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第36問の奥行きと展望 ~「中村家の一族」あとがき

前回までの全五話、突然、似非ホームドラマ風の物語が始まって長々と何じゃこりゃ?とお思いの方もいらっしゃったことと思います。

第一話の冒頭で少し説明しましたが、今更ながら「中村家の一族」とは何だったのかと申しますと、要は

「令和4年度の司法書士試験の不動産登記法記述問題の設定を物語化してみた」

ものだということになります。

ただ、これはあくまで結果的にそうなってしまったのであり、そもそものきっかけは

「同記述問題を振り返ると、令和3年改正の論点がちりばめられているように思える」

ことが出発点でありました。
それが思いのほかえらく長くなり、読んでくださる皆さまを困惑させることとなり少々心苦しく感じる次第です(と言いながら実は大して反省しないタイプ)。

そこで今回は、あとがきと称してそれらの整理と物語では書ききれなかった部分、併せて、ほぼ受験には役立ちそうに無い視点ではありますが第36問の「物語としての奥行き」について考えてみたいと思います。



令和4年度本試験第36問についての疑問(中村家の謎)


まず最初に本問について、本試験の現場で、そして後日再確認する中で心に引っ掛かった点について列挙してみます。
これらについて、「中村家の一族」の中で自分なりにその理由を考え、結論を出してみたものもあります(捏造、と言うべきかもしれませんが)。
ですが、物語の中で触れられなかった(話が長くなり過ぎるか、今の私の手には余るような内容であるため)部分もあるため、一通りそれぞれについて補足を入れておきます。


(1)登と和子が最終的に居住していたのは乙建物ではないのか。また、乙建物が経っている土地は誰のものなのか

→第一話参照。配偶者居住権を出題するにあたり、相続開始時に居住している必要性から乙建物に居住している設定にした結果、戸籍の附票との矛盾が生じたのではないかと考えた。
乙建物の敷地については登の相続財産としては挙げられておらず、結局誰の所有かは不明。

(2)何故、代位による相続登記と同じ結果の遺産分割をしたのか
→第四話を参照。加えて、令和3年改正で遺産分割に時的限界が設けられたことに関係し、あえて法定相続分通りとなる結論が用意されたのかもしれない(代位登記を更正するという論点は使い古された感があるといえなくもない)。

(3)何故、1番根抵当権を生かしておかなかったか
→最終話を参照。一方、中村商事株式会社は代表取締役である中村登(おそらく)の死亡により、会社を畳む方向へと動いて行っているという話の持って行き方も考えられたが、それでは少し寂しいようにも思えたので、中村家物語の中では大介が事業承継するという希望ある未来を目指した。

(4)何故義子と洋平が住む隣りの土地を登が所有していたのか
→甲土地の表題部を見ると、元々は「春日井市小田町山北50番」から分筆された土地だとわかる。50番の1と2を、石川家と中村家がそれぞれ所有するに至った経緯と、義子と洋平の婚姻(二人の住所が同一であることと、生年月日の近さから婚姻関係を考えるのが自然だろう)とは関係があるのだろうか。
或いは、そもそもいずれの土地も中村登が所有しており、生前に義子夫妻に贈与していた可能性もあるか、などと考えたりもした。
そうなると話に奥行きが出て面白くはなるのだろうが、同時に遺産分割に際してややこしくなってしまうので深入りするのは止めた。

(5)石川洋平の父である石川利夫に委任の終了を原因として所有権が移転している丁土地の所在地は岐阜市であり、丙土地に設定されているみの銀行(後にいなば銀行に合併)も岐阜市に本店がある。何らかの関係があるのだろうか
→単なる偶然で隣県の住所になったのか、それとも背景に何らかの設定があるのだろうかと考えた(中村登と石川洋平とが隣同士の土地を持ち合っているのと対になっているようにも思える)が、物語に反映させられるまでには至らず。


委任の終了についての論述問題の意図


問4は、若干唐突にも思える小問でしたが、委任の終了については択一では出題実績もあり、相談業務への対応力を試すための論述問題としてこうした形式での出題は過去にも何度かあったためそうした意味では驚くようなものでもありませんでした。

