見出し画像

No.136 『プロのタクシー運転手さんに教わったこと』

先日、表参道の骨董通りからタクシーに乗る機会がありました。渋谷駅までのわずか10分あまりの乗車時間でしたが、運転手さんが話してくれた内容が実に興味深い。思わず身体が前のめりになる。そして相槌も自然と大きくなる。ありがたい一期一会に感謝いたしました。

「車内が寒く感じられるようでしたら、窓を閉めていただいてもまったく大丈夫です。感染対策は万全ですから。お客さまの目の前にあるのが、それぞれ用途の異なる5つの除菌スプレー。足元にあるのが強力な空気清浄機。そして、ダッシュボードに見えるのが次亜塩素酸を自動で噴射する装置です。いえいえ、会社が用意してくれたものではありません。すべて自腹で購入しました。もちろんお客さまのためですけど、自分の健康を守ることにもつながりますから。

ウチの会社は業界の中でも最後発。社員の数も少ないですが、他社で長く運転してきた熟練のドライバーが集まっています。コストを削減するため、カーナビは取り付けていません。道を知らないドライバーでは務まらない。完全実力主義。完全歩合制。そのかわり歩率はいい。75%です。業界の中では最も高い水準だと思います。

わたしの場合、毎月の売上が平均して100万円です。だから月収は75万円。税金を引いて60万円が手取りになります。勤務日数は月12日ですね。もっと稼ごうと思えば稼げるのですが、年収が1,000万円を超えると税金とか負担が重くなるでしょう。だから抑えています。無理はしません。売上を増やす秘訣ですか?特別なことは何もしていません。当たり前のことをただ当たり前にやっているだけです。

ポイントは交差点と信号でしょうか。たとえば、お客さまが「交差点の先で降ろしてください」とおっしゃったとしますね。そうしたら、さりげなくスピードを緩めて交差点の手前で信号が赤に変わるよう計算するんです。「ここで降ります」と言ってもらえたら、交差点を渡っている人が、次のお客さまとして乗車していただけるチャンスにつながりますよね。まあ、乗車いただいているお客さまには申し訳ないですけれども笑。

空車の時の話ですけど、渋谷の交差点などで信号待ちしている時は両方の窓を必ず全開にします。街の人の声を聞くためですね。「タクシーでも拾おうか」みたいな話をしていないかどうか。あと、交差点の先頭で信号待ちしている時、どちらに曲がるかといえば左折を選択します。特に、反対側の車線で空車のタクシーが左折のウインカーを出していたら右折はしませんね。先にお客さまを乗せられてしまう可能性が高まりますから。

タクシーの仕事は本当に楽しいですよ。言葉は悪いですけど、釣りみたいなものです。どこに絶好の漁場があるかを常に探している感じで。狙い通りにお客さまを乗せられた時は「やったあ!」と思いますね。この業界で働いて25年になりますが、仕事を変えたいと思ったことは一度もないです。

先ほど東横線で人身事故が起きて、渋谷と自由が丘の間で運転を見合わせているようですね。お客さまは井の頭線だから関係ないとは思いますが、事故の影響で渋谷の駅が混雑しているかもしれませんので、どうぞ気をつけてお帰りください。また縁がありましたら、よろしくお願いいたします。」

これぞ「ザ・プロフェッショナル」。これぞ「ザ・プレイヤー」。コロナ不景気への恨み節は一切なし。他人への責任転嫁も一切なし。とにかく仕事を楽しんでいます。軽やかで明るい。「わたし、こんなに努力してるんです」みたいな重たい悲壮感はまったくありません。楽しんでいたら、結果として収入が増えていた、ただそれだけ。これから200年続く「風の時代」のロールモデルをタクシーの運転手さんに見出した思いです。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。


無名の文章を読んでいただきありがとうございます。面白いと感じてサポートいただけたらとても幸いです。書き続ける糧にもなりますので、どうぞよろしくお願いいたします。