ノイズを入れる大切さ
こんにちは!しがない大学生の独り言です!
本日もご覧いただきありがとうございます。
皆さんは定期的に生活にノイズを入れているでしょうか?
ノイズというのは私が考えた比喩表現で自分ではどうにもならない角度や威力のパスであります。
例えば、私は古本屋で全く関心のない本が多くある本棚で目をつぶって選びそれを読むなどして自分のこれまで培ってきた常識に囚われないように努めています。
アインシュタインというお爺さんが
「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」
このようなことを言っています。
この言葉は非常に私の意見に近くて私自身常識を疑い続けることをモットーとしています。この心構えが情報感度を高め、より世界の変化に敏感に慣れるからであります。
そのことを彼女さんに伝えたら私の彼女さんが彼女の気になる本を買って来てくれたのでその感想でも今日は書いてみます。
買ってきてくれたのはジェラシーくるみさんの「そろそろいい歳というけれど」です。
私ではまず選ぶことのないアラサーの女性視点のエッセイです。
やはり、こういうランダム性みたいなものはノイズの醍醐味だと思います。
ここで挙げられている悩みの「結婚、子育て、資産形成、美容」であり、やはり悩んでいるものも悩み方も私と違いました。
この著者の方はアラサーという節目に来ても結婚や子育てに対する他人事感というのが抜けず、それでも未だにそれらが通過儀礼のような風習である日本社会でその圧力と戦い続けているようなそんな印象でした。
私は、大学生の男という視点で結婚や子育てについて語ろうとするとまだまだ浮足だっていますが、これを読んでぼんやりしていた輪郭が少しだけはっきりしてきた気がします。
今回はすごく共感した部分と、参考になると思った部分、この2つの視点で書いていきたいと思います。
まず、共感した部分は結婚に対しての男の価値観です。
この著者の方は、男性視点の結婚をすごく的確に理解していて、得られるものはほとんどなく、責任だけが増える行為と語っていました。
読み返すとこれほど正直には書いてないのですが、笑笑
結婚を損得勘定で考えると少々野暮ですが、高い婚約指輪を用意して結婚して、その先には両家の顔合わせなどの心理的な負担の高い通過儀礼と、正直大して興味もないのにお金だけがかかる結婚式などお金と労力をかけてお小遣い制という不自由を得られるようならばそんなに迎えたくない現実はありません。
むしろこう考えるとなぜしている人が昔は多くいたのか謎でしかありません。
結婚式もウエディングドレスを着たいという彼女の欲望を叶えるための一種の体の良いコスプレ大会でしょう。
新郎新婦のクソくだらない馴れ初めも、両親への感謝の言葉も勝手に言ってろとしか誰も思わないでしょう。
だったら、ディズニーのレストランみたいにエンタメ化して素敵なドレスで各テーブルに挨拶回りすればよいのでないでしょうか?
素敵な音楽と、美味しい食事とつたないダンスでもお披露目して最大限におもてなしして楽しんでもらい、笑顔で帰っていただきたいなと思います。ご祝儀高かったなみたいな世知辛い気持ちで式を締めくくりたくないものです。
あとは、既得権益化している結婚式場にお金を払いたくないという気持ちが大きいというところも心の奥底にあります。だから、結婚式をやるなら最大限工夫したいなと読みながら思ってました。
次に、参考になった部分についてお話します。
それはズバリ、同棲の工夫についてです。
特に家事分担と家賃負担はニコイチという部分がすごく良いと思いました。
家事負担の少ないほうが、当然多くなるのですが、例えば、家事負担を負えないほうが、家事の負担を減らすための家電のお金を出すというルールは非常にお互いの不満を最大限に減らす方法ではないでしょうか?
このルールは私も取り入れようと思いました。
そして、家事をしている時間を合わせるという心持ちも素敵だと思いました。
相手が洗濯をしてくれているときは皿洗いをする。そうやって、家事の負担の割合よりも家事の行っている時間を合わせるほうがお互いの不満を減らせるのだと書いてあり、すごく共感しました。これも実践してみようと思います。
最後に、自分一人では出会うことのない趣味趣向を自分の領域にいれる作業というのは世界中のだれもがやったほうがいいと個人的には思っています。
特に、SNSの発達でエコーチェンバー現象が叫ばれています。自分の意見を肯定する内容を多く目にするようになったからこそ自分の視野には入っていないノイズを定期的にキャッチアップする行為私自身もこれからも大切にしていきたいと思います。
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