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「民度」を英語で表すと?

▼先日,国会で麻生太郎副総理が発言した内容が問題となりました。

 発言が出たのは、四日の参院財政金融委員会。自民党の中西健治氏が、都市封鎖したフランスなどと比べて日本は緩やかな統制で感染を抑えたとし「自由を守り続けてきたのは価値が高い」と持ち上げた。答弁を求められた麻生氏は、外国から電話で問い合わせがあったとした上で「『おたくとうちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ』って言ってやると、みんな絶句して黙る」と応じた。

 五日の記者会見で発言の趣旨を問われ、「(他国を)おとしめるというのは違う」などと釈明した。

 札幌医科大の調査によると、四日時点の人口百万人当たりの死者数は、日本は七・一人。英国(五八五・二人)、フランス(四四四・六人)、米国(三二三・八人)より圧倒的に少ない。一方、アジアで比べると事情が異なり、韓国五・三人、中国三・二人、台湾とタイは一人未満にとどまっている。

 そもそも、死亡率だけで対策の優劣を判断するのは難しい。同大講師の井戸川雅史医師(ゲノム医科学)は「国ごとに衛生環境が異なる。日本の死者数が欧米より少ない理由は科学的に明らかになっていない」と説明する。

▼これについては海外でも報道がなされましたが,それでは英語では「民度」をどのように表現したのでしょうか。

① its citizens' "cultural standard (level)"

▼次の2つの報道では "its citizens' "cultural standard (level)""(市民の文化的水準[のレベル])と表されています。

Japan's success against the coronavirus without having to enforce a strict lockdown is due to its citizens' "cultural standard" which is different from that in other nations, Finance Minister Taro Aso said, drawing criticism from the public that the comments were inappropriate.

"Other countries have called me up and asked me if we're the only ones with some drug against the virus or something," Mr Aso said on Thursday in response to a question from a lawmaker on Japan's success in containing the outbreak.

"When I tell them 'our country's cultural standard levels are different to yours', they're left speechless. That's the simplest way to put an end to the questions."
(太字引用者)
Tokyo: Japan’s success against the coronavirus without enforcing a strict lockdown is due to the citizens’ “cultural standard” that is different from other nations, Finance Minister Taro Aso said, drawing criticism from the public that the comments were inappropriate.

“Other countries have called me up and asked me if we’re the only ones with some drug against the virus or something,” Aso said on Thursday in response to a question from a lawmaker on Japan’s reputation of successfully containing the pandemic. “When I tell them ‘our country’s cultural standard levels are different to yours,’ they’re left speechless. That’s the simplest way to put an end to the questions.”

▼私自身はこの訳し方には違和感を覚えます。たとえば「日本の文化」という場合,それは生活様式のことを指しますが,「民度」とは「生活様式」のことではないためです。そのため,「文化の水準が高い」のと「民度が高い」というのはイコールとは言い難いでしょう。

② the superiority of its people

▼この朝日新聞の英字版の報道では "the superiority of its people"(国民の優位性)と表しています。また, 発言のセリフの部分では「民度」を "mindo" とローマ字で表記した後,その説明を英語で付け足しています。

Finance Minister Taro Aso is taking criticism for controversially attributing Japan’s relatively lower COVID-19 mortality rate to "the superiority of its people."

“I often got phone calls from (people) in other countries asking, ‘Do you guys have your own special medicine or something?’” Aso said at an Upper House finance committee meeting on June 4.

“I told these people, ‘Between your country and our country, mindo (the level of people) is different.’ And that made them speechless and quiet. Every time,” Aso boasted.

Mindo is a word often used by politicians and others to invoke Japanese nationalism and ethnic superiority and can refer to things like culture and social manners.

▼この報道では「民度とは,日本のナショナリズムや民族の優位性を喚起するために政治家や他の人々によってたびたび使われる言葉であり,文化や社会の礼儀作法のようなものを指すこともある」と説明されています。こうして説明しないとそのままでは英語に訳すことが難しいのではないでしょうか。

③ the level of social manners

▼以下の報道では "the level of social manners"(社会的マナー[礼儀作法]のレベル)と英訳されています。

Finance Minister Taro Aso said Thursday that Japan's relatively low mortality rate from the new coronavirus reflects the country's higher "level of social manners."

"I have received phone calls (from overseas) asking 'Do you have any drug that only you guys have?' My answer is the level of social manners is different, and then they fall silent," said Aso, who doubles as deputy prime minister, at a parliamentary session in the House of Councillors.

