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ベンゾジアゼピン・コラム - 半知半解の減断薬 (2) [Free full text]

ベンゾジアゼピン依存・離脱症状で苦しまれている当事者の中には、力価や半減期、等価換算といった、数値で表せる「何か確実なもの」に縋りがちな方々が少なからずおられるように感じている。

そのような当事者自身が、これらの「パラメータ棒」を振り回して独自理論を構築し、自助会的コミュニティの中で他の当事者を「指導」することもあるようだ。
しかしネットで得た知識と自身の体験だけをベースに、当事者が他の当事者の治療者の役割を果たすという構図はひどく危うい。コロナ禍でワクチンに関してSNS上で繰り広げられたアレらと同じことがベンゾジアゼピン依存・離脱症状でも起きている。「私達は必死で勉強してベンゾに関しては藪医者どもより詳しくなった」という"グル"達の主張があながち的外れではないことも話を複雑にしている。

それでもなおグル達の知識が厚みと柔軟性を欠くことは指摘せざるをえない。

彼らの「指導」は例えばこのような内容だ。「アルプラゾラムの0.4mg錠を1日に3回服用されてるんですね。アルプラゾラムの半減期は14時間なので1日2回服用すれば十分です。医者は無知だから1日3回服用させます。アシュトン・マニュアルに従ってジアゼパムに置換して減らしたい? いいでしょう。あなたは今アルプラゾラムを1日に1.2mg服用していますから、それと等価のジアゼパムは7.5mgです。主治医を説得してジアゼパムを粉末で1日7.5mg分処方してもらいアルプラゾラムの換わりに服用して下さい。それを水溶液にして半減期の5倍=70時間≒3日に1%ずつ減らします」

もっともらしいことを述べているようではあるが、これは素朴に過ぎるデータの解釈である。確かにアルプラゾラムの先発品であるコンスタンの半減期は約14時間であると添付文書に明記されている(時に利権ガーと製薬会社を批判する彼らだが、製薬会社が公表する添付文書は信用するのだ)。

16.1 血中濃度
健康成人に1回0.4mgを経口投与した場合の血中濃度は、投与約2時間後に最高値6.8ng/mLに達し、半減期は約14時間である。

https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00003152

しかしこれはコンスタンを服用する全患者においてその半減期が14時間であること意味してはいない。半減期を含む薬物動態のデータは第1相臨床試験の結果から得られる。上記引用にもあるように健康成人を被験者として行われる試験だ。被験者数は多くない。せいぜいが20人程度だ。その規模の試験をもとに算出された「約14時間」という値の頑健性がさほど高くないことはコンスタンの後発医薬品(ジェネリック医薬品)の添付文書を見れば瞭然としている。
ジェネリック医薬品は生物学的同等性試験(BE試験)という先発医薬品の第1相試験とよく似た治験を経て認可され、そこでは必ず健常成人を用いて、先発品の薬物動態も測定されるからだ。

BE試験では、ヒト(健康成人)に先発医薬品とジェネリック医薬品を交互に服用してもらい(クロスオーバー法)、血中濃度を測定します。経口投与された医薬品は胃で崩壊・溶出し、小腸に移行して吸収され、門脈を通って肝臓に運ばれ、代謝を受けた後に全身循環へと移行します。その血中濃度の推移は図のようになります。一般的に全身循環血の血中濃度と薬効はよく相関しますので、薬物の吸収量を表すAUC(血中濃度-時間曲線下面積)と吸収速度を表すCmax(最高血中濃度)の2つのパラメータを用いて、比較を行います。

JGA-NEWS No 131 知っ得!豆知識 - 日本ジェネリック製薬協会

アルプラゾラム錠0.4mg「トーワ」のBE試験におけるコンスタンの半減期(T1/2)は13.53±3.75(平均値±標準偏差)時間と、先発医薬品の添付文書にある「約14時間」とかなり近い値になっている。標準偏差の値から、大雑把に言うと10時間弱から17時間超まで、被験者間で半減期に幅があったことがわかる。被験者数(n)は14人。あまり多くはないと感じる方が多いのではないだろうか。
アルプラゾラム錠0.4mg「サワイ」のBE試験におけるコンスタンの半減期(T1/2)は15.2±2.6時間と少し長くなる。n=12。
アルプラゾラム錠0.4mg「アメル」のBE試験におけるコンスタンの半減期(T1/2)は17.89±3.71時間とずいぶん長い印象。n=12。

