シンガポールの大統領選挙

2023年9月1日、シンガポールでは大統領選挙があり、与党である人民行動党(PAP)出身のターマン・シャンムガラトナム元副首相が70%以上の圧倒的得票率を獲得して当選しました。

シンガポールの大統領選挙は6年に一度の一大イベントで、候補者が複数いる場合は有権者による投票が行われます。6年前は候補者が1名のみだったため、無投票当選という少々あっけない、そして一部では物議を醸す結果に終わりました。つまり、今回は国民にとって12年ぶりの大統領候補者への投票機会であり、それによってかなり大きな注目を集めました。

驚くべきことにシンガポールでの選挙の投票率は常に90%を超えます。日本の衆議院選挙や参議院選挙では近年50%前後であることを考えると、非常に高いことがわかると思います。この高い投票率の一番の理由は、選挙権のある国民に対して投票することを義務化しているからです。投票の免除を認められるのは、海外在住や病気などのやむを得ない事情がある場合のみで、それ以外の人が投票しないと罰金や選挙権剥奪のペナルティーが発生します。

また、この義務投票制を滞りなく遂行するため、投票日は国民の休日となります。仕事で忙しくて投票に行けなかったなどの言い訳ができないように、国全体を強制的に休日にしていると言い換えることもできるかと思います。日本人からすると、投票を強制されるのは少々強引な制度である印象を受けがちですが、コンパクトな都市国家シンガポールではこの6年に一度の大統領選挙と5年に一度の国会議員選挙の2種類しかないので、義務投票制について国民から批判を受けることは稀です。

実際、シンガポール以外にも投票を義務化している国は多くあります。イタリア、オーストラリア、ブラジル、メキシコなどがその一例です。https://www.mext.go.jp/content/20210305-mxt_kyoiku02-000013239_2.pdf

シンガポールのように義務投票制を採用している国では、いずれも高い投票率を得ており、それ以外にもいくつかの利点が考えられます。

  • 政治への関心向上: 義務投票制は国民に政治に参加する責任を課すものであるため、有権者は自分の政府や国の運命をより真剣に考え、積極的に政治に関する議論を行うことにつながります。

  • 社会の一体感向上:国民全体が選挙に参加することを通じて、共通の目標や価値観を共有し、国家意識の一体感を高めることにつながります。

  • 政府の正統性向上:高い投票率は、より多くの国民の意見の集合体であり、選挙結果は国民の総意であるとより強く言うことができます。このため、選ばれた国家元首や政府が国民の代表であることがより明確になります。

一方、義務投票制は罰則を伴うため、完全に理想的な形でないのも事実で、本来であれば国民全体が自ら進んで投票に向かった結果高い投票率となるのがあるべき姿です。そのため、選挙は一般市民が政治に物申せるほぼ唯一の機会であることが教育によって国家に浸透できていることが、投票が義務であるなしに関わらず肝要であると考えています。ただ、私の周りでは20代でも政治に関する話をする姿を多く目にすることを考えると、シンガポールでは投票を強制することで政治に対する関心が確実に醸成されているように思えます。仮に投票しないことへの罰則がシンガポールで撤廃されたとしても、大幅に投票率が下がることはないのではと思うほどです。日本のように有権者に自主性を残したまま投票の重要性を啓蒙するのも一つの手ですが、義務投票制がかなり正しく機能しているようにみえるシンガポールの選挙制度は、私にとって非常に新鮮であり、この国の合理的な政策の一つであると感じさせられました。