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2020/03/13 舞台「赤すぎて、黒」 観劇

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公演タイトル:「赤すぎて、黒」
劇団:劇団時間制作
劇場:萬劇場
作・演出:谷碧仁(劇団時間制作)
出演:田名瀬偉年、竹石悟朗、大鳥れい、秋月三佳、古川奈苗、野村龍一、佐藤弘幸、川添りな、小川麻琴、橘輝、米原睦美、石井康太、荒井愛花
公演期間:3/4〜3/15(東京)
個人評価:★★★★★★★★☆☆


【レビュー】


Aチーム、Bチームと配役が分かれているが、Bチームの回を観劇。劇団時間制作の公演は初観劇。
これまでの生き様によって形成されてしまった家族愛に対する価値観の相違を、ここまで理不尽とも思えるほどに容赦なく残酷に描写する脚本のインパクトに個人的にはやられてしまった。この作・演出の谷さんは私と同世代でもあり、「何者」に代表される浅井リョウさんの作品にも通じる、日々の日常生活で抱く負の感情を上手く表現することに物凄く長けているなという感想を抱いた。素晴らしい劇作家だと思った。キャストも舞台装置もとても完成度が高く、2時間があっという間の作品だった。是非とも多くの人々にもっと知ってもらいたい劇団であり作品であった。

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↓以下はネタバレを含むレビュー


【鑑賞動機】


劇団時間制作という劇団名は聞いたことあったが一度も舞台を見たことがなく、口コミ等で非常に評判の高い劇団だったので今作を機に初観劇。社会問題・家族をテーマにした作品だということで期待値は自分の中では非常に高め。



【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)


妻に先立たれた小野寺正明(佐瀬弘幸)は、第2の人生の第一歩として井出桃子(大鳥れい)と婚約し再婚する。その際桃子は、自分には寛治(野村龍一)、6年間消息不明の小梢(古川奈苗)、愛子(秋月三佳)の他にすでに他界している幸という長男の息子が居たことを告げる。再婚した二人は、それぞれの家族と隣り合わせで暮らすことになった。

正明の家族には、長男の正一郎(橘輝)と彼の妻で妊娠中の優美(米原睦美)、社会人をしている長女の舞(小川麻琴)、高校生の次女の柚子(川添りな)が暮らしており、その隣の桃子の家族には、次男の寛治と愛子が暮らしていた。
井出家の人々は小野寺家の家へよく遊びに行っていた。柚子と愛子は同じ女子高校生同士でもあるので友達のように仲良くしていた。また小野寺家には、正明の会社の部下である陽気な枝田譲二(石井康太)や色んな人から作家先生と呼ばれる小説家の下妻修吾(竹石悟朗)もよく遊びに来ており、小野寺家は賑わっていた。
一方井出家では、桃子だけ一人取り残されるように居てとても雰囲気が暗く、どうやら再婚した正明から金を召し取って軍資金を集めているようであった。
小野寺家は大人数で雰囲気がとても明るく、柚子と愛子はお互い(というよりは柚子が一方的に)恋愛について語り合って、「愛って何色なんだろう」と問うてみたり、正明は幸せそうに窓から見える桃子に手を振ったりしていた。
その頃、井出家には桃子の友人である曽根田千秋(荒井愛花)が来ていた。桃子と千秋はどうやら競馬やパチンコといったギャンブル繋がりの友達のようである。千秋は自分には親がいないことを打ち明けると、桃子は「うちの子にならない?」と声をかける。そこで桃子は、過去の井出家であった酷い仕打ちについて語り出す。

桃子と、子供たち(幸、寛治、小梢、愛子)は失業した父親に監禁され続けて暮らしていた。2週間風呂に入れず身体中が臭くなることだってザラにあった。
しかし、一番酷かったのは誰か一人でもルールを守れなかった時に、連帯責任として全員が電気ショックされる罰であった。桃子は元旦那を恨み、電気ショックの巻き添えにさせられる子供たちを恨んだ。

