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ベンゾジアゼピン減断薬シミュレーション - ゾルピデムと服用間離脱

前書き

ベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下ベンゾジアゼピン)は不安や睡眠障害の治療に広く用いられている薬剤群です。長期使用により依存が生じる可能性がありますが、ベンゾジアゼピンを処方する医師の、依存や離脱症状への理解が十分ではない場合があります。
僕はこれまでベンゾジアゼピンの依存や離脱に関する一般的な情報を提供するnoteをいくつか執筆してきましたが、具体的な減断薬法を事例に即して述べたことはあまりありませんでした。このシミュレーションはベンゾジアゼピンの減断薬の臨床の概要を示すことを目的として作成しました。

今回は、もっとも広く処方されているベンゾジアゼピン系睡眠薬であるゾルピデムと、同薬の依存に伴って臨床的に認められることがある「服用間離脱(INTERDOSE WITHDRAWAL:定められた服用間隔の間に現れる離脱症状)」をテーマに、減薬プロセスに関して架空の症例を用いて述べています。ゾルピデムの減薬方法、服用間離脱を含むベンゾジアゼピンの離脱症状に対処するアプローチなどについて説明し、減薬に関する一般的な知識を共有することが本稿の目的です。

仮想症例

A氏:40代男性、会社員
X-2年 職場のストレスを誘因として不眠を呈してメンタルクリニックを受診し、不眠症の診断を受けてゾルピデム 5mg/1×就寝前を処方され良眠を得られるようになった。
X-1年 ゾルピデムを服用しても中途覚醒してしまうことを主治医に伝えたところゾルピデム 10mg/1×就寝前に増量となった。その後また良眠できるようになった。
X年 入眠はできるが午前3時前後に目が覚めるようになった。中途覚醒後は再入眠できず、脂汗をかき動悸が続く。朝になってもそれらが止まらず日中も仕事や家事にも集中できなくなった。内科を受診するも異常は指摘されなかった。就寝前にゾルピデムを服用すると汗や動悸が収まり気持ちが楽になって入眠できることに気づいていた。メンタルクリニックの主治医に相談したところゾルピデムの離脱症状の可能性を指摘され長時間作用型の睡眠薬への変更を勧められた。どんどん薬が強くなっていくのではないかと不安になり、減薬・断薬について相談するために当院初診となった。

診断

ゾルピデムに対して生じた身体依存と断薬による離脱症状

説明と同意

以下の項目について説明する。

1. X年に不調を呈した時点で前医が下した診断と治療方針は正しかったと僕も思う。

2. 不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)を行っている医療機関は少ないので(当院でも行っていない)、ゾルピデムの処方もわが国の精神科臨床おいては一般的な治療だったと思う。睡眠衛生指導は行われていてもよかったかもしれない(当院では行う)。

3. 依存や離脱症状が生じたのはA氏の体質によるものである。ゾルピデムを年単位で服用した患者さんがみな身体依存を起こすわけではない。

4. ベンゾジアゼピン依存や離脱症状成立の機序。説明内容は拙note「総論01 ベンゾジアゼピン離脱症状」でまとめた内容に準じる。減断薬は可能かもしれないが、ゆっくりと時間をかける必要がある。

5. X-1年の時点でゾルピデムに対する耐性が生じていたと思われる。X年に入ってからの中途覚醒とそれ以降の時間帯の心身の不調は離脱症状と考えられる。ゾルピデムは半減期≒作用時間が短いため、毎日服用していても1日の中で血中濃度が低い時間ができやすく、それに伴って離脱症状が現れることがある(服用間離脱)。

6. 減薬を開始する前にまず1日中血中濃度を一定以上に保ち離脱症状が現れない状態を作る必要がある。前医が「長時間作用型の睡眠薬への変更」を勧めたのにもそういう意味合いがあったのではないか。ゾルピデムの半減期は2時間しかないので、中途覚醒を解消するためにより作用時間が長いベンゾジアゼピン系睡眠薬に置換する必要があるかもしれない。
しかし半減期が長い睡眠薬を服用すると日中にも眠気が残る可能性があるため、離脱症状を軽減するために長時間作用型のベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用する場合もある。ジアゼパムという薬を用いるのが一般的である。日中にも強い離脱症状を呈しているA氏の場合はこちらが好適だと考える。ベンゾジアゼピン離脱症状を軽減できるのはベンゾジアゼピンだけなので、現時点では他の系統の向精神薬を処方することはしない。

