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杉山文野さんに訊いた「知っているようで、知らないLGBT~ビジネスマナーとしてのダイバーシティ」

誰もが社会の一員として参加できるインクルーシブな社会が求められています。
ここ数年で、LGBTという言葉も浸透し、LGBTフレンドリーな企業も増えてきていますが、職場や学校では、まだまだ他人事と思われがちなテーマです。そこで今回は、ご自身の体験・研究をもとに、多様性のある社会に向けたソリューションを発信している杉山文野さんにお話を聞きました。
ジェンダー問題に限らず、ひとつの型に押し込められることに窮屈さを感じている人に、杉山さんの声を届けたいと思います。

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トランスジェンダー活動家
杉山文野(
@fumino810)さん

東京都新宿区出身。日本女子大学附属幼稚園から、小・中・高校まで附属校に在籍。早稲田大学教育学部卒業・同大学院教育学研究科修了。大学院時代には、フェンシング女子日本代表にも選出された。
2006年、大学院でのジェンダー論研究と自身の体験を織り交ぜた『ダブルハッピネス』(講談社)を出版。
現在、多様性に富んだ人々のための場づくり、講演・研修・企画提案事業を行う株式会社ニューキャンバスの代表、NPO法人 東京レインボープライド共同代表理事、NPO法人ハートをつなごう学校代表等、多岐にわたって活動中。また、日本初の渋谷区パートナーシップ証明書発行に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務めている 。
現在は一児の父として子育てにも奮闘中。 

ダイバーシティな街、歌舞伎町との縁

──杉山さんは新宿・歌舞伎町とゆかりが深いそうですね。
杉山文野さん(以下・杉山) 実家が歌舞伎町で飲食店を経営しているので、子どものころから慣れ親しんできました。いろんな人が混じり合う街が好きで、清掃活動のボランティアをしたり、お神輿を担いだりして、楽しんでいました。

──今でいうダイバーシティ?
杉山 そうですね。歌舞伎町に愛着を感じていましたが、それはそこで生まれ育ったという理由だけではなく、この街であれば自分を受け入れてもらえると感じていたから。飲みにいっても「あんた、どこのおなべちゃんなのよ」と決して不快ではない、気さくな街の挨拶で迎えてくれます。そんな懐の深い場所で育ったことは、僕のアイデンティティ形成に影響を与えたのだと思います。

──小学校から高校までは女子校。
杉山 「今でこそ、見た目はこんなおじさんですが、昔はセーラー服とルーズソックスで女子高生やってました」が鉄板ネタに(笑)。でも、最終学歴が女子大だと、ちょっとなぁと思い、大学は共学の早稲田に進学。10歳から始め、日本女子代表にも選ばれたフェンシングの競技活動と学生生活を両立していました。

女子高生

日本女子大学附属高等学校時代の杉山さん(右から3人目)。このころ、トランスジェンダーであることを同級生にカミングアウト。「性別がどうであれ、フミノはフミノだよ」と言ってくれたことで、自分に自信をもつことができた。

LGBTは人権問題

──社交的で活発な一方、心と体の違和感を抱えていたそうですね。
杉山 高校生活終盤に友人にカミングアウトし、受け入れてもらえたことで、自己肯定感を少し取り戻しました。「もっと早く言ってくれたらよかったのに」という言葉自体はうれしいのですが、当時はとても打ち明けられる空気ではありませんでした。
テレビ番組では、女性的なタレントさんがオカマと揶揄され、男性同士のスキンシップがあると「オレに病気移すなよ」と心ないことを言われている……。誰かにはっきり教わったわけではありませんが、日々の生活のなかで、少しずつタブーとして刷り込まれていき、僕自身の頭も現代社会的な価値観で教育されていきました。
僕から素直に湧き出る感情は「あの女の子かわいいなぁ、好きだな」という感情ですが、「それはいけないことなんだ、気持ち悪いことなんだ」と僕の頭は否定。感情が高まれば高まるほど、脳から拒絶しろと指令が出る。その葛藤がとても苦しかったです。

