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「つながり」を読み解く英文読解(25)~文体(style)~

【1】文体(style)とは何か

▼入試で出題される英文を読み始める時,私たちは通常,その英文がどのような種類の英文なのかを知らずに読み始めます。しかし,考えてみればこれは非常に奇妙な状況だと言わざるを得ません。なぜならば,日常生活の中では,私たちは自分がこれから読もうとしている文章がどのような「種類」の文章なのかを知っていることの方が多いからです。

▼朝,家で新聞を読む時,私たちはそこにどのような「種類」の文章が載っているかを知っています。もちろん,その「内容」は読まないとわかりません。しかし,新聞に書かれているのが事件・事故の報道であったり,テレビ番組の情報であったり,地域のイベントの告知であったりするものだ,ということを私たちはあらかじめ知ったうえで新聞を読むはずです(もちろん,新聞にはそれだけでなく,小説,書評,四コマ漫画,投書,広告なども掲載されています)。

▼また,自分の好きな作家の小説を手にした時,私たちはそこに書かれている文章の「種類」が「小説」であることを知ったうえで読み始めます。もちろん,内容は読まないとわかりませんが,それが「新聞記事」でも「ノンフィクション」でも「論文」でもなく,「小説」であることを知ったうえで読み始めるものです。

▼そして,多くの場合,読む文章の「種類」に応じて,私たちは無意識に読み方を変えています。たとえば新聞で事件や事故のニュースを読む場合,まず「見出し」が目に入ります。たいていの場合,そこで情報を取捨選択し,自分に興味のある記事を読み始めるはずです(もちろん,中には新聞のすべての記事に目を通す人もいますが)。事件・事故に関する報道記事は,通例,最初の段落がその事件・事故の概略をまとめた内容になっていて,その後の段落により詳しい説明が書かれています。もし,冒頭の段落の内容だけで十分であれば,それ以上読まずに他の記事に目を移す,ということもあるでしょう。

▼小説の場合,新聞記事のように「最初の段落だけ読んであとは読まない」ということはありえないはずです(もっとも,推理小説で犯人を先に知りたかった場合,いきなり終盤から読み始める人もいるかもしれませんが)。

▼さらに,私たちは,文章の「種類」によって,書かれ方が異なることも知っています。新聞記事は会話調で書かれることは通例ありませんが,小説では登場人物の生き生きとした描写をするためにくだけた会話調の「せりふ」が書かれています。

▼このように,日常生活において,私たちは自分がこれから読もうとしている文章について,それがどのような「種類」の文章なのかをあらかじめ知ったうえで読むことが大半で,その「種類」に応じて読み方・受け取り方を変えることが普通です。ところが入試問題の英文を読む場合,事態はむしろ逆で,読み始めてから初めてその文章がどのような「種類」なのかがわかるのです。その意味で,入試問題の英文を読むことは,非常に奇妙な経験なのだと言えるのです。

▼たとえば,以下の英文を読んでみましょう。

Harry Potter was a highly unusual boy in many ways. For one thing, he hated the summer holidays more than any other time of year. For another, he really wanted to do his homework but was forced to do it in secret, in the dead of night. And he also happened to be a wizard.
(J.K. Rowling, Harry Potter and the Prisoner of Azkaban,1999)
(2001年度鹿児島国際大学[2/12実施・I方式])
(ハリー・ポッターは多くの点できわめて珍しい少年でした。理由の一つは,彼は夏休みが一年の他のどの時期よりも大嫌いだったということです。二つ目の理由は,彼が宿題を本当にやりたがっていたけれど,真夜中にひそかにしなくてはならなかったということです。そして,彼はたまたま魔法使いでもあったのでした。)

▼これは実際に大学入試で出題された『ハリーポッターとアズカバンの囚人』の Chapter one "Owl Post" の冒頭の一節です。この文章が「小説」であり,「架空の世界の話を描いている」ということを知っている人は,ここに書かれていることが虚構の世界の話であるという前提で読み始めるはずです。さらに,ハリー・ポッターのことを知っている人は,登場人物の顔を思い浮かべながら読むことすらできるでしょう。

