やまなしフューチャーセンターをつくろう〜その2「原点としてのパトリック・ゲディス」

前回からの続きです。

RPDCサイクルの原点は留学先での出会い

実は、私がRPDCサイクルを考えた本当の原点は、随分と昔に遡ります。

30年ほど前、出身地である北海道の大学を卒業後、東京の設計事務所に就職し4年を過ごした後の平成6年、英国への留学を決意しました。決意というと、さも覚悟を決めて留学したように聞こえますが、実はそうではなく、高校生時代からの海外の大学に対する漠然とした憧れを抱いていたことが、最も大きな理由でした。同時に、仕事をしながら、このままではいけないといった現状に対する焦りや危機感のようなものもあったのも事実です。今振り返ると、就職して2年が経過し、建築士の資格を取ったものの、バブルが崩壊。それでもまだ好景気の余韻が漂う建築業界に翻弄されながら建物をつくり続けることへの違和感を抱き、これが本当に自分のやりたかったことなのかが分からなくなってきた時期でもありました。

留学の経緯はともかく、その後、英国マンチェスター大学の大学院の短期コースを経て、博士課程で学ぶこととなったスコットランド(イギリスではない!)のエディンバラ大学で、近代都市計画家であるパトリック・ゲディスと出会うことになります。

当時、地域や建築と環境との関わりについて興味を持っていた私は、たまたま研究室が一緒の博士課程の学生Volker M. Welter (“Biopolis, Patrick Geddes and the City of Life” (2002) の著者!)から、彼の研究テーマであるゲディスの話を聞きました。正直なところ、私にとってのゲディスは、「ああ、そう言えば名前は聞いたことがあるな」程度の存在でしたが、社会学の基礎を築いた(と言われている)彼の独創的かつ難解な理論に、次第に引きつけられていきました。

私が特に関心を持ったのは、都市の進化のプロセスをまとめた「Notation of Life(生の表記)」というものでした。これは、Act(行為)、Fact(事実)、Dream(夢)、Deed(業績)の4つの象限で創られたダイアグラムであり、それが反時計回りに回転していくことで、都市が進化をモデル化したものです。かの有名なチャールズ・ダーウィンと同じく、エディンバラ大学で生物学を学んだ彼は、その進化のプロセスを都市の進化のプロセスに応用したのです(詳細は、こちらの論文をご覧下さい)。

Act(行為)、Fact(事実)、Dream(夢)、Deed(業績)

近代都市計画家パトリック・ゲディスが描いた「Notation of Life(生の表記)」について、もう少し詳しく説明していきましょう。

Act(行為)
4つの各象限は、さらに細かく9つに区分されています。そして、最初のAct(行為)には、Place(場所) 、Work(仕事)、Folk(人)の3つの対象が位置づけられています。それにより、ゲディスは、その土地における仕事や暮らしといった様々な人の営みを、調査を通じて客観的に把握することの重要性を説いています。

Fact(事実)
次の象限となるFact(事実)では、Act(行為)で示された3つの対象が、それぞれ、Place(場所)⇒Sense(感覚)、Work(仕事)⇒Experience(経験)、Folk(人)⇒Feel(感情)に対応するようにつくられています。つまり、その土地やその中での営みを人々がどのように主観的に捉えているのかを示しているのです。

Dream(夢)
Act(行為)による地域の客観的な理解と、Fact(事実)による人々の主観的な想いから、その次の象限となるDream(夢)において、人々の内面から新たな都市の姿を構想することを示しています。しかし、それは単に夢見るのではなく、地域の現状やそれに対する想いを振り返ることを重視しているのです。ゲディスが、「近代都市計画の父」と呼ばれているのも、こうしたプロセスを重視しているからなのです。

そして彼は、新たな都市の姿を構想するものとして、Imaginary(創造)、理念化(Ideation)、そしてEmotion(感動)と捉えています。そして、さらに細分化された中には、Science(科学)やDesign (デザイン)、Art(芸術)やPoesy(詩)などがあります。

Deed(業績)
Dream(夢)で構想した新たな都市は、最後の象限となるDeed(業績)として表れることになります。その姿として描かれているのが、Achievement(達成)、Synergy(共働)、そしてEtho-polity(倫理政体)です。Achievement(達成)が意味するのは建築や自然といったその土地に創られるもの、Synergy(共働)が意味するのは、その土地の歴史、そしてEtho-polity(倫理政体)は、そこに暮らす人々の愛が表現されています。

Figure: The Notation of Life
Amelia Defries, “The Interpreter Geddes: the Man and his Gospel” (London: George Routledge & Sons, 1927), pp. 146-7.

彼が思い描いていたのは、産業革命を背景に経済合理性に基づいて急速に発展した産業都市ではなく、その土地に暮らす人々の歴史や文化、想いを大切にしながら、新たな科学技術と融合した「もう一つの都市」の姿なのだと私は感じています。そして、科学と芸術が融合し、あらゆる知を統合した都市計画、いや、都市の進化という彼の考えは、この「Notation of Life(生の表記)」の中に表現されているのです。

今日、ゲディスが構想した進化する都市の考えは、近代都市計画の礎の一つとして位置づけられているものの、その難解さからか、ほぼ忘れ去られているのはとても残念なことだと感じています。一方で、彼の考えは、今日のPDCAサイクルを含めた、調査研究に基づく都市計画手法として息づいているのも事実です。

さて、話を山梨県立大学の大学COC事業に戻しましょう。

私自身がPDCAサイクルにしっくりきていない理由は、この「Notation of Life(生の表記)」にあります。ゲディスの影響を強く受けたひとりとしては、プロセスのスタートはPlan(計画)ではなく、現状把握のためのマクロな調査とともに、それを人々がどのように受け止めているのかといった人々の想いを共有することが大切だと考えています。

大学COC事業の提案で、Pの前にRをつけて、RPDC というプロセスを提案したのには、こんな背景があったのです。(続く)

この記事は、山梨県立大学理事(学生・地方創生担当)である佐藤文昭が書きました。(2018年8月20日)


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