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面白庭小噺(桜)

 桜のつぼみがパンパンに膨らんでいる。小さな花芽に閉じ込められている花はとても窮屈そうで、さっさと出てくればいいのにと思ってしまうけれど、いろんな都合でそうもいかないのだろう。
 4月から私も大学生。念願の東京生活が始まる。高校の卒業式も済んで私は今引っ越しの準備中だ。引っ越しだけならそんなに大変じゃないんだけど、今後は私の部屋を弟が使うことになるから机の中やら押し入れの中やらを整理しなきゃいけなくて結構大変。隠して溜め込んでいたBL漫画は慎重に梱包して新居に運ばなきゃいけないし、元カレがくれたマフラーはダサいけど捨てられなくて、この際弟にあげてしまおうかしら。

 そんな最中、押し入れの奥の方から劣化して赤茶けたダンボール箱が出てきた。見覚えのないその箱を開けてみると中からは哺乳瓶や抱っこひも