▼しかし,これが小説ではなく,たとえば事実について書かれた「ルポ」だと勘違いして読み始めた場合,最後の文の "And he also happened to be a wizard."(そして,彼はたまたま魔法使いでもあったのでした)という1文が何のことか理解できないはずです。ひょっとしたら「魔法使い」という言葉を何かのたとえ話ではないか,と考えてしまうかもしれません。ちなみに,鹿児島国際大学がこの英文を出題した際,冒頭に「次の文章は魔法使いの少年ハリー・ポッターを主人公とした童話の一部分ですが,これを読んで,後の問いに答えなさい」という注意書きがありました。通常の入試問題ではこうした注意書きは書かれていませんが,この問題の場合,このように書いておかないと,受験生が誤読する恐れがあると大学側が判断したことのあかしと言えるでしょう。

▼このように,自分がどのような「種類」の文章を読んでいるのかによって,英文の「内容」の解釈が変わってしまう可能性もあるのです。だとしたら,与えられた英文がどのような種類の文章なのかを意識することも,英文の内容を理解するために必要なことではないでしょうか。

▼さて,これまで文章の「種類」という言葉を使い続けてきましたが,これは「文体(style)」と呼ばれるものです。

At its simplest, style refers to the manner of EXPRESSION in writing or speaking, just as there is a manner of doing things, like playing squash or painting.
(もっとも単純な場合,style とは,書きことばや話し言葉における「表現」の方法のことを指します。スカッシュをしたり絵を描いたりするといったものごとのやり方が存在しているのと同じことです。)
Katie Wales, A Dictionary of Stylistics, Longman, 1989, p.435
人間の顔や声や表情や仕草などと同じように,言語もある表現が選択され,使用されると,その表現の使用者と場を特定する様々な特徴,つまり文体が現れます。
堀正広『はじめての英語文体論』,大修館書店,2019,p.2
どの国語にもさまざま文体(styles)があるが,とくに現代英語では,地理的にも社会的にも使用域が広範囲にわたっているので,表現の主体(agent)・場(field)・対象(audience)・意図(intention)・目的(objective)・媒体(medium)などの多様性によって,おおくの種類の文体が生じている。
池田拓朗『英語文体論』,1992,p.1

【2】文体のレベル(Levels of Style)

▼文体のレベルについてですが,(1) 文語体(written style)と(2) 口語体(spoken style)があり,それぞれについて「洗練体」「一般体」「卑俗体」があります(池田拓朗『英語文体論』,研究社出版,1992年,pp.2-4)。

(1) 文語体:洗練・一般(・卑俗)
(2) 口語体:洗練・一般・卑俗(卑俗体は主に口語)

▼このうち,大学入試で出題される英文は「洗練文語体(Choice written style)」「一般文語体(General written style)」が中心ですが,会話文のような「一般口語体(General spoken style)」や,スピーチのような「洗練口語体(Choice spoken style)」が出されることもあります。「卑俗体」はスラングや隠語が多用され,文法も無視された「無教育な人が話したり書いたりすることば」(池田拓朗『英語文体論』,研究社出版,1992年,p.4)とされており,大学入試で出題されることは通常,ありません。

▼文体のレベルと,具体的にどのような文章のことを示しているのかについて,以下,池田拓朗『英語文体論』をもとにまとめました。

▼文体のレヴェル(Levels of Style)
1. 洗練文語体(Choice written style)
⇒学術書,論文,公文書,高級な新聞雑誌の社説・論説などで用いられる書きことばの文体
2. 一般文語体(General written style)
⇒一般向けの啓蒙書,解説書,入門書,大衆小説など日常最も頻繁に目にする書きことばの文体
3. 洗練口語体(Choice spoken style)
⇒演説,講演など,教育ある人が改まった公式の場で話す言葉のスタイル
4. 一般口語体(General spoken style)
⇒堅苦しくも,くだけすぎでもない,一般的な会話で話す言葉のスタイル
5. 卑俗体(Vulgate style)
⇒無教育な人が話したり書いたりする言葉で,スラングや隠語が多用され,文法も無視されている言葉のスタイル
(池田拓朗『英語文体論』,研究社出版,1992年,pp.2-4をまとめたもの)

