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ベンゾジアゼピン減断薬のニュートラル [Free full text]

僕はベンゾジアゼピンの減断薬における自分の立ち位置が「ニュートラル」であると思っています。

「ベンゾジアゼピンを一定期間服用すると依存が成立し、一部の方では減断薬に伴い離脱症状が現れるようになります。これには個人差が大きくて、強い薬を長く服用していてもあっさり止められる人もいるし、短期間の服用後に強い離脱症状に苦しむ人もおられます」
「ゆっくりと減薬しながら断薬を目指す漸減法を用いることによって離脱症状で苦しむリスクを下げることができます。しかしリスクは0になるわけではありません」
「正しい方法を用いればベンゾジアゼピンを服用していた全ての方々が離脱症状をコントロールしながら断薬に至れるわけでもありません」
「一気断薬や急減薬をすると強い離脱症状が現れる方がいます。その離脱症状は遷延してベンゾジアゼピンを再服薬しても元に戻らないこともあります」

診療でもオンライン医療相談でも、僕はこのような説明を患者さん・利用者様にします。
しかしながら「そんなにネガティブなことばかり言わないでほしい。もっと明るい展望を抱けるようなポジティブな情報も伝えてほしい」という主旨のフィードバックをいただくことが少なくありません。

ことベンゾジアゼピンの依存・離脱症状に関しては、受診・相談される方々のほぼ全員がインターネットで情報を収集し、試行錯誤を重ねておられます。そしてそれがうまくいかず受診・相談に至る。

彼ら・彼女らの情報源たるインターネットは混沌としていて、ベンゾジアゼピンの問題に関してもよほどのリテラシーが無ければ極端な情報を拾ってしまいがちです。
ネガ・ポジのバランスも、ネットの中と現実世界とでは大きく異なっているように僕には思えます。

インターネットで集められるベンゾジアゼピン依存・離脱症状に関する「」付きのポジティブな情報、ネガティブな情報はおおよそ以下のようにまとめられるでしょう。

ネガティブ ー ベンゾジアゼピンを長期服用すると必ず癖になり止められなくなるので服用すべきではないし服用しているなら止めるべき/医者はこの薬害を知らないか知らないフリをしていて治療もできない/製薬業界は営利しか考えておらずこの問題を隠蔽している/離脱症状は極めて辛く断薬には人生を賭ける覚悟が必要/長く服用させられて廃人になったり離脱症状で自殺する人もたくさんいる

ポジティブ ー 薬害をもたらす毒である「ベンゾ」を早く抜くことで廃人になることを避けられる/誰でも100%断薬できる断薬方法がある/理解の無い医者に頼らず自分自身の努力でベンゾを止めることが可能/水溶液タイトレーションという方法で安全に減薬することができる/離脱症状が現れても栄養療法で軽減・消失させられる/離脱症状は耐えていれば2〜3ヶ月で消えていく。

インターネットで自分が服用している薬に関して情報を集めだしたベンゾジアゼピンユーザーは「ネガティブ」な情報に触れて不安を昂じさせ、「ポジティブ」な情報に縋って独力で減薬・断薬に挑もうとします。
情報を集めるに当たって耳触りの良い情報ばかりを取り入れ、「不都合な真実」を遠ざけがちなバイアスが働くことには気づかないことが多いようです。

ベンゾジアゼピンの服用を開始することとなった原因疾患、例えばうつ病は寛解・回復していて、抗うつ薬は然るべき時期に中止できている。うつ病発症の誘因となった環境も調整されている。しかし治療初期から併用していた睡眠薬(ベンゾジアゼピン)を服用しないと眠れないしめまいや冷や汗といった症状が現れるので中止することができない。ーーベンゾジアゼピンの減断薬を手掛ける医者の立場で申し上げれば、この段階で介入させていただけるとシンプルな方法で対応できることが多いし予後も悪くはならない印象があります。

しかし現実には、うつ病は未寛解で抗うつ薬は継続中、不安になってインターネットで色々と調べているうちに処方されている睡眠薬に関するネガティブな情報に触れ、それこそがうつ病が治らない原因ではないか、うつ病の症状だと説明されているあれもこれもベンゾジアゼピンの常用離脱によって起きているのではないかと思うようになり、不安に駆られて睡眠薬を自己判断で一気断薬して不調に陥り、耐えようと思ったが耐えきれず再服薬、それでも復調せず転院してジアゼパムの処方を求め「置換」しての水溶液タイトレーションを試みるが一向に不調は改善しない――といった経過を辿っている方からの相談を受ける、あるいはそうした方を診察することがほとんどです。
訴えは多彩で原疾患であるうつ病の症状なのかベンゾジアゼピンの離脱症状なのか判別も難しい。その切り分けのためにベンゾジアゼピンの再増量を勧めても頑としてこれを拒む。うつ病の治療に関しても「うつ病は治っている。すべての症状はベンゾの副作用と離脱症状」だと断じて譲らない。なかなかお役に立つのが難しい場合もあります。

もちろんネット情報で救われる方もおられるのでしょうが、救われなかった方々と接する機会が多い僕としては、患者さん・相談者様にとってのニュートラルと、自分がニュートラルだと思っている立場との乖離を感じることが少なくありません。

貴方の症状は間違いなくベンゾジアゼピンの離脱症状です、製薬業界と癒着した標準療法の医者はそのことを認めないし治す技術もありません、僕なら必ず貴方を治せます、魔薬を止めましょう、離脱症状の悪化は好転反応、サプリで良くなりますーー僕は、少なくともそういう治療を行ってはいません。

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