しかし何故題材が「委任の終了」だったのかについて考えてみると、最終話でも少し触れましたが、令和3年改正の目玉の一つである「相続土地国家帰属法」(正式名称:『相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律』)により国庫所有となった土地につき、
"土地に最も利害関係の深い地域コミュニティ等への帰属"※
も想定しておくべきかとの指摘もあることと関連しているのではないか、と想像するに至りました。

※引用元『所有者不明土地の発生予防・利用管理・解消促進からみる改正民法・不動産登記法』松尾弘/ぎょうせい p.62

例えば昨今の防災活動の一環として、自治体に限らず町内会や自主防災組織が災害時の避難場所や備蓄品の置き場として、さらには災害予防のため環境保全の目的で個人から国へ帰属した土地を譲り受けて活用する、といった可能性も出てくるのではないかと考えました。

と言うのも、ちょうどつい最近の地元紙に私が住む地域の自主防災会の活動が紹介されており、町内の何カ所かの土地が所有者の了承を得て避難場所として新たに追加されたとあったのを読んだばかりだったからです。
高齢化が進むこの田舎では、近い将来そうした土地に相続が発生し、何らかの事情で国家帰属しないとも限らない。

そうした場合に、町内会や防災会つまり権利能力なき社団が新たに所有者となるケースが現れてくる可能性があるとすれば、今回の改正の一つとして注目すべき事柄であり、ひいてはこのタイミングで本試験の題材として取り上げる意義もあったといえるのではないのだろうか。などと深読みしたりしています。


記述問題の「奥行」を考える


これについては、全く個人的な興味による憶測ですのでご了承いただきたいのですが…
試験委員の方々が記述問題、特に不登法の問題を作る際に、どこまで設定を作り込んでいるのか、言い換えれば、作り込めるだけの時間的、物理的余裕があるのかということが、問題の中身に生じる多少の矛盾点等に反映されてくるのではないかと考えます。

もちろん、作問担当者の立場に立って考えてみれば、受験生の能力を測るために必要な問題構成上そうなったのだろう、という面と、
過去の改正、また今後の改正をも盛り込み、ある程度のリアリティも備え、かつ、全体として一見して破綻しない程度に体裁が保たれているように完成させないといけないという中で、結果として多少の矛盾点や不自然さが生じても致し方ないということは理解できます。
(稀に、出題ミスが生じて試験時間中に訂正が入るなどということがあり、そうなると事が重大になってきますが、そうでなければ設定に少々おかしな所があっても大抵の人は公に文句は言わないでしょう)

また、聞いた話では本試験問題はお正月休みに試験委員の方々が集まって作成している、ということなので、多忙な中での打ち合わせで第36問の「背景」などという表面化しにくいものにどのくらい時間をかけられるのかを考えれば、ある程度限界があるのも頷ける。
当たり前ながら、これは「試験問題」であって小説やドラマではないのだから。

過去問を検討してみると、平成20年代半ば辺りから、単なる問題の設定以上に登場人物や会社などの置かれた状況が年々リアリティを増し、「物語としての厚み」のようなものを獲得してきているように感じられます。
さらに平成30年以降になると舞台も関東一円から地方へと広がり、設定に思いを馳せる私のような田舎の物好き受験生の想像力を刺激する試験問題となっていく第36問。
来年はいったいどんな人々が登場するのか、怖いような、楽しみであるような気がします。

(実のところ、今年の試験も始まるまでは多少なりともどんな内容なのか楽しみな気持ちも抱いていました。いざ直面してみると楽しむどころではなかったのは言うまでもありませんが)


法改正が今後の出題に与える影響

まとめとして少しだけ、受験生として来年以降の受験に役立ちそうなことを考えてみます。
丙土地の登記記録を見ると、甲区に共有物分割の履歴が入っています。
これは答案作成に際して直接関係するようなものではありませんでしたが、共有関係は令和3年の民法改正の対象となっており、その意味ではこの共有物分割の履歴についてもまた、先に列挙した項目と同じく、来年以降の出題を見越して前フリのように挿入されたネタなのではないか、と勘ぐったりしています。