──LGBTの理解には、教育が大切ですか?
杉山 はい。これは、基本的人権の問題でもありますが、大人になる過程で、LGBTの正しい知識に触れる機会が日本ではほとんどありません。すべての人間は法の下に皆平等と言いながら、「結婚できる人・できない人がいる」って純粋におかしくないですか? これは偏った情報のみインプットされて大人になってしまったからです。LGBTの課題は良い、悪いで議論するものではなく、事実として存在しているもの。事実から目を背けていてはまともな議論ができません。“そもそも”を考えるための基本的な情報を教育現場で伝えていくことが大切です。

──企業での講演も増えているそうですが、反応は?
杉山 僕が一番信用していないのは、話したときに「分かる、分かる」という人。そういう方が実は何も分かっていないケースが多い。「オレの友だちにもゲイがいるから、気にしないし」と言われても、知り合いが一人いるぐらいで、LGBTのすべてが分かるわけないですよね。たとえるなら、一度だけ来日経験のある外国人が日本のすべてを語るようなもの。
大切なのは、知らないことは知らないといえる素直さ、知らないということの自覚です。
混同されがちですが、自分は気にしないという話と差別が存在しないという話は別物。社会のなかに差別を生み出す構造があることにさえ誰も気づかず、課題が置き去りにされている現実があります。
この課題の本質は、誰にも悪気がないという点。悪気がなければいいのかというと、そうではなく、悪気なく傷つけあっているというのは、何よりも悲しいことだと思います。

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“LGBTを理解するためには、子どものころからの教育が大切です”

社会的存在としての自分に

──社会に発信するようになったきっかけは?
杉山 必然的に僕は自分自身と向き合う時間が長かったのですが、大学院でジェンダー論を研究したことで、知識と日々の実体験が混ざり合って、自分のモヤモヤの理由が徐々に理解できるようになりました。修了とほぼ同時期に、書籍『ダブルハッピネス』を出版する機会を得ましたが、ステレオタイプなセクシュアル・マイノリティのイメージが支配するなか、どこにでもいそうな学生、フェンシングの選手がカミングアウトしたことで大きな反響がありました。
ただし、書籍を出したときは、あくまでも僕自身の問題としての発信でした。大学院修了後、世界を巡る旅に出て、一般企業に就職し、独立。いろんな立場の自分で、そのときそのときに、いいことからも悪いことからも逃げずに向き合うなかで、社会における自分の存在が見えてきました。
一人称が「僕」から複数形の「僕たち」に変わったターニングポイントは、2015年。渋谷区パートナーシップ証明書発行につながる「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」の検討委員の一人に選ばれた時です。教育長、弁護士、医師等で構成される10人の専門家集団で、LGBT当事者は僕だけ。
この期に及んで、「他の人は知らないけど、僕はこうです」とはさすがに言えない。腹を括って「僕たち」を代表するフェーズに来たんだと感じました。代表者として発言する責任から逃れられないと思った時、より社会的なテーマとして語る大切さを意識し始めました。

――もともと、社会を変えようという想いが強かったのでしょうか?
杉山 僕は決して社会のためだけを思ってやってきたわけではありません。自分が困っていたから解決するために声をあげた。そうしなければ、僕が10年ともにいるパートナーはパートナーとして認められないし、子育てを一緒にしているのに制度上は赤の他人のままです。自分のためにやることが、社会のためになる。社会のためにやることが、自分のためになる。自分のハッピーと社会のハッピーが比例していくのが一番いいと思っています。

セクシュアリティーマップ

セクシュアリティーマップ

20〜59歳の6万人を対象にした調査結果では、8.9%、約11人に1人がLGBT層に該当するという結果が出ている。すでに社会は多様な人で構成されているのに、「男性」「女性」だけの枠に押し込めて考えることで、歪みが生じてしまう。
出典:電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2018」

