Mリーグのある局面についての考察

始めに

✳︎この記事は、2019年12月25日に私が投稿した記事の一部を加筆修正したものです。

Twitter的解説

南1親で供託2本。上家が抜けていて他三者が団子状態。当然とにかくアガリたいわけだが、手牌は非常に苦しい。
ここで多井プロは、ペンチャン対子→ペンチャン固定での孤立役牌2種残し。1s2枚切れではあるが、1s雀頭ルートは逃すことになる。

門前速度では全く追い付いていないから、という非常時的選択である。他家との相対速度をひっくり返すにはこれしかないと。

首尾良く南を重ねるも、まだ中は切らない。3pフォローがあるからというより、もはや5ブロック揃ったとみなしスリムに構えているという意味合いが大きい。(元記事の執筆時点ではさほどでもなかったと思うが、昨今では、こういったスリム手組が見直されている。一時期は不必要な字牌を抱えて数牌を捨てるのはタブー視すらされていた。麻雀AIやトッププロの戦術が浸透してきたと思われる)

また、「南を鳴く為に中を絞っている」という意味合いも大きい。

役牌に限らず、何か牌を切るということには、その牌が放銃or副露されるかどうかのみならず、「場に様々な情報を与える」という面がある。例えば、その牌種の枚数が一枚減ったというのが情報の一つだ。

ある役牌を鳴く為に、他の孤立役牌を絞るというのは、天鳳上位クラスならは皆、頭に入っている有力な戦術である。一枚切れを合わせられ、生牌が絞られるのが嫌なのだ。

以上が、多井プロの打牌選択に対する一般的な解説である。Twitterでこの局面について何か呟くならせいぜいこんな具合である。

しかし、ここは文字数制限がないnoteであるわけなので、もっと踏み込んで、自由に書いてみる。

note的解説

ここで打1sの局面に戻って頂いて、他のプレイヤーの思考を汲み取り、場況を読んでみたいと思う。(以下、この画像をいちいち貼り直さないので、適宜戻って頂きたい)

まず供託2本がある。他家は打点を下げてまでアガリにくるので、テンパイ・アガリ巡目が早くなる。また、ドラが使い辛い9pなので打点が下がる。従って他家に対して別の他家は押し易くなる。よって横移動が増え、ますます上記の巡目が早まる。

この辺りのことは、ドラが開かれた瞬間には、瞬時に頭に浮かべられなければならない。

次に他家の手牌進行と手牌構成はどうか。初めに対面の西家の岡田プロを見る。

西家は4巡目まで全て手出しである。まず2、3巡目の白、東の順番に注目する。これで何を読めるかというと、アガリの価値が高いこの局面において、白がオタ風より不要なほど既に手牌の価値が高いということである。

具体的には、「愚形ターツが少なく良形ターツが多い」「白が重なった場合、価値が高まる非タンヤオターツが少ないか、若しくは無い」「白が不要なほどターツが既に揃っている」、といった手牌になっているということだ。ただし、初打は白ではなく1sからなので、愚形か非タンヤオのターツも混ざった配牌なのかなと手牌構成読みを寄せる。

この辺りは、例えばMリーガーでいえば、村上プロだと役牌の切りが早くなり、一方、佐々木寿人プロは役牌の切りが遅かったりと、人読みの部分が大いにある。

最後に4巡目の5sは、ターツは既に揃っていたわけなので、5s周りのメンツが確定したか、良形かカン28sを固定したか、あるいは実戦のように、マンズかピンズが複合形になり、打点上昇・良形変化の種として残していた5sを切ったか、ということである。(くっつきの孤立牌だったケースはやや考えにくい)

以上の読みに加え、打牌速度・モーション・気配などで、多井プロは、西家の岡田プロはイーシャンテン濃厚、しかも多分良形でタンピン系と覚悟している。

(もう少し言うと、仮に57sという愚形ターツがあったとすると、白の切りが若干早いかなというのがあるので、瞬間のツモ8s打5sの69sは薄いのかなとも思われる。しかし、他に556778sや567788や44578s等も当然あるので、まあアテにならない読みであろうか)

上記の手牌構成と手牌進行への読みだけは必ず認識されたい。岡田プロは此の局面、必ず押してくる。オリない。

次に下家の近藤プロはというと、初打東に、攻めの姿勢と、手牌の半端さの両方が現れている。タンピン系に決まっていれば村上プロのみならず初打は役牌になり易い。初打オタ風は手牌の価値が低いサインなのだ。しかし、以後全て手出しで4巡目に生牌の発。配牌はイマイチだったもののツモが効いて手牌が整ってきたことが伺える。

最後に上家の鈴木プロはどうか。初打ドラはトップ目だから処分したんでしょ、とでも見なされてしまうのが世の常だが、そういう低レベルな話では勿論無い。鈴木プロはこのドラを場に放つことのデメリットを当然理解している。自身にアガリ目が無いなら本当は見せたくない、キー牌の情報を与えたくない、しかし切らざるを得ない。そういう意志が伝わる初打だ。2巡目の9sも何気ないようで、「端牌を残してオリてるわけじゃないんですよ」というメッセージになっている。