【3】文章の形式(Forms of Discourse)

▼次に,文章の形式についてですが,池田拓朗『英語文体論』では以下の5つの形式を挙げています。

1. 語り(narration)
⇒小説(長編,中編,短編),物語,民話,伝説。神話,詩,日記,報道記事,歴史叙述,伝記など。「1人称の語り」と「3人称の語り」,およびその融合型がある。
2. 叙述(description)
⇒感情・態度・行為・状況・雰囲気などを描写し,ありありと再現する文。科学,報道,文学などで用いられる。
3. 解明(exposition)
⇒事実や思想について,性質や働きを説明し,読み手に理解を求める文。時事解説,製品解説などで用いられる。事象を定義・分類・比較対象する「調査解説(Investigative exposition)」と,文学作品などの解釈を行う「解釈解明(Interpretative exposition or explication)」に大別される。文体のレベルでは洗練文語体が中心となる。
4. 論説(argument)
⇒帰納法,演繹法,弁証法,消去法,因果関係法などを使い,ある説や立場の正しさと望ましさを論証する文。論説,社説,投書,演説,討論などで用いられる。
5. 説得(persuasion)
⇒論理的観点から真理に達しようとする論説とは異なり,心理的観点から相手の感情に訴えて自分の意見の正しさを説得する文。演説,説教,弁護,求愛,広告宣伝などで用いられる。
(池田拓朗『英語文体論』,研究社出版,1992年,pp.9-17をまとめたもの)

▼なお,上の5つは厳密に区切られているものではなく,相互に混ざりあい,関連しあっています。例えば小説や随筆・紀行文の場合,「語り」と「叙述」が混ざりあって文章を構成しています。新聞の報道記事は「叙述」ですが,そこに主観が入ると「論説」になります(新聞の「社説」がこれにあたります)。また,科学論文では客観的な叙述が求められますが,それは「解明」のための手助けともなります。

▼このように,一口に「文章」といっても,様々な文体があり,目的や対象などに応じて使い分けられています。大学入試で出題される英文でも,上の1~5のすべての文体が用いられています。

【4】練習問題

▼では一つ,練習問題を解いてみましょう。次の英文はいったいどんな文体(style)の文章なのかを考えてみましょう。また,最後の太字の部分を日本語に訳してみましょう。

    My parents shared not only an improbable love; they shared an abiding faith in the possibilities of this nation.  They would give me an African name, Barack, or "blessed," believing that in a tolerant America, your name is no barrier to success.  They imagined..... they imagined me going to the best schools in the land, even though they weren't rich, because in a generous America, you don't have to be rich to achieve your potential.  They're both passed away now . And yet, I know that on this night they do ― look down on me with great pride.
(2009年度東京藝術大学音楽学部前期日程)

〈解説〉

▼この英文はいきなり "My parents"(私の両親は…)と始まっています。1文目は「私の両親は信じがたいほど大きな愛情を共有していただけではなく,この国の可能性に対する永続的な信頼も共有していた」という意味ですが,この時点ではこの英文が誰によるものなのかも全く分かりませんから,当然,この「両親」が誰のことかもわかりません。

▼2文目は「彼らは私にバラクというアフリカ系の名前,すなわち,『神の祝福を受けた』という名前をつけてくれた。寛容なアメリカにおいては,どんな名前をつけてもそれが成功の妨げになることはないと信じていたのだ」という意味ですが,ここでこの文章が誰によるものなのかがわかりました。

"Barack"「バラク」

▼そう,これはアメリカ合衆国第44代大統領,バラク・オバマ氏の文章だったのです。では,この文章はどのような文体なのでしょうか。そのヒントが第3文の冒頭にある,この表現です。

"They imagined..... they imagined me ..."