このように、同じ医薬品を別々の試験で、しかし同じように一定数の被験者に服用してもらって算出された半減期にはかなりのバラツキがある。このバラツキを小さくするためには数百人規模の治験が必要だが、第1相試験やジェネリック医薬品認可のためのBE試験でそこまでの精度が求められることはない。認可する厚生労働省の側もそれらの試験で算出される薬物動態のパラメータは目安に過ぎないと割り切っているのだ。医師や薬剤師などの医療者も同様だと思う。

しかしネットで拾った間接情報(添付文書を参照するグルは少数派ではないかと思う)をするりと信じて「アルプラゾラムの半減期は14時間~」とSNS上で唸ってしまう人たちはいて、伝言ゲームの中で「14時間」という数字が独り歩きしていく。間接情報が間接情報を生み出し、数字の根拠となった試験デザインの瑕疵や数字に付いていた「±標準偏差」はどこかへ行ってしまう。こうして、ネットコミュニティの一部で、アルプラゾラムは誰が服用しても半減期14時間のベンゾジアゼピン、さらには作用時間が14時間のベンゾジアゼピンと化してしまうのだ。

原資料に当たれば試験に参加した健常成人の中でもアルプラゾラムが体内で半減するまでに20時間以上かかる人もいれば10時間未満で済む人がいることがわかるはずだ。当事者の多くは半減期がどのようにして算出されるのかまでは考えないし、離脱状態で苦しんでいて視野が狭くもなっている。自分よりも知識がある(と信じている)グル達が振りかざす「アルプラゾラムの半減期は14時間」という「科学的な裏付けがある揺るがない数字」は、界隈においては強い求心力を発揮する。進むべき方向すら定かではなかった断薬への過程におけるそれは堅固な道標であるように映るからだ。半減期が14時間だから作用時間も14時間なのであり、1日2回服用で良いのであり、3日ごとに減薬すれば良い。この「わかりやすさ」は不確定要素の海で溺れかけている当事者にはひどく魅力的だ。

しかし、誰にも適用可能なマスターキーのような数字は薬の世界には存在しない。半減期については上述の通りであり、薬が最大の効果を発揮する時間であるTmaxや、Tmaxにおける血中濃度であるCmaxにも個人差がある。同じ用量の薬を服用しても、効き始めるまでの時間、効果の強さ、持続時間は患者さんごとにまるで異なる。これらの違いの理由の1つとして、薬物動態の個人差が挙げられる。

さらには、薬物動態が同じであっても、患者さん側の感受性の違いによって効果や副作用に違いが現れる場合もある。

薬の効果(薬効)を考える上で、その基礎をなしているものは、受容体理論です。同じ量の薬を処方された患者さんたちの薬効にはバラツキが見られることが多く、この説明としては、それぞれの患者さんの薬物受容体の感受性に差異があることと、薬物の曝露量や曝露時間にバラツキ(個人差)があることによります。

https://www.ohu-u.ac.jp/faculty/research/research_result.html?no=32

薬物動態学的な指標が、いかに確固たる数字であるかのように見えても、解釈の幅があるものであり、個々の患者さんの減断薬において目安以上の役割を果たすものではないことは知っておくべきだろう。

力価や、それに基づくベンゾジアゼピンの等価換算が、減断薬を前提に作成されたものではないことは以前に述べた通りである。

薬物動態学的パラメータは「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(=GCP [Good Clinical Practiceの略])の要求を満たす水準の臨床試験において算出された数字であり、個人差があることを念頭に置けば減断薬の目安として用いるに十分な信頼性がある指標であると言える。