言うまでもなく、本試験は択一記述問わず過去問の「焼き直し」であり、同じ論点が繰り返し出題され続けています。
改正は作問者にとってはマンネリ化から脱却するチャンスであろうし、結論が変わるような問題を作ればそれだけで受験生の学習度合いを測れることにもなるでしょう。

来年でいきなり出して来なくても、近い将来、この登記記録に登場する株式会社東山土地開発と株式会社都市開発山西が当事者となって再び現れないとも限らないわけです(実際、今年の商業登記では過去問と酷似した商号のエッフェル合同会社が再来するという実績が作られた)。
もちろんそれは、共有関係に限らず他の論点…今回は法定相続分通りに遺産分割した丙土地を例えば義子が単独所有する協議を再度行うような出題がなされないとも限らないでしょう。そうなると、「中村家の一族」で書いた思惑通りということになるのですが…

(その場合、この再度の協議が例えば10年を超えてされたなら、あるいは裁判で行われるなどとなったら、改正の影響で問題としての難度が各段に上がることになるかもしれません。民法上だけでなく、相続財産が共有の場合にどう処理するのかが当然ながら不登法の論点に発展していく以上、今回の改正で最も厄介なのは共有関係だと感じています。この辺りはまだまだ私自身よく理解できていません)

以前にも書きましたが、出題側からは「改正関連はあまり間を置かずどんどん出すぞ」というメッセージが発信されていると受け止めれば、今年の第36問ではその「前フリ」が実はされていた、と考えてもあながち的外れではないのでは?と思う次第。

かと言って、改正について必要以上に先取りした勉強まではする必要はないだろうし、自分が来年また受験するとなった場合もするつもりはありません。
勝手に自分で事例を作って勝手に嵌まるようなことはしないで、予備校利用なら先生の言う通りに学習していくよう、つまりこれまでと変わらない姿勢で臨むつもりです。


おわりに…簿記の勉強を始めたわけ


中村家、というより中村商事株式会社の行く末、中でもあの根抵当権の扱いについて考えるとき、会社の経営や経理についての知識が自分には殆どないことに気付きました。
会社法や商業登記を勉強する中で貸借対照表などを読み解く必要性もあるので少しは馴染みがあるにしても、このままでは実務家として、というよりまず社会人としてどうなのか?と不安になってきた。

いつになるかわからないけれど、将来的に独立開業した時には簿記の知識も必要になるとは思うし、この機会に一旦は法律とは別の方面の勉強をしたいと考えるようになりました。もちろん、もう小説(風のもの)を書く予定はないので、何らかの取材のための勉強とかいう斜に構えた動機などではないのは言うまでもなく、いわばガチで。

先生からは、改正についての本を読むように言われていたけれど、ひとまず終わったものとして簿記の勉強を始めたことを報告したら(公開の場で、ですが)、頭の使い方が違うし面白いからやってみるようにとお墨付きをいただいたので秋まで心置きなく没頭することにします。

とはいえ、簿記についてはほぼ20年前に3級をどうにか取ったもののその後仕事で使う機会などもなく、もうほぼ知識ゼロからの再スタートなので今月いっぱいは3級の復習をして、9月中に2級向けの学習の端緒にでも付ければ良い方だと考えていますが、どうなることやら。

実際に始めてみると、確かに先生が言われるように法律を勉強する時とは頭の使い方が違うし、一度忘れたことを思い出す道のりはなかなかに緊張感と面白さがある。
長い年月、ほぼ同じことを勉強し続けて、ある意味惰性に陥っていたことがよく分かります。
少しの間数字の世界に身を浸して、その後にまた法律の勉強に戻ることで、新鮮な気持ちで再開できるのでは、という期待も湧いてきました。

というわけで、ひとまずこれで今年の本試験の振り返りは終わり(いやー長かった)、簿記の勉強をメインに過ごしていくつもりですが、また戻って来る時のためにたまには改正民法と不登法についての情報収集もしていきたいと考えています。

それではまたいつかお会いいたしましょう。残暑厳しき折、皆さまどうぞご自愛くださいますよう。


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