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カーボンニュートラルと建築の未来

社会全体において大きな目標となっているカーボンニュートラル(脱炭素社会)。日本は2050年までにCO2排出実質ゼロを目指しています。しかし、その実現には課題が山積しています。これからの施設建築はカーボンニュートラルの潮流を受け入れるだけではなく、けん引する役割が求められています。建築界の現状と課題、解決策のヒントを、ゼロ・ウェイスト・ジャパンの代表理事、坂野晶さんと共に見いだしていきます。


QCDS+Eのマネジメント

丸山優子(以下・丸山) これまでの弊社の業務は、建物を建てる時のQCDS(クオリティー、コスト、デリバリー、サービス)のマネジメントが4本柱だったのですが、数年前からそこに環境のE(エンバイロメント)が加わりQCDSEになりました。この5つをマネジメントしていかなければ我々も生き残れないし、日本社会、ひいては世界中が立ちいかなくなるという状況になってきています。本日は環境マネジメントのプロの坂野さんから、いろいろ学ばせていただきたいと思っています。
坂野 晶さん(以下・坂野) こちらこそ、よろしくお願いいたします。
丸山 CO2排出の大きな部分を占めているのは、運輸と建物に関わる産業だといわれています。そもそも建築というのは、工事期間も長いですが、建築後も長期の社会ストックになるものです。
坂野 建物によると思いますが、現代の建物の〝寿命〟はどのくらいなのでしょうか。
丸山 建物も長寿命化しているので、70年は持ちます。日本はスクラップ・アンド・ビルドの国なので、実際は40~50年で建て替えますが、その気でつくれば100年持たせられるでしょう。
坂野 そうなると、やはりこれからの建物はカーボンニュートラルを意識せざるを得ないですね。
丸山 そうなんです。環境負荷の低減策抜きには前に進めません。「省エネ」と言いながらもまだ「それはコストだ」と考える人が少なくないですし、特に現在は建築費が高騰しているので、なかなか大変です。
坂野 環境対策を進めながらコストを削減するのは大変ですよね。
丸山 実際に70年持たせるとなると、修繕や改修が必要ですし、設備機器等は10~15年で替えていかなければなりません。そうなると、建設コストは初期投資の2~3倍くらいになります。ですから、我々は「今お金を出すことで20~30年先にラクになりますよ」「ライフサイクルコスト全体で見たらコストを抑えられますよ」とお伝えしています。メリットを同時に伝えないと、納得していただけません。
坂野 しかし逆に、建築界だからこそ長期サイクルの戦略を立てられるので、そこに可能性があるような気がします。短期サイクルの場合、目の前のコスト計算でしんどくなってしまうことが多いですから(笑)。

一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパン 代表理事
一般社団法人Green innovation 理事/共同代表
坂野 晶さん

日本初の「ゼロ・ウェイスト宣言」を行った徳島県上勝町の廃棄物政策を 担うNPO法人ゼロ・ウェイストアカデミーに参画。理事長として地域の廃棄物削減の取組推進と国内外におけるゼロ・ウェイスト普及に貢献する。米 マイクロソフトCEOらとともに、2019年世界経済フォーラム年次総会(通称 ダボス会議)共同議長を務める。2020年より一般社団法人ゼロ・ウェイス ト・ジャパンで循環型社会のモデル形成・展開に取り組む。日経WOMAN が、各界で目覚ましい活躍を遂げた女性を表彰する「ウーマ ン・オブ・ザ・イヤー2022」を受賞。
株式会社山下PMC 代表取締役社長 社長執行役員
丸山優子

大手建設会社、不動産デベロッパーを経て、山下PMCに入社。ホテル や医療、MICE施設の建築においては、マーケティング調査、事業性検討、コンセプト立案等、事業の川上から提案を行い、プロジェクトを牽引。また、グローバル部門を立ち上げ、事業拡大に貢献。2022年1月、代表取締役社長に就任。

最初の一歩を示唆し、寄り添いながらサポート

坂野  私のほうは〝ゼロカーボン〟というお題が出てから、自治体さんとご一緒させていただく機会が一挙に増えた感があります。
丸山 皆さん2050年に向けてカーボンオフセットをしていかなければいけない、という義務感や切迫感はあるんです。ただ、誰に頼んだらいいのか、何をすればいいのかが分からないのが現状です。
計画を立てたいけれども、どこから手を付けたらいいのか分からない。建築に関しては、我々がお手伝いできることがそのあたりにあるのではないかと思っています。
手前みそですが弊社では「YPMCゼロカーボンアシスト」というサービスを提供しています。ゼロカーボンに近づくために、まず課題を抽出して、整理をして、時間のかかること・かからないこと等、すべきことの優先順位を細かくつけていきます。それを遂行し続けるために、併走しながらゼロに向かっていくところまでしっかりと見守ります、というものです。
坂野 素晴らしいですね。私も依頼者の横にいて、最後まで伴走します。挫折しそうになった時に改善策を考えることが重要です。

“2050年カーボンニュートラル”とは

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、植林、森林管理等による「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることを意味する。この実現に向けて、120以上の国が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げている。2020年10 月、日本も2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。この目標を達成するため、建設業が果たせる役割は大きいとされている。出典:環境省ウェブサイト 「脱炭素ポータル」