南1の35100のトップ目という状況は、普通はセーフティーリードとは見なされない。更に加点をしてトップを盤石にしたいと考える。にもかかわらず、初打はドラ。

鈴木プロの手牌は、この状況において、ドラを捨てられるほど、ドラを他家に示しても構わないと見なせるほどには価値はあるが、9pは不要な構成になっている。つまり、タンピン系もしくは赤1が使えることが確定した手牌であろうと読める。

案外、序盤の捨牌は雄弁に語っているものなのだ。

ただし、以下の鈴木プロの捨て牌は誤読し易い。数牌のみだからだ。これは私なら、字牌を多く持っている可能性を考慮する。ここで一般論を捕捉しておく。

手牌に字牌が多いと、あがる為の手段として、タンヤオ・ピンフ等が減り、代わりに、役牌・ホンイツ・トイトイ等が増える。後者の手役では19字牌の価値が高まる。副露手ではツモの1ハンがないので愚形ターツと良形ターツの価値が接近する。また、当然だが19字牌のターツは鳴き易い。

字牌の多い手牌からは数牌が放たれ易いのだ。これは被リーチ時においても大切だ。捨て牌に数牌が多ければ(牌の組み合わせ以上に)字牌が危険。

また、数牌が多く切られた捨て牌のもう一つのパターンとして七対子がある。しかしだとすると、今局の鈴木プロの初打9pはしっくりこない。当初の読みと合わせると、タンヤオ牌と対子が多めな案外変則的でチグハグな手格好なのかな..ぐらいに読んで、鈴木プロへの警戒はやや下げる。(鈴木プロはドラを先切りする傾向のある打ち手なのかもしれない)

多井プロは少なくとも以上の情報を全て頭に入れた上で、5巡目の牌姿に向かいあっていた。

「この局面での最善手は何か。アガリがあるとはとても思えないが、ギブアップはしたくない。しかし役牌を抱えると手詰まりになるリスクがある、ならばいっそここでリリースし、もし鳴かれて親が流れても、ドラが9pなのでそんな高くはないだろうし、残り局で勝負したほうが全然マシなのでは…それに例えば鈴木プロに役牌を鳴かれると、岡田プロは対応せずに真っ直ぐ来るわけなので、意外に二人でやり合ってくれるかもしれない」

と、他家任せの弱気の虫が、多井プロの心中でひたすら蠢いている。さっさと楽になれよ、楽になれるよ、横移動ならラッキーじゃん、と。

しかし、実戦はそんな誘惑に抗った。役牌を自ら重ねて、この局でのアガリ・連荘を目指したのは勿論、

他家に生牌の役牌の情報を与えないことを選択したのだ。

相対速度で明らかに劣っているこの局面をひっくり返す為に、他家に対して情報を絞りミスリードを誘い、また、役牌のポンや他の役牌の先切りの可能性を減らし、

この局面での他家のテンパイ・アガリ巡目の低下・消滅を意図したのだ。多井プロの頭には既にケイテン連荘すらある。

更に踏み込んだ記述をすると、攻撃人数を減らしたかったという意図も考えられる。

鈴木プロ若しくは近藤プロに役牌をポンされると此の局面の結末は、岡田プロとの一騎討ちでの横移動か、どちらかのツモである。

一方、役牌を絞り、岡田プロの先制リーチが起きた場合は、岡田プロのツモか流局かの可能性が高まる。

多井プロは、今まで挙げた全ての要素を考慮して、まだ後者の展開に局面を誘導したほうがマシだと考えられたと、私は想像する。

辛い手牌での親は、連荘の価値をどう見るか等にも依るが、役牌を絞って他家の副露和了を防ぎ、好手牌者の先制リーチは甘受し、敢えてリーチ者の一人旅にさせてまでも、自身のケイテン流局連荘を狙う、という戦略が有力なのかもしれない。難しい。麻雀は本当に難しい。

局面を長引かせる為に牌を絞る。苦しい局面では他家に情報を絞る。重い場に誘導し、苦しさを他家にも分け与える。

実戦は以下3sチー南バックの始動からr5mも引き、降りない岡田プロからの2900。MリーグMAXレベルのアガリだと思う。

手牌価値が低い局面での、選択・戦術・戦略は、書籍やネット等で紹介されることが少ない。たまに見かけてもとっくに見飽きた、配牌オリ、高打点副露者への絞り、低打点副露者へのアシスト、ブラフ鳴き、抑えつけ愚形リーチ、ホンイツで牌が余ったと見せかける、等々で、新規性が見られるものはまずない。

なので、今局での多井プロの打ち回しには、新鮮な、鮮烈なる感動を覚えたのである。麻雀にはまだまだ奥がある。

字牌一枚で揺れ動く、プレイヤーの運命というものを考えさせられた一局であった。

終わりに

お読み頂きありがとうございました。

もはや2年半前に書いた記事を読み返し再編集してみました。今の自分にはとても書けないな..と思いました。一度考えたことや覚えたことが、自分の中から失われていく怖さを覚えました。(終)




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