こういった話をした後に、桃子と千秋は新しい親子関係を作った。
そこに、今まで6年間行方をくらましていた小梢が帰ってくる。小梢も小野寺家へ出入りするようになるが、舞とソリが合わないようである。舞はこの井出家の人間を訝しんで「八王子監禁殺害事件」について調査していた。そこへテレビニュースで八王子監禁殺害事件について報道される。一番下の次女以外全員死亡したと報じられる。正一郎と譲二は、失業して全てを失った父親を哀れに思うが、舞は一人生き残った次女を一番哀れに思っていることを口にする。舞の言葉にカチンときた小梢は「愛情いっぱいに育った人には分からないだろう」と吐き捨て、舞と小梢で口論になり、舞が「八王子監禁事件」の被害者の家族が井出家なのではないかという疑惑を抱いていることを暴く。寛治が電気ショックを浴びた直後のように唾液を吐き出す。

一騒ぎが落ち着き、下妻と正明がリビングで語り合う。小説家の下妻は「八王子監禁殺害事件」について興味を抱いている。下妻は小説家として駆け出しの頃は、人々を愉しませるような作品を書きたいと思っていたが、そういった作品は遊園地のパレードと一緒で終わってしまうと現実をより苦しく辛いものに感じさせてしまうと気づき、現実よりも現実に近い作品を書くようになったのだと語る。

小野寺家は深夜を迎えてリビングに正一郎と優美が二人でおり、お腹にいる赤子が男の子なのか女の子なのか、もし女の子だったら次は男の子を産みたいと幸せそうに話す。
優美は一人になる。そこへ寛治がやってくる。寛治はいきなり後ろから優美を掴み性欲処理をしようとする。優美は寛治に捕まって身動きが取れない。正一郎が何をやっているのか訝しげにみている。
寛治はいきなり優美のお腹を殴り始める。
事態は大騒ぎになり寛治を取り押さえ、救急車を呼ぼうとする。寛治と小梢は大笑いする。
ずっとリビングで寝ていた正明が起きるも、それでも桃子を愛すことを拒もうとしなかった。そして、自分の奥さんと子供を第一に考える正一郎と対立してしまう。正明は、この噛み合わなさは価値観の違いなのだとなだめる。
舞は井出家の人間に恐怖を感じ、柚子に愛子のことを「普通じゃない家族の人間に近づいてはいけない」と二人の仲を引き裂いてしまう。
一方で桃子は井出家のキッチンで、千秋と馬券やパチンコの話をして盛り上がっていた。

小野寺家と井出家はそれぞれ別々に自宅で朝を迎えて朝食を食べる。
小野寺家では、正明が子供たちに奥さん家族を受け入れないことに失望し、そんな風に育てた覚えはないと言って一人で朝ごはんを食べ始める。そんな父親と仲直りしようと子供たちは正明の周りを無言で囲む。
一方井出家では、包丁を持った桃子が小梢と愛子を叩き起こし朝食の席に着かせる。朝食を食べながら桃子は包丁を抱えたまま寛治になぜ仕事に行かないのかと激しく追求する。小梢にはなんで6年間行方をくらましたのかと激しく追求する。愛子にはいつまでも泣いてんじゃねえと追求する。桃子は、「家族っていう存在自体が監禁されているようなものなんだ」と語る。

そんな2家族の様子を外から聞いてメモをする小説家の下妻、そこへ譲二がそんな辛い現実を題材にした小説なんて買いたくもないと激を飛ばす。下妻は、「作家はこれが自分事ではなく他人事だから描けるのだ」と語る。
愛子の彼氏となった安藤晴也(田名瀬偉年:劇団時間制作)が柚子と愛子に会いに来たところで舞台は終了。

小野寺家と井出家でそれぞれ対照的な家族に対する価値観があって、小野寺家は愛されてきたという家族、井出家は家族内で酷い仕打ちを受けてきた家族で、家族に対する想いが全く違う。だからこそ噛み合わずお互いの家族を崩壊させてしまった。
そして、そこに対してどうアプローチしたら良いかというアンサーがあまり描かれなかったことに結構衝撃だった。結論がほとんどなく、急に終わった感じだった。
個人的には、正明の考え方が一番結論に近いのかなと思っていて、お互い価値観が違うんだからお互いをもっと知り理解し合うことが大事なのではと考えた。それも今回の設定だと難しそうだが。

とにかく谷さんの脚本力の高さが光った作品だった。対比構造もよく出来ていて、なにより言葉一つ一つがとても鋭利で同年代が書いた痛烈に心に容赦なく刺してくる感じの作品だった。非常に素晴らしかった。



【世界観・演出】(※ネタバレあり)


