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日本でほぼ初のストリーマー(PeerCastを除く)だった話

どうも、ClanYrのOFFです。

あれ?
これって日本初って言っても良いくらいじゃね?
という実績に最近気づいたのでnoteに記載しておくことにしました。

その実績というのはタイトルの通り「多分、ほぼ日本初の個人ストリーマーだったんじゃねぇかなぁ?本当に多分。知らんけど。きっと。」というお話。
2004年1月17日にストリーマーデビューしていますので、それ以前にデビューされた方がいらっしゃれば是非ご連絡を!
日本初のストリーマーの称号は貴方のモノです!

追記

PeerCastの存在を失念していました!!
じゃあとりあえず注釈を追加することで日本初のストリーマーの称号を維持しておきましょうか。
とりあえず、PeerCastを除くといっておけば安パイですかね?
そういえばPeerCastを当時の配信の選択肢から外したのは、その障壁の高さからですね。
視聴するために専用のクライアントが必要で、専用のクライアント使うくらいならそもそもゲーム内のデモ配信(HLTVやETTV的な物)でええやんということで、出来るだけお手軽な配信をしたかった、という背景がございます。
うーん、惜しかった。
まぁ良いでしょう。
注釈が付いたとしても日本初には変わりないわけですからね!

さて、何のストリーミングしたんや、というお話なんですが、最近Steamでリリースされたばかり(2022年)の大人気FPSであるWolfenstein: Enemy Territory(2003年リリース/以下W:ET)の試合の実況になります。

当時、ETtournament@SillyCTF Ver.1.0という3on3の大会を主催しまして、その際にW:ETやったことない人や初心者の方に向けて動画の生配信したら(当時は非常に少なかった)FPS人口が増えるんじゃなかろうか、と考えて行動を起こしました。

当時の大会webサイトに載せてた配信告知

この2004年当時にゲームをわざわざ動画で配信するっていうのは結構に大変な事だったんです。
1行で書くなら
「機材やソフトが高くて、ある程度知識が必要で、回線も高級だった」
という理由になります。
その理由を以下に長々と書いていくので興味ない方は読み飛ばし推奨です。

いや、そもそも興味ないならここまで読んでないですね。
じゃあ読んでください!
一字一句漏らさず読んでください!
読んで「ほーん、で?」と思っていただけたらと思います。
思っていただけたらと思いますって変な日本語ですね。

失礼しました。
では2004年当時のストリーマーに必要だった環境について

■最低限必要だった機材/ソフト一覧/知識

・ゲーム用PC(W:ETが快適に動作するスペック、大体20万円くらい)
・配信用PC(動画のリアルタイムエンコードが可能なスペック、大体15万円くらい)
・NTSCビデオ出力が可能なビデオカード
・ビデオキャプチャカード(ハードウェアエンコーダ搭載が望ましい)
・Windows Server 2003 Enterprise(70万円!!!)
・光回線(アップロード速度が重要。当時は100Mbpsが限界)
・Windows Serverを扱うソフト・NW知識

機材の構成としては割とシンプルで
[ゲーム用PC]⇒(NTSCビデオ出力)⇒(ビデオキャプチャ入力)⇒[配信用PC]⇒インターネット
という信号の流れ。
2022年現在も2PC構成で配信する場合は、これがHDMI出力になって、キャプチャがHDMIになってるというだけですね。
何故わざわざ2PC構成にしているかというと、動画のリアルタイムエンコード処理がめちゃくちゃ重かったから、という至極シンプルな理由です。

配信の為だけに配信用PCを準備するっていうのが結構面倒でして。
その重たい処理の動画エンコードもやる必要があるそこそこのスペックが必要なので、懐にも優しくないんですが、そこは熱意でカバー。
一緒に大会を運営したクラスメイトのXelFiN君と、お互いにPCパーツを出し合って1台のPCを組み上げて、何とかHW機材は準備できました。

もう一つの障壁が
Windows Server 2003
複数名に視聴してもらうためのマルチキャスト対応となると最上位バージョンのEnterprise版が必要になります。
お値段なんと70万円!!!!
えっ70万円!?
貧乏大学生が70万円用意するなんて言う事は、まぁ無理ですよね。
当然アカデミック版が格安で用意されているなんて言う事もありません。
でも頑張って準備しました。
割ったんですか!?割ったんですよね??
って聞かれそうですが、割ってません。
割ってませんよ!本当に!
正確に言うなら割る必要が無かったという事になります。

この配信をする前に、当時のeSports大会(CPLやWCG)の動画配信周りをご担当されていた秘密基地Gamesの花山さんにウル技を伝授頂いていました。
Windows Server 2003には試用版というフル機能実装された体験版があったんです。インストールから6ヶ月間は試用できるという試用版。
これ使いました。
すいません大して面白くないオチで。

とりあえず、これで機材は一式揃いました。
あとはソフトウェア的な設定とネットワーク的な設定と…これがまた大変で
今みたいに「Twitch 配信 やり方」でググって一発という訳にはいかなかったんです。
詳しく書きたい所なんですが、このあたりはクラスメイトのXelFiN君に全部お任せしていました。彼は情報系の研究室に所属しており、そのあたりの知識が凄かったんで全部お任せの丸投げです。適材適所です。

さて、ようやく配信できる環境が整いましたね。

あ、大切な事が抜けていました。
光回線です。
2004年当時は光回線はそこまで普及しているものではなく、田舎の方だと対応していない地域結構あったんです。
我が家の回線はその例に漏れず光回線じゃなかったので、光回線のあるXelFiN君の家にPC2台を運搬して、ようやく準備完了です。

何で光回線じゃないとダメなの?
というお話ですが、これはTwitch等の配信サーバーを経由しないためです。
そもそも動画配信サービス自体が無いですからね。
自前でサーバーを建てて、自前の回線で配信帯域を賄うしかありません。
例えば
上り回線速度が50Mbpsとして、500kbpsのビットレートで配信する場合
同時視聴可能な人数は50Mbps/500kpbs=100人となります。
ここまで頑張っても100人にしか配信できない!!
苦労の割にリターンが少ない!って思うかもしれませんね。
少なくないのです。
当時のFPSシーンにおける100人というのは天文学的な人数だったんです。
その配信がきっかけで、100人もFPSの人口が増えたとなれば、最高に嬉しい事だったんです。マジで。

だから、こんな面倒な事をやってでも
日本おそらく初のストリーマーを目指した
そんなお話でした。

ちなみに配信の動画は

こんな感じでした。これだけやっても320x240の糞画質!
素人の実況なので聞くに堪えないとは思いますが、楽しくやってました。


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