自分の居場所づくり

――セクシュアリティに限らず、社会・職場で居心地の悪さを感じている人はいます。どうすれば、自分の居場所が見つかりますか?
杉山 たしかに、いろんな人が垣根を超えて集う場所をつくることが好きだし、僕のミッションだと思っています。プライド・パレード、お店、ゴミ拾い、どの活動に関しても同じテンションです。コツがあるかというと……。そうですね、よくも悪くも、僕は他人に過剰な興味をもたないし、他人を否定しません。また、僕を否定する人のことも、僕は否定しません。殴られたら殴り返す、そんなことをしていたらきりがない。
気が合う人と仲よくするのは簡単だけど、僕は全然意見が合わない人とも仲よくできると思っています。 分かり合えないのはお互いさま。むしろ、分かり合えないポイントは何なんだろう? と考えるのが面白いので、楽しんでいます。

――多くの企業が社員の個性を活かすのに苦労しているのはなぜだと思いますか?
杉山 おそらく、他人の個性を活かせない人は、自分の個性も活かせないのだと思います。一般的な社会的価値観からずれている自分を押し殺しているのではないでしょうか。自分が我慢してきたから、我慢できない部下や後輩が許せなくなる。でも、本当は他人に寛容になれば自分も楽になるはずです。他人は自分の鏡。自分としっかり向き合えば、相手とも向き合えます。僕自身は格好悪い、情けない自分を受け入れ、仲よくするようにしています。

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“分かり合えないのはお互いさま。むしろ、それを楽しんでいます”

おじさん苦難の時代。否定ではなく提案型で

――LGBTの理解に向け、企業がとるべきアクションは?
杉山 基本的人権の観点で語ってもなかなか響かないのが現実です。ですので、ビジネスの文脈で語ってはどうでしょうか? LGBTの知識が必要な理由は主に2点。
➀社内の当事者が働きやすい職場環境づくり(福利厚生・採用活動・離職防止等)。
②お客さま企業の当事者への配慮を通じた、サービス品質向上。
ダイバーシティはビジネススキル・マナーなので、身に着けていないとトラブルになる、といったアプローチが有効だと考えます。

――職場で心ない発言を耳にしたときの対処法はありますか?
杉山 僕も何気なく「カレシいるの?」とか言っちゃいますからね。染み着いたものを消すのは難しいです。特に、今はおじさんにとって苦難の時代。日本社会はずっとマジョリティだけで動いてきたので、LGBTのようなテーマに触れたことがない。だから、おじさんたちも、自分の言動の何が悪いのか分からない。「急にオレたち責められているけど何で?」と。
でも、すでに社会はマイノリティを受け入れられない人のほうが、マイノリティになりつつあるので、今のうちにアップデートしたほうがいいでしょう。
僕は一生懸命じゃない人はいないと思っていて、ただ、その時代で感覚・手段が違うだけ。おじさんも当然、ずっと一生懸命やってきた。だからこそ、批判や否定は響かないので、提案型がいいと思います。「こっちの方がさらによくないですか?」「こうすると、モテますよ!」と。それなら誰も傷つかずに、アップデートできますよね。
実は“マジョリティ”という人はいなくて、“社会”という人も、“みんな”もいない。一人として同じ人はいないなかで、みんなが何かしらのマイノリティであり、それが集まってマジョリティというグループをつくっているだけ。
つまり、マイノリティの課題に向き合うことは、マジョリティの課題に向き合うことなんです。
マイノリティに優しい社会・企業は、マジョリティにとっても優しい社会・企業。
僕はLGBTだけ考慮してほしい、というつもりはありませんが、自分の会社、お客さまの会社には、必ずLGBTの当事者がいます。みんなが働きやすく、喜んでもらえるお仕事をすることを一緒に考えていけばいいのだと思います。

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“マイノリティに優しい企業はマジョリティにも優しい企業です”

【P.R.1】
現在、子育てに奮闘中の杉山文野さんの新刊が11/11に発売されました。
【P.R.2】
noteでも連載していた、乙武洋匡さん著、杉山文野さん企画・原案による小説『ヒゲとナプキン』が10/28刊行されました。



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