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インビジブル・ヒーロー


ヒーローは、孤独でなければならない。

ヒーローが人と繋がりを持つことはリスクを持つことと同義である。愛する者を悪に狙われては、ヒーローも迂闊に手出しが出来なくなるからである。かの有名な『孫子』にも「先ずその其の愛する所を奪わば、則ち聴かん」とあるように、弱点や急所を狙うことは戦いの定石であり、悪に対してヒーローは安易に弱点を作るべきではない。


ヒーローは、無欲でなければならない。

個人が守ることの出来る範囲は限られており、この世の悪全てを討つことは非現実的である。全てを守ることができないのであれば、何を守るのかはヒーローによって取捨選択されることとなる。ヒーローの意思決定に利害が絡めば、利益を提供できない弱者は守られない、弱肉強食の世界となってしまう。


ヒーローは、最強でなくてはならない。

悪に敗北してしまうヒーローでは平和を守ることができない。苦戦をすることはあっても、最後には悪を成敗してくれる。人々が求めるのは「ヒーローは絶対に悪を成敗してくれる」という安心感であり、真の平和は民衆の安心感なくしては成立しない。



このようにヒーローは、「孤独で、無欲で、それでいて悪には絶対に負けない」すなわち、インビンシブルな存在であり続けることを世界から求められるのである。


インビンシブル・ヒーローの活躍は、英雄譚として、はたまた伝記として、今日もどこかで人々に語り継がれているのだろう。




創作のヒーローの在り方なら、これでいい。




現実の世界にはウルトラマンもいなければ仮面ライダーもいない。もし仮に、ヒーローというものがいても実際には無敵でなければ永遠の命でもないだろう。ヒーローに頼り続けるという防衛機能には、きっといつか限界が来る。


だから、悪が生じた時は人々は皆で協力しあわなければならない。創作の世界ではヒーローが悪を成敗し、平和を手に入れたらそこで物語は終わる。しかし、現実の世界では悪を成敗してもそこで物語は終わらずその後も世界は続いていく。

世界が続く限り、またいつか別の悪が生まれて人々を混乱に落とし込むだろう。平和が恒久的に続いていくというのは、平和に当たり前になってしまった我々が生み出す幻想にすぎない。


ヒーローのいない世界では、必然的に「悪を未然に防ぎ、生じたらそれを成敗する」そんな統治機能が必要不可欠となる。このようなシステムは、人々が協力しあわなくては構築することはできない。皮肉なことに『世界の平和を守る』という、いかにもヒーローが抱きそうな理想の目標は、ヒーローが孤独である限り真の意味で達成することはできないのだ。


このシステムのデザインには、人の欲望を勘定に入れなくてはならない。感情と言ってもいいが。

なぜなら、人は利害で物事を判断し行動する生き物だからである。人が作るシステムには必ず人の手が介入される。人の欲を無視して構築された統治機能が、デザイン通りに機能することはないだろう。見返りなしに人は動かないのである。

(なお、意図的に人の欲を組み込もうとせずとも、よく見たら既にデザインに組み込まれていたというケースはよくある。)



人々が協力しあって作り上げたこのシステムは、普段大抵の人々に意識されることなく日常に溶け込み機能していく。

まるで見えないヒーローが人知れず悪を成敗しているかのように、悪は未然に防がれ、防げなかった悪に対しても、既に対応済であった事を後になってようやく知る。そもそもはじめから、悪がのさばっていたことを知らずに日常を過ごすことだってままある。


この見えないヒーローは、普段人々に意識されることなく、しかし確かにそこにいて、世界の平和を守り続けている。


インビジブル・ヒーローの活躍は、今日も語られることはない。




【invincible】[US] invínsəbəl
<形>
1.〔人や物が〕どんなことにも打ち負けない、無敵の
2.〔決意などが〕揺るぎない

【invisible】[US] invízəbəl
<形>
1. 目に見えない、不可視の
2.〔小さくて〕人目につかない

『英辞郎 on the WEB』より一部加工して引用




カゲウス
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10年以上のキャリアを持つおちおちファイター。その傍ら、「カービィ落として試験は落とさず」をスローガンに公認会計士試験を一発合格するなど、そのバイタリティは多岐に渡っている。


こんにちは。ヒモです。
今回はカゲウスさんからの寄稿です。なんと今回で二度目の寄稿です。
架空世界で戦うヒーローも現実世界で動くシステムも人々の平和な日常を願って生まれた物なんですよね。
かっこいいお話でした。ありがとうございました。
カゲウスさんからの前回の寄稿はこちら。


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