今回の作品は、舞台装置のクオリティとその見せ方が非常に印象に残った上に素晴らしかった。

舞台装置は下手側に小野寺家、上手側に井出家の自宅が、それぞれ1階部分2階部分に分かれて設置されている。中央の住宅と住宅の間には細い通路が舞台奥から舞台手前へ伸びている。そこに安藤が現れたり、最後のシーンで作家先生が現れたりする。
まず下手側の小野寺家の詳細だが、1階部分は奥に食卓があって6人が座れるようになっており、客席側にはソファーが置いてあってリビングとなっており、実際には設置されていないが一番手前にテレビが置かれている程なのだろう。そのあたりからテレビニュースの音声が聞こえる。一番下手側には襖扉のような出はけが設置されている。2階は柚子の部屋になっていて、下手側に机が、上手側にはベッドが置かれている。そして上手側に窓があって、井出家の2階部分と目と鼻の先である。
次に井出家の詳細だが、1階部分は小野寺家と同じくキッチンとなっており、上手側には炊事場が、その奥に冷蔵庫が設置されており、手前に食卓が置かれている。2階は愛子の部屋となっており、上手側にベッド、下手側に窓と机が置かれている。
この2つの住宅で決定的に異なるのは、小野寺家はちょっと豪華で新しそうな住宅であるのに対して、井出家は薄暗く築年数の古そうな住宅である点。そこの点に関しても、小野寺家と井出家の貧富の格差を象徴しているような対比構造が見て取れて素晴らしいと思った。
またこの住宅の造り自体も物凄く工夫されていて。愛子と柚子が窓越しで語り合うことができたり、みんなで小野寺家で集まれるくらいのキャパになっていたりして上手く舞台装置が劇中で使われている印象を受けた。無駄がなかった。

照明は、小野寺家・井出家、1階・2階の4ステージでどこで芝居がなされているかによって切り替わるあたりが分かりやすくてよかった。照明が当たっていないステージでも何かしらキャストが演技をしているのが、舞台ならではの演出な上同時進行っぽさを出していて面白いと感じた(もちろん目が沢山ある訳ではないので、全てを追うことは出来ないが)。
特に照明で印象に残ったのは、星空のシーンで客席の壁に星空が映るシーンは、客席も舞台の一部と捉えられている感じがして良かった。

次に音響だが、なんといっても電気ショックの音にはびっくりした。序盤で最初に流れた時は物凄くビックリした(その時は電気ショックの音だと気がつかなかったが)。テレビが小音量で流れている感じも生活感あって良かった(結構好きだった)。



【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)


この題材を舞台で描こうとしたらそれ相当の演技力を求められるが、その高いレベルを見事にクリアした質の高い演技だった。
印象に残った役者をピックアップする。

まず、主人公(?)の小野寺正明を演じた佐瀬弘幸さん、とても人間味の溢れる素晴らしい演技が非常に素敵な俳優さんだった。
まずは序盤のシーンで噛みながらも桃子にプロポーズするシーン、あのお人好しな感じや真面目で生き生きとした感じから始まるのが素敵だった。それと、桃子が八王子監禁殺害事件の被害者だと知りながらも、彼女のことを愛し彼女の食事を食べたいと言える心の広さ、寛容さが素晴らしいと思った。きっと、彼女を今まで愛してきた自分を裏切りたくなかったのかもしれないが。

次に取り上げたいのが桃子を演じた大鳥れいさん、一見美しい女性のように見えて実は旦那を殺し、子供たちを苦しめてきた悪女。
この役は非常に難しいと思うが、もっと彼女の演技には狂気が欲しかったと個人的には感じた。
特に最後のシーンの井出家の朝食のシーン。包丁を突きつけながら子供たちを脅迫するのだが、ここはもうちょっと狂気と迫力が欲しいと個人的には感じた。あれだけ電気ショックを受けて、子供たちを見るだけで当時を思い出すくらいなのだろうからもっと狂っていて良いと思った。

個人的に一番好きだったのは、小梢を演じた古川奈苗さん。
彼女のグレちゃった感じ、この世恨んでやるくらいの過去の経験に対する恨みつらみを背負った感じの演技が最高にはまっていた。舞との掛け合いあたりも、見ていていつ口論に発展するのかと物凄く怖かったし、寛治が優美のお腹を殴った時の甲高い笑い声も物凄く不気味でとても良かった。何と言っても声量があるから非常に舞台上に通る声で素敵だった。