一方で力価や等価換算は「1)エキスパートが作成した従来の換算表におけるコンセンサスと 2)二重盲検比較試験における治療成績(エビデンス)の2つを根拠として作成されたもの」であり、「抗不安薬・睡眠薬による離脱症状の治療効果などはこの等価換算表では評価の対象にはなっていない」と、作成者自らが明言している(向精神薬の等価換算, "等価換算表を利用する際の留意点"より引用)。
等価換算表の「等価」とはアルプラゾラム1.2mgとジアゼパム7.5mgの抗不安作用が同等であるという意味であって(その場合ですら「等価換算による情報のみに基づいて機械的に薬物投与量の決定を行ってはならない」と釘が刺されている)、アルプラゾラム1.2mg/日を服用していたことで生じた依存・離脱症状がジアゼパム7.5mg/日で抑えられるとは誰も言っていないのである。グル達がそのように解釈し、信者達が無批判にそれを崇め奉っているだけで。

よって文頭で例示したグルのご託宣には正しい部分が1箇所も無い。仮にあそこに示された数値が当てはまり減断薬がうまくいった患者さんがいたとしても、それは「壊れた時計でも1日に2回は正しい時を刻む」程度の偶然の結果に過ぎない。
ある患者さんにおいてアルプラゾラムの服用回数が1日2回でよいかどうかは誰にもわからない。
アルプラゾラム1.2mg/日をジアゼパム7.5mg/日に置換した患者さんに離脱症状が現れないかどうかはわからない。
半減期の5倍が70時間かどうかも、1%が適切な減量幅なのかどうかもわからない。

何もかも、やってみなければわからないのだ。

添付文書や等価換算表をあくまで目安に用いながら、服用量と離脱症状だけではなく、原疾患の症状再燃や社会経済的要因にも気を配り、試行錯誤を繰り返しながら個々の患者さんに最適な減量幅やステイ期間を探ることが「ベンゾジアゼピンの減断薬」という医療行為の主幹を為す。患者さんごとに調整され、オーダーメイドの減断薬法が編み出されることが理想だ。
自分に合った減断薬のペースがみつかるまで、患者さんは「わからないことをわからないままにしておく」ことに耐えなければならない。当たり前のことのようだが、それが難しい人たちもいる。

減断薬に悩み離脱症状に苦しむ患者さんはしばしばインターネットに答を求める。インターネット上には「答らしきもの」が無数に散らばっていて、「わからないままにしておけない」患者さんは自らが欲する答に飛びつく。ベンゾジアゼピンを一刻も早く止めてしまいたい人は一気断薬を提唱するグルを選ぶし、離脱状態に恐怖を感じる人は水溶液タイトレーション派や栄養療法派に属することを選ぶ。
力価や半減期や等価換算は、そのどの宗派でも自説を補強するためのツールとして用いられていて、そこに属するようになった人たちは自らの宗派の教義が科学的根拠を持つ数字に裏付けられたものであることに安心し信仰を深める。数字にはそうした説得力がある。

一方で、そうした患者さんの多くは自ら求めて、数字が嘘をついている可能性があることを半ば承知で、数字に縋りついているように見えることがある。不確定さに耐えられず、わからないことをわからないままにしておくことができない患者さんはしばしば仮初めの安定を求めて、数字と、それに支えられた砂上の理論を信仰せざるをえないのだと思う。
しかしそれは依存先をベンゾジアゼピンから数字に変えただけにすぎない。数字の魔法の半減期は短く、遅かれ早かれ彼らは現実に向き合わざるをえなくなる。減薬は進んでおらず、離脱症状は遷延化して心身を蝕んでいるという現実に。

ベンゾジアゼピンの離脱症状はしばしば不可逆的だ。一気断薬や急減薬を繰り返した場合には特にそのリスクが高くなる。一気断薬して強い離脱症状に耐え続けた場合はもちろん、水溶液タイトレーションで微量減薬しているつもりでも「半減期の5倍」を盲信して減薬を進めれば結果として急減薬となってしまうことがある。束の間の安心を得るために数字に縋った結果、大きすぎる負債を背負うことにもなりかねないのだ。

数字は確実性を提供するように思えるが、ベンゾジアゼピンの減断薬においてはインターネット上に飛び交う数値に頼りすぎることは避けるべきであろう。自分自身の体調や反応を観察し、医師とともに最適な減薬方法を見つけることが重要である。
数字に過度に依存せず、自分自身に好適なペースで減薬を進めることが成功への鍵となるだろう。

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