも減ったけど、落ち込んだ時やなにか頑張らなくちゃいけない時などは、いつもここに来た。ここには、一人なんだけど一人じゃないみたいな安心感があった。この木はいつもわたしの味方で、いつもわたしを見守ってくれている。そんな安心感。

 そうやって、この木と一緒に成長してきた。そのくらいの時間をここで過ごした。ここはわたしにとってお気に入りの場所だった。

 思い出していくとすごく懐かしい。大学生になるとわたしはこの地元を離れ、一人暮らしを始めた。木を植えたこの公園にもしばらく行けなくなるのだなあと、最初は寂しくなったりもした。将来のことなんてよくわからないけれど、なんとなく進みたい道みたいなものが少しあって、今はそれに向かって励んでいるつもりだ。今まで興味もなかったけど受けてみたら案外面白い講義とかもあって、その逆もしかりで、アルバイトもするようになって、いろんなところに交流の場があって、友人もすごい増えて、行ったことのないところにも行ったりして、見たりして、それが楽しかったり、そうでもなかったり。地元にいたのでは知る由もなかったことも知ることができて、同時に知らないこともどんどん増えていった。忙しい時もあるし、つらいと感じる時もあるけど、たぶん順調だ。

 ――うん。

 今までいろいろな始まりがあった。大きい始まりも、小さい始まりも。進級するたびに始まりがあったし、新しい友達ができたとか、そういうのも始まり。誰かが決めた始まりもあるし、自分で決めた始まりもある。中にはすぐにやめてしまったこともある。もう覚えていない。意識の外にある始まりもきっとあった。

 そろそろ行こうかな。

 ここのところなにかと忙しく、公園までなかなか足を運ぶことができなかった。でも、ようやく落ち着いて、こうしてまた木を見に来ることができた。やっぱり懐かしい。長い間離れていたわけではないのに、なんだか変な感じ。ちゃんと帰ってきたんだなって、そういう気がしてくる。ただいま。なかなか来られなくてごめんね。ちょっとの間だけど帰ってきたよ。また行ってくるね。なんてね。

 この場所は、ずっと変わらないでいてくれる。今ではてっぺんを見上げるほど大きくなったこの木は、風に吹かれて優しく揺れている。

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