あとは、正明の部下の譲二を演じた石井康太さんも非常に素晴らしい演技だった。
あの声が大きくて酔っ払っている感じがとても芝居と思えないくらいリアルで、こんな面倒臭いおっさんいるわってなった。あの途中でギャグかましてくる感じとかがとても好きだった。

それと柚子演じる川添りなさんも物凄く良かった。あの思春期のテンションの高い女子高生を物凄くリアルに演技していて良かった。物凄くナチュラルで恋愛で前が見えなくなっている感じがたまらなく良かった。愛っていうのは鮮やかに色々な色に景色が見えた的な台詞が印象的で初めて恋をした時の感覚を呼び覚ましてくれる、とてもよく伝わって良かった。
逆に愛子演じる秋月三佳さんは、ちょっと監禁されていた子供ながら健康そうに見えてしまった。もっと暗く下を向いて無口なイメージだった。あの感じだと「真っ黒」と言われてもちょっと違和感を感じてしまう。好みかもしれないがこの辺りは演出家に狙いを聞いてみたいと思った。



【舞台の深み】(※ネタバレあり)


近頃、本当に家族をテーマとする作品が舞台・映画を問わず多いと感じる。今年のアカデミー作品賞は韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」だったし、似たような作品が日本映画だと「万引き家族」が2018年にカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、アメリカ映画だと「アス」が話題になった。舞台でも私は拝見していないが、昨年11月に上演された劇団ロ字ックの「掬う」が大好評だった。前回観劇した鵺的の「バロック」も趣向は違うが家族を扱っている。
そして今回の「赤すぎて、黒」も家族のあり方、特に家族の愛について今一度問い直す作品となっている。それだけ、家族というもののあり方が社会問題として問題視されているということだろう。

劇中に「家族だって監禁されているようなものだ」といったような台詞が登場する。人間は大人になって巣立つまで親に育てられるという形で家族の中で生活する。その家族は自分で選ぶことは出来ない上に、両親がどういった人間か、どんな愛を注いでくれるかによってその人の価値観まで決まってしまう。これによって人間は皆んな同じような生い立ちをたどることはなく、幸せな人間と不幸な人間ができてしまう。人間は誰だって家族に愛されたい、愛情を注がれることで他者をも愛すことができる。
しかし、それはもし自分が生まれてきた環境が、井出家のように親が何かに物凄く不満を抱えていて電気ショックを浴びせるような人間だったら、心優しく頼りにできる幸のような存在が目の前で殺される光景を見てしまったら、きっと心なんてなければ良かったと思うのかもしれない。何も感じない人間であれば良かったと思うのかもしれない。

「赤すぎて、黒」それは家族の愛が物凄く気違い染みた方向に向いていて赤を通り越して黒になってしまうことを表しているのだろうと解釈した。
黒い愛しか注がれてこなかった人間は、他者に黒い愛しか注げない、包丁を突き刺して脅迫する愛の注ぎ方しかできない。自分が注げる愛の色は、自分がどんな愛を受けてきたかによって決まる。
また違った愛の色が衝突することによって、自分の抱いてきた価値観は崩壊する。
そうならないように、正明のように相手と価値観が違うことを認め、それでも自分で納得のいく愛の色を注げられるような寛容な人間になることが、多様化して様々な価値観を抱く人々で溢れる現代社会で上手くやっていくための秘訣なのかもしれない。私はこの作品を通してそう感じた。



【印象に残ったシーン】(※ネタバレあり)


印象に残ったシーンは、まずは桃子が千秋に井出家の過去の監禁について語るシーンの怖さ、電気ショックの音と共に狂気が語られるシーンがすごくインパクトが強かった。
次に、小梢と舞の緊迫したやりとり、いつ口論に発展するかヒヤヒヤする緊張感のあったワンシーン。そしてやはり、寛治が優美のお腹を殴るシーン。ここも結構怖かった。寛治自体がちょっと怪しいキャラクターだったので本性がついにという感じでとても惹きつけられたワンシーンだった。
ポジティブなシーンで印象に残ったのは、柚子と愛子が星空の中で恋愛について語るシーン、愛の色とか語っているあたりが、シリアスなシーンばかり続く本作において休息ポイントだった。
ポジティブではないが、作家先生が自分の小説についての価値観を話すシーンも印象的、人々を愉しませる作品は遊園地の夜のパレードみたいに現実の辛さを濃厚にするとか。下妻というより谷さん本人の価値観なのではないかと思った。なんか物凄く説得力があって好きだった。

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