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恋に落ちる才能

人が恋に落ちる瞬間をみたことあるだろうか?本当に見事にストンと落ちるものだ。

若者の恋愛離れのニュースを聞いて久しい。恋をしないのではなく、恋にうっかり落ちないように、わざわざ自分の素をさらしてしまうという危険極まりないリスクを回避するために気持ちにガードレールを張り巡らせているんだろうなと思う。そのうちガードレールをとったとしても、習慣や考え方はそうそう変えられないので危険な道は避けるように生活してしまうのかもしれない。

ストンと素直に落ちることができるのは才能なのだ。

十数年前、大学の卒業旅行でブルックリンにいる友達のアパートに2週間お邪魔させてもらったことがある。

彼は、なんというかとてもニュートラルな人で、性別を感じさせず、少し浮世離れした美少年だった。また、彼のルームメートもイケイケなゲイの男の子で、滞在場所としてはとてもくつろげる環境だった。1ルームの彼の部屋で寝泊まりさせてもらったのだが心は全くバタつかず、いたって平穏、安心安全。

じゃあ、彼が奥手なのか? というとこれまた違う。お付き合いしてきた経験を聞くに、その歳でこうもグローバルに展開できるものなのかしらん? と驚きを隠せなかった。

私とは卒業時期が異なる彼は、ちょうど大学の卒業制作に没頭していて夜部屋に帰ってくることも少なかったので、これ幸いと自分の家かのようにのびのびとお部屋を使わせてもらっていた。

たまに、夜12時ごろ帰ってくると、おなかがすいたからと午前3時までやっているフリットのお店に誘われ、一緒に夜食を食べに出かけたりもした。

アートや美の造詣が深く、サービス精神も旺盛だったので、私が暇を持て余さないようにと、様々なギャラリーの「マストゴー」リストを作ってくれた。

ブルックリンの近所にある小さなギャラリーを見て回ったり、ブルックリン橋の下の秘密基地のような場所でお昼を食べたり、ブルックリン橋を歩いたり、オフブロードウェーを見に行ったり、おいしいチーズケーキ屋にいったり、メトロポリタン美術館の青銅器に魅了され2日連続で青銅器を見にまわったり自分の時間を堪能していた。

滞在日数が1週間を切ったある日、友達と夕食を取るから一緒に来ないかと誘われお洒落なタイレストランに行った。

その時だ。その友達が連れてきた友人の中に黒髪ボブの健康的なアジア系アメリカ人の女の子がいた。ミニスカートからみえるその足がとてものびのびと健康的で、なんとも清々しい印象を与える女の子だった。

彼は一瞬びっくりしたようにギロリと目を見開いたが、その後すぐ落ち着いた様子で彼女に挨拶をした。そして、彼は恋に落ちた。私や他の友達がいることを忘れたかのように、彼女との話を絶対に聞き漏らしてはなるものかのごとく彼女とのやり取りに100%の集中を注いだ。

その様子に関心した。恋には逆らえない。落ちるものは落ちる。潔くその状態を認められる彼を尊敬したし、ここまで、自分の気持ちを茶化したり、誤魔化したりせず100%の気持ちで向き合っている彼をはじめて男らしいと感じた。

その夜、彼と彼女と私は彼のアパートに向かった。彼を男として見たことがない私にとってはやや違和感はあったが、友達として二人の雰囲気を壊す邪魔者にだけはならないよう彼の恋路を応援すべく空気のように振舞っていたのを覚えている。

アパートにつき、私は共有スペースで寝るね~と言い出そうとしたとき彼は彼女に「ここの屋上にいってみないかい」と誘った。確かにその日は雲一つない晴天だったから星は良く見えていた。そして、私に一言、「いつもどおり僕の部屋は使って大丈夫」とだけ言って
二人で屋上に登りにいった。

なんかいつもと違う彼を見て、家族に感じるそれと同じような気恥ずかしさを感じつつも
頑張れよ~と心で応援し、ぐっすり彼の部屋で寝させてもらった。

朝6時半眠気眼で共有スペースにいき、二人がいないのを確認した。きっとどこか別の場所に移動したのかな? と思い朝ご飯のしたくをしていると二人が屋上から帰ってきた。え! いままでずっといたの? と内心驚いたが朝焼けで若干赤みがかった二人の顔のゆるんだ様子を見て同時に、よかったじゃんと心の中でつぶやいた。

どのくらい続いたかは詳しくは聞いていないがその後二人はつきあったそうだ。

この一見で、彼の人となりやどうしてお付き合いの経験が豊富なのか分かった気がした。恋に落ちたら、茶化す、誤魔化すことはしない……素直にみとめ、そのまま伝える。多分彼から教わった中で一番大きなことだったと思う。つねづね僕は『リアル』なものや『リアル』な状態であることが好きなんだと語っていた。その『リアル』がどういうことなのか垣間見れた瞬間だった。

そして、今彼はどうなったか? 相変わらず、ただひたすら恋をし続けている。とてもゴージャスで格好の良い伴侶を見つけて。10年たっても色あせない気持ちで彼女をみつめ続けている。誤魔化すことなく。

恋に落ちることは才能である。そして、それは習慣として育てることができる優しい才能なんだと彼をみて思う。

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