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「演ずることは易しいが,役になりきる難かしさ」

▼私は去年の春からテアトルアカデミー岡山校に通い始め,主に演技のレッスンを受講しています。とはいっても,予備校講師から役者に転職するということではなく,あくまでも趣味の一環として,また,自分の「引き出し」を増やすためでもあります。

▼ここでレッスンの内容を詳しく書くことはできませんが,レッスンを受けていて気が付いたこと,思ったことを,備忘も兼ねて少しずつ書いていこうと思います。既に演技についてご存知の方からすればあたりまえのことばかりかもしれませんが,私自身にとってはとても刺激的な発見ばかりで,また,普段,「教える」側に立っている身としては何かを「教わる」側に立つということはとても新鮮で,毎回,レッスンのたびに勉強になることばかりです。

演ずることは易しいが…

▼タイトルの「演ずることは易しいが,役になりきる難かしさ」は杉良太郎さんの『おれの道』という歌の歌詞の一節で,杉良太郎さんご自身の作詞です。以前からこの歌は知っていたのですが,自分が演技の勉強をし始めてあらためてこの一節の重さを痛感しています。

▼たとえば,その場で短い台本を渡されて即興で演技をする時,台本に書かれている台詞を覚え「それらしく」しゃべることはできるかもしれません。しかしそれは,そこにあることばをただ「なぞった」だけで,そこで考えるべきことはまず「この人はどんな人で,どこから来て,何をしようとしているのか。どんなつもりで,誰に向かって何を伝えようとしているのか」ということであり,わずか一言二言のセリフであっても,うわべだけを演じるのではなく,台本に書かれている情報の奥に潜むものを読み取り,その人物が「自然に」発している言葉のように聞こえなくてはならないのです。

意図的に,しかし,自然に

▼たとえば,次のやりとりを考えてみましょう。この二人はどういう人物関係で,どんな状況で,どんな表情で,また,どんな口調でこの台詞を発しているでしょうか。

A:「おい」
B:「はい,なんですか」

▼Aの「おい」という台詞は通例,男性によって,目下と考えられる相手に対して発せられます。これに対して,Bの「はい,なんですか」という台詞はおそらく,Aのことを目上の相手だと思っている(あるいは,Aを恐れている)人物によるものでしょう。だとしたら,AとBはどんな関係でしょうか。「上司と部下」「夫と妻」「横暴な客と店員」「ヤクザに脅かされている通行人」等々,いろいろ考えられるはずです。そして,その関係性によって,口調も変わってくるはずです。

▼また,Aの発した台詞に対するBの台詞のタイミングと所作も重要です。あくまでもAに「おい」と言われたことをきっかけとしてBが応答しているのですから,早すぎてもダメ,遅すぎてもダメで,そのころ合いを見計らって応答しなくてはなりません。日常生活では呼びかけられて初めて反応し,返答するのですが,芝居だとあらかじめ受け答えが決まっています。あくまでも自然な応答に見せるためには,「待ってました!」というような段取りが透けて見えてはいけないのです。いわば,意図的に,自然なふるまいをしなくてはならないのです。

覚えて,そして忘れる

▼そのためには,台詞や段取りをきっちりと頭と体にしみ込ませたうえで,いったんそれを捨て去らねばなりません。もしこれが「段取り」だとわかってしまうようでは観客に「ああ,演技か」と思われてしまいます。あくまでも自然にふるまうためにはその人物に「なりきって」,その人物が発する自然な言葉や行動を無意識に行っているように見せる必要があるのです。また,相手が台詞を間違えたり忘れたりすることも考えられます。そんなときも,自分はその役になりきって,自然な言葉とふるまいを発しなくてはなりません。

▼一流の優れた役者さんは,おそらくそうした引き出しをたくさん持っているのではないでしょうか。だからこそ私たちはそうした役者さんが役に「なりきって」いるのを見る時,その人の演技にひきこまれるのだと思います。

自由英作文にも役に立つ!?

▼与えられた状況についてその背景にあるものを考える,という訓練は,実は大学入試の自由英作文にも役に立つのではないか,と思います。たとえば次の問題は2016年度の金沢大学前期日程の第3問で出題されたものですが,まさにそうした「状況を把握し,背景を考える」ことが求められています。

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▼この問題では,次の4点を含むことが求められています。
①この人たちは誰で,どんな考えや感情を持っているか
②現在,何が起きているか
③これ以前に何があったのか
④この後何が起こるか

▼ちなみに,大学が発表した解答例は次の通りです。この解答例では父と娘の会話で,もちろんこれはあくまでも「例」なので,これ以外の設定でも問題はありません。

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①この人たちが誰で,どんな考えや感情を持っているか
→娘と父親。娘は心配げな表情をしている。
②現在,何が起きているか
→昼食後,コーヒーを飲んでいる。娘の心配そうな表情に気づき,父は娘にどうしたのか尋ねている。
③これ以前に何があったのか
→娘が上司と口論した。
④この後何が起こるか
→父親が娘に実践的なアドバイスをして,娘の気分が良くなる。

▼このような「イラストを見て状況を考える」問題は,金沢大学の他にも東京大学や一橋大学など様々な大学で出題されています(※金沢大学はこの翌年以降はイラスト問題ではありませんでした)。日ごろから状況を自分の言葉で説明し,さらに,その背後にあることを考え,それも説明できるような習慣をつけることが必要ですね。

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