▼第3文は「彼らが想像した…,彼らが想像したのは,私が国で一番の学校に通う姿だった。たとえ彼らが裕福ではないにせよ。というのも,寛大なアメリカにおいては,自分の潜在能力を発揮するのに裕福である必要はないからだ」という意味ですが,なぜ "they imagined" を繰り返しているのでしょうか。もしこれが文語体であればこのような繰り返しは不自然ですし,文法的にもおかしいはずです。ということは,これは口語体で書かれているものだと考えることができます。しかし,オバマ氏がこのような口語体で文章を書く,というのもおかしな話です。だとすればこれは,オバマ氏が話した内容を文字におこしたものではないか,と推測することができるのではないでしょうか。そのことに気が付けば,オバマ氏が人々に向かって情熱的に語りかける風景すら心に浮かぶはずです。

▼実は,この英文の出典は Barack Obama, "Keynote Address at the 2004 Democratic National Convention" (July 27, 2004) で,その時の大統領選に向けた民主党大会でオバマ氏が行った基調演説です。当時,民主党の大統領候補となったジョン・ケリー上院議員の広報担当が当時まだ無名だったオバマ氏の存在を知り,基調演説に大抜擢したのです。これは,その後,オバマ大統領が誕生するまさにその原点となった記念碑的なスピーチだったのです。

▼この動画の1分49秒からがこの部分になります。

▼第4文 They're both passed away now. は「彼ら(両親)は二人とも今,他界している」という意味です。pass away(亡くなる,他界する)は自動詞ですが,自動詞の過去分詞形は原則として「完了」を表しますから,既にこの世にはいなくなってしまっていることを表しているわけです。

▼そこで問題の第5文です。

And yet, I know that on this night they do ― look down on me with great pride.

▼普通,look down onというと「~を軽蔑する」と訳すことが多いのですが,この主語の they は両親のことですし,with great pride(=大きな誇りを持って)という表現がありますから,「だがしかし,私は知っている。今宵,私の両親が大きな誇りを持って私を軽蔑することを」では,前の内容(両親は他界している)とうまく結びつきませんし,そもそもオバマ氏の両親は我が子に「祝福された」という意味の名前をつけ,さらに「アメリカで最高の学校に通う姿を想像した」ほどなのですから,その両親がここでいきなり手のひらを返して「大いなる誇りを持って,息子であるバラクを軽蔑する」のはおかしい話ですね。

▼ということは,この look down on は「~を見下ろしている」という文字どおりの意味として解釈すべきでしょう。しかし「見下ろしている」といっても,両親は既に他界しているのですから,当然,この演説会場の2階席などにいるわけではありません。すると,どこから見下ろしていることになるのでしょうか。

▼正解は「天国から」です。ですから,この「見下ろしている」というのは「天国から見下ろしている」→「天国から見守ってくれている」と解釈すべきでしょう。

▼さらに,I knowの訳し方にも一工夫が必要になります。もちろんこれを「私は知っている」と訳しても間違いとは言えませんが,「天国から今は亡き両親が自分のことを見守ってくれている」という内容ですから,そのことを「知識として知っている」のはおかしいはずです。これはあくまでもオバマ大統領の「主観的な思い」を述べているにすぎません。そうなると,knowは「確信している」と訳したほうがしっくりくるはずです。

▼それでは,ここまでをまとめてみましょう。

「だがしかし,私は確信している。今宵,彼らが大いに誇らしげに私を天国から見守ってくれていることを。」

▼この問題が出題された時は,今読んだ太字の箇所に下線が引かれていて,その部分を和訳させる問題でした。さらに,もともとこの問題には英文の出典も書かれていませんでした。ということはおそらく,出題した大学側が「"Barack"という単語から,これがオバマ氏の発した言葉であることに気づくかどうか,さらにこの英文が口語体であることから,オバマ氏のスピーチであると気付けるかどうか」を試したということになるのではないでしょうか。そう考えると,かなり高度な要求がなされた問題だと思います。

▼もちろん,こうした手掛かりがなくても読むことができた人はいるかもしれません。しかし,これがオバマ氏のスピーチであるということに気付くか否かで英文を理解する速さは格段に変わってくるはずですし,訳し方も変わるはずです。「文体」を意識することは,内容理解と和訳の仕方にも大きな影響があるのです

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