▼「文化の水準」よりも,こちらの「社会のマナー(礼儀作法)」の方がどちらかと言えば「民度」を適切に言い表しているように思えます。ただ,いずれにせよ,「民度の高さ」という言い方は非常に曖昧模糊としていて,②のように何かしら説明が必要な言葉ではないでしょうか。

▼同時に,「民度」なるものを明確に客観的に表すことはできませんから,「日本は民度が高い」などというのは単なる偏見の吐露に過ぎず,さらに言えば,そうやって「日本は民度が違うから死亡率が低い」などと外国からの問い合わせに平然と答えてドヤ顔をする程度の副総理が選ばれる,その程度の「民度」の国であることが明らかになった,ということでしょう。

ファクターXは何なのか

▼欧米に比べて日本ではコロナウイルスによる感染者や死亡者が少ないことについて,ノーベル賞を受賞した山中伸弥博士が次のように呼びかけています。

新型コロナウイルスへの対策としては、徹底的な検査に基づく感染者の同定と隔離、そして社会全体の活動縮小の2つがあります。日本は両方の対策とも、他の国と比べると緩やかでした。PCR検査数は少なく、中国や韓国のようにスマートフォンのGPS機能を用いた感染者の監視を行うこともなく、さらには社会全体の活動自粛も、ロックダウンを行った欧米諸国より緩やかでした。しかし、感染者や死亡者の数は、欧米より少なくて済んでいます。何故でしょうか?? 私は、何か理由があるはずと考えており、それをファクターXと呼んでいます。ファクターXを明らかにできれば、今後の対策戦略に活かすことが出来るはずです。

ファクターXの候補
・クラスター対策班や保健所職員等による献身的なクラスター対策
・マラソンなど大規模イベント休止、休校要請により国民が早期(2月後半)から危機感を共有
・マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識
・ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化
・日本人の遺伝的要因
・BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響
・2020年1月までの、何らかのウイルス感染の影響
・ウイルスの遺伝子変異の影響
などが考えられます。遺伝的要因については、私たちもiPS細胞を使った研究を開始しています。しかしファクターXの実態が明らかになるまでには時間がかかります。今後、社会活動の制限を最小限に抑えるためには、実態不明のファクターXに頼ることなく、医療体制の整備と共に、検査体制、感染者の同定と隔離体制をしっかり整えることが重要です。

▼この最後の「今後、社会活動の制限を最小限に抑えるためには、実態不明のファクターXに頼ることなく、医療体制の整備と共に、検査体制、感染者の同定と隔離体制をしっかり整えることが重要です」という1文が重要で,「民度が違う」などというナイーブな偏見を振り回して勝ち誇っている場合ではないのです。

▼そもそも,「民度」や「国民性」というのは非常に曖昧な概念です。ある行為,状態,現象などを説明するためにとってつけた「後付けの理由」に過ぎない,とも言えるでしょう。たとえば,誰かが人を傷つけた時,その理由を「あの人は〇〇人だから」と特定の国籍や民族の名前を用いて説明することがありますが,その行為はその人がその国や民族の人だから起きたわけではなく,他に理由があって行われた可能性もあるのです。私たちは日常生活の中でそうした「後付けの理由」を使って過ごしていますが,実は,そこには何の確たる根拠もないのです。

▼もちろん,統計を使って一つの社会の姿を「傾向」として表現することはできるでしょう。たとえば,歩行者側の信号が赤の時,車が走っていない場合,信号を無視して歩道を横断する人の数を調査する,といったことや,歩行禁煙が指定された区域で煙草を吸っている人の数を調べる,といったことはできるでしょう。しかし,それはあくまでもその事象に関する統計に過ぎないのであって,そこからただちに「日本人は〇〇だ」という一般化された結論を導き出すことはできないのです。

▼3年前,マンハッタンを訪れた時,赤信号を無視して車道を渡る人の数や,横断歩道がないところを行き交う車の間をすり抜けて渡る歩行者の数,そして,路上禁煙であるにもかかわらず歩きながら煙草を吸う人の数の多さに驚きました。確かにそれに比べれば日本は,赤信号はしっかり守る,路上禁煙はきちんと守る,ということが徹底されているように思えます。しかしそれはあくまでも「私」が経験した日本,「私」が経験したマンハッタンに過ぎませんし,まして私はそれ以外のところを知らないのです(北欧やマカオを訪れたことはありますが)。だから私には「日本人は民度が違う」とか「日本人はマナーが良い」という一般化はできないのです。

▼人は,複雑なものごとを単純化したいという欲望があります。あるいは,単純化しなければ生きていけない,と言うべきかもしれません。だからこそ「日本人は民度が違う」という単純な物語にしがみつきたい人々がいることも確かですが,それを鵜呑みにしてしまえば,そこで思考は停止し,山中博士の言う「ファクターX」はわからずじまいになるでしょう。

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