YPMCゼロカーボンアシスト

カーボンニュートラルを目指す事業者・自治体向けに、脱炭素戦略の立案と継続的な実行を支援するサービス。施設にマッチした立案、ステークホルダーに向けた説明資料の制作支援、補助金・認証取得支援等、山下PMCの強 み・ノウハウを融合し、建築・設備・不動産の専門家チームが終始サポートする。

木造先進国・日本における未来の木造建築の課題

坂野 ヨーロッパでは、2025年までに衣類は必ず分別して出さなければいけないというレギュレーションができ、リサイクルの技術革新が一気に進みました。建築もマテリアルの循環みたいなことが起きているのでしょうか。
丸山 残念ながらまだそこまでは……。ただ、日本は木造建築先進国だということが、建築での環境先進国になれる可能性を秘めていると思っています。たとえば、パリで石造りの建物が並んでいるのを見るとすてきだなと思います。ひるがえって、日本には大小の木造の建物があることが見直されて、アイデンティティそのものになっていくのではないかと思います。
坂野 面白いですね。最近、古材を扱うような建材店も少しずつ増えてきていますし、その後、リサイクルという形になったり、バイオマスにしたり、使い道がありそうです。
丸山 ビルのタイプにもよりますが、鉄とコンクリートでできた建物よりも木造10階建てのほうがインパクトがあります。それがオフィスビルであれば、環境負荷の低減に力を入れている企業さんが入ってくれるのではないかと、経済的効果も考えられます。
坂野 海外では、古い建物を残したままそれに付加してアップグレードしたり、期間限定の建物は解体した後リユースしたりする動きが増えてきました。日本ではどのようなことができるのか、期待できそうなことがあれば伺いたいです。
丸山 古い建物のアップグレードという意味では、丸の内の老舗ビルがまさにそれです。新規の建築では、残すものと残さないものを明確に分けるというのが一番重要なのかなと思います。2021年の東京オリンピック・パラリンピックのときも、たとえば座席等の開催期間中だけ必要なものはすべて仮設材でつくられていたそうです。実際に、解体された仮設材は、その後世界中を渡り歩いて再利用されています。
坂野 国内の木材の供給がなかなか難しいのが気になりますね。
丸山 そうなんです。サプライチェーンの再構築が必要なくらい困難です。林業がどこまで復活できるかという問題もありますが。
坂野 需要と適正価格がついて産業になればいいですね。建築ニーズが高まることが林業の支援になっていくと、さらにいいです。
丸山 それは理想的です。目標達成のためだけでなく、日本の未来のためにも、坂野さんのような知識をもった環境リーダーの育成が必要です。
坂野 ありがとうございます。実は私も人材育成が急務だと思っておりまして、21年からグリーンイノベーターを育成するプログラムを企画・運営しています。学生さんは修了後に地域に入って実践してくれています。もちろん社会人や、若手の官僚もプログラムを受けにいらしていますよ。半年間、土曜日を献上していただくことになりますが。
丸山 土曜返上は悩ましいですが、弊社では月曜振り替えとセットで検討してみましょう(笑)。

「未来を見ることはできない。けれどつくることはできる」
業界やセクターを越えたGX推進を担うリーダーの育成

坂野さんらが企画・運営するGreen Innovator Academyでは、GX を推進する次世代のグリーンイノベーターの育成を支援している。産官学で連携し、2030 年までに経済と環境の好循環を生む1000人のイノベーターを育成するのが目標。

2023年に開催された第3期Green Innovator Academyには国内外で選抜された学生、企業の社員等約140名が受講。
写真提供:一般社団法人Green innovation
プログラムの一環として現場視察等のフィールドワークも実施している。写真は福島。
写真提供:一般社団法人Green innovation
プログラムの校長は岡田武史さん(写真中央 株式会社今治.夢スポーツ代表取締役社長)、写真右 は代表理事の菅原聡さん。
写真提供:一般社団法人Green innovation

木を活用した施設建築事例(山下がPM/CMを担当)

奥多摩町に位置する山梨県 丹波山村の新庁舎。エネルギー消費低減と太陽光発電の導入等、BCP 対策にも配慮し、Nearly ZEBの認証を取得。創エネを含む一次エネルギー削減率75%以上を達成する先進的な庁舎となっている。
©太陽工業
2026年4月開学予定のCo-Innovation University(仮称)。飛騨のキャンパスを学びの場の中心とし ながら、全国に15の地域拠点を整備。飛騨の豊かな自然資源、まちと伝統を活かした新たな産業の創出を目指している。中でも、「樹と水 でつくる脱炭素社会」に向け、森林資源を活かした地産地消のエネルギーづくりは大きな柱。 各地での大学と地域の共創による持続可能なエネルギー創出にも期待が集まっている。
©Sou Fujimoto Architect

脱炭素社会実現のヒント

  • 環境負荷低減策のメリットを明確にする
    ライフサイクルコスト全体で考えて将来的なメリットを明確にし、カーボンニュートラル達成への後押しをする。

  • 残す建築・再利用する建築を峻別
    これからの建築はマテリアルの循環が必須。
    木造建築がカギとなる可能性大。

  • 未来の環境問題を担う人材育成を
    環境問題に対する基礎的な知識のある人が必要。
    自治体、企業の未来のためにも環境リーダーの育成を。


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