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各論01 治療より予防

長期服用(ベンゾジアゼピンの場合、数週間以上の服用は長期服用と見做すべきであるとご理解下さい)することで依存が生じ(るリスクが高まり)、傾眠や健忘、転倒といった副作用も起きやすいデパスですが、なぜ患者さんはそのような薬を長期服用しているのでしょう。 

主治医が処方を開始し、継続しているからです。 

初めから処方しなければ、或いは処方しても頓服や服用期間を限定して処方すれば、そもそも依存は生じないことになりますから、減らし方・止め方で悩む必要は無くなるはずです。 

デパスの、承認されている効能効果は以下の通りです。 

 神経症における不安・緊張・抑うつ・神経衰弱症状・睡眠障害 
 うつ病における不安・緊張・睡眠障害 
 心身症(高血圧症,胃・十二指腸潰瘍)における身体症候ならびに不安・緊張・抑うつ・睡眠障害 
 統合失調症における睡眠障害 
 下記疾患における不安・緊張・抑うつおよび筋緊張 
  頸椎症,腰痛症,筋収縮性頭痛 

非常に広い保険適応を有していることが改めてわかります。一般科においても「使い勝手が良い」薬剤であると言えるでしょう。高血圧症や胃・十二指腸潰瘍、腰痛症、筋収縮性頭痛(緊張型頭痛)といった身体疾患に対する適応があるわけですから、内科や外科、整形外科、脳神経外科などで処方される可能性がありますし、適応外処方になりますが、めまいや耳鳴りの治療薬として耳鼻咽喉科で処方されることもあるようです。 

一般科でも、患者さんが主治医に不眠について相談したりすることはあるでしょうし、狭義の身体疾患が基盤には無いと判断されても不安や不定愁訴の訴えが続く「神経症的な」患者さんも少なからずおられるでしょう。 

デパスは一般科の先生方にとって、身体症状への処方経験があるが故に、こうした患者さんに処方しやすい薬剤であるかもしれません。 

向精神薬は一般科の先生方にとって「とっつきにくい」薬であると聞いたことがありますが、身体疾患と精神疾患に跨がって広く保険適応があり、それ故にあるていど使い慣れていて、精神科を紹介するほどではない不眠や不安の訴えにも処方しやすい――デパスの位置付けはそんなところではないでしょうか。 

単純接触効果(「何度も繰り返して接触することにより、好感度や評価等が高まっていくという効果」を意味する心理学用語)ではありませんが、使い慣れているが故に処方頻度が増していく、処方頻度が増すが故に使い慣れていく=処方することに抵抗を感じなくなっていく、といった傾向は処方選択においても起こりうるのではないかと思います。 

実際、デパスは良く効く薬です。 
即効性・確実性という面で優れている。 

精神疾患が背景に無い、不眠の訴えがあるだけの患者さんに処方すれば、その日から熟眠が得られる可能性が高い。  

抗不安作用についても同様で、服用すれば不安や苛々がすぐに和らぐ。 

患者さんは喜ぶし、医者の側も手間がかからない。慢性服用に伴うリスクの知識が医師側に無い場合、「有効で安全な薬」として処方が長期的に続けられることが多くなってしまいます。  

処方を受けた患者さんの何割かは、律儀に毎日デパスを服用されます。律儀な性格故に不眠や不安が起きるのかもしれませんが、そのタイプの患者さんは「飲めば安心・飲まなきゃ不安」という心理的依存にも陥りやすい。 

服用を続けるうちにやがて真の依存――身体的依存が形成されます。そしてデパスを止め難くなる。  

前述したように、身体的依存が全ての患者さんで成立するわけではありませんし、依存が起きていてもデパスを服用し続けているうちは離脱症状は現われませんから、それと気付くことはありません。 

2泊3日の旅行にデパスを持っていくのを忘れたところ、旅行中一睡もできず酷い心身の不良が続いて観光どころではなかった。別病の手術のために、術前の絶飲食に伴ってデパスを中断したら、全身痙攣発作が起きて手術が中止になった。  

こうした大小の「アクシデント」が契機になってデパス依存が成立していることがわかることが多い。依存を呈した患者さんはデパスが「癖になる薬」であり、かつ服薬を止めたら多彩で不快な離脱症状が現われることを、痛い目に遭って初めて知ることになります。当然、患者さんはデパスを処方した主治医に相談しますが、相談された主治医もデパスの依存性や離脱症状に関する知識が無く、対応に窮する。 

こうした事態を未然に防ぐには、何よりもまず医師の側が、デパスとは長期漫然投与によって一部の患者さんに重大な健康被害をもたらしうる薬剤であることを認識することが重要になります。 

長期投与しても問題が生じないことも少なくないことも事実ですが、予めどの患者さんが依存と離脱症状を呈しやすい体質の方であるのかを特定する手段が無い以上、どの患者さんにも同等にどのリスクがあると考えて処方行動を取ることが安全策であると言えるでしょう。 

ある種の疾患と同様、治療より予防の方がコストは安くつきます。 
デパスを安易に処方しないことがまず重要。処方する場合でも頓服で期間限定を切って処方しましょう。 

患者さんにはデパスの副作用とともに依存性の危険についても説明し、服用できる期間や用量を制限すべき薬であることを告げましょう。 

処方目的が胃潰瘍であれ腰痛であれ不眠であれ不安であれ、デパスで対症的に症状を緩和している間に根本的な治療や生活指導、環境調整が行われ、それによってデパスが不要になる――出口戦略をもってデパスを処方できることが理想的です。 

デパスはとっておきのワンポイントリリーフとして遇するべき薬です。服薬量の把握は厳密に。統制されていない「頓服」処方は長期漫然投与に繋がりやすい。

一方で、ある種の疾患に対して副腎皮質ステロイド剤が長期投与される場合のように、対症療法薬を服用し続けることによって症状をコントロールするしか無い疾患・病態もあるかもしれません。デパスの長期投与を行わざるをえないケースは限られていると思いますが、その対象疾患が自らの専門領域であり、他に治療手段が無いと断言できる場合にのみ、十分なインフォームド・コンセントのもとに、デパスの長期投与は消極的に許容されるかもしれません(整形外科で高血圧に対して、内科において不眠に対して、精神科において腰痛に対して、デパスの長期投与が行われるべきではありません。それぞれの症状から好適と思われる専門科に、患者さんを紹介するべきです)。 

とは言え、多くの先生方が、既にデパスを長期投与してしまった患者さん、前任者から引き継いだ際に、もしくは他院から紹介されてきた時点で既に年余に渡ってデパスを服用していたといった患者さんを、多かれ少なかれ受け持たれていると思います。 

そうした患者さんが服用しているデパスを減らし、可能ならば止める方法について、以下に愚見を並べていきます。 

⇒各論02 動機付け

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