7. ジアゼパムを用いる場合、体質に合わずに過鎮静(眠気やだるさ)が現れたり離脱症状を十分にコントロールできないことはありうる(「日本人はジアゼパムを服用すべきではないのか - ネット情報の取捨選択の困難さの一例として -」参照)。その場合は用量を調整する。ジアゼパムに対するA氏の心身の反応を把握できるようになるまでは1~2週間に1回の頻度で受診していただくことになる。

8. ゾルピデムをジアゼパムに置換する際には、広く用いられている等価換算表を目安として用量を設定する。等価換算表によればゾルピデム 10mg=ジアゼパム 5mgである。等価換算表はベンゾジアゼピン減断薬のためのツールではないので離脱症状のコントロールについては置換してしばらくしなければ評価できない。ベンゾジアゼピンは個々の患者さんとの相性が大きい薬なので、置換後に十分に眠れなくなったり、副作用が強く現れる可能性はある。そのリスクを最小限に抑えるために置換も少しずつ、時間をかけて行う(「ベンゾジアゼピン減断薬 - 置換も漸で」参照)。

9. 薬を減らしてから減らした分が血中から消失するまで、あるいは増やした分が安定した血中濃度を達成するまでに半減期の5倍がかかるので、ジアゼパムの調整は初期を除いては4週間単位で行うことになる(ジアゼパムの半減期:120時間程度、120×5=600時間=25日≒4週間、「ベンゾジアゼピンの分服回数増は減薬・断薬成功に寄与するか?」参照))。
離脱症状の消失が確かめられ、副作用が忍容可能な範囲に収まることを目標として用量を調整する。離脱症状や副作用のコントロールのためにジアゼパムの増減を行った場合、その評価のためにさらに都度4週間の経過観察を要する。

10. ゾルピデムからジアゼパムへの置換後、離脱症状が治まり、夜間の睡眠もあるていど確保できる状態に至ったならば、その時点で治療終結でもよいと思う(第1のゴール)。A氏の場合は原疾患である不眠症が治っていないのでジアゼパムを減らせば眠れなくなってしまう可能性が高いからである。ジアゼパムの断薬も希望されるならば、依存性が無い(とされている)メラトニン受容体作動薬(ロゼレム)やオレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ、デエビゴ)を併用し、睡眠衛生指導を行いながらジアゼパムを漸減し中止を目指すことは可能かもしれない(第2のゴール=最終ゴール)。

11. ジアゼパムには散剤があるのでそれを用いて0.1mg単位で増減する。この0.1mgが「1段階」。ジアゼパムは前述したように1段階減らすごとに4週間経過観察する必要があるので5mgを断薬するまでには4週間×50段階=200週間かかる。第1のゴールを達成するために最低でも10段階=40週間かかるので、ベンゾジアゼピンを完全に断薬するまでには240週間、4年以上かかることになる。1段階ごとの幅を大きくできたり、逆に離脱症状が治まらずにステイ期間が伸びることもあるが(「ベンゾジアゼピン減断薬 - 歪(いびつ)な階段を降りよう」参照)、現時点では4年程度の期間を断薬までの目安としてほしい。

ベンゾジアゼピンの減断薬治療は、初診における説明がもっとも重要なパートであると僕は考えています。患者さんに十分な情報を提供し、その情報を咀嚼してもらい、治療方針に対する同意を得るには時間を要する。上記11項目の説明はこうして書き出してみるとかなりの分量ですし、その中に既存のnoteの引用を多く含んでいるので現実の説明はさらに長くなります。これを1回の通常診察(初診30分)で済ますことは難しいし、患者さんとしてもなかなか納得までには至りません。

治療

A氏が僕の説明と治療方針に同意され、僕の外来を継続的に受診するご意向を示されたら治療を開始します。
離脱症状を完全にコントロールする(ゼロにする)ことと、睡眠状況をあるていどコントロールすることが最初の治療目標になります(離脱症状は完全に押さえ込まなければなりません。一方で、不眠症の治療としてパーフェクト・スリープを目指す必要はありません)。

ここからはあくまで「僕ならば」という処方の調整の仕方と、それが奏効して減薬・断薬が進むというビューティフル・ストーリー寄りの仮想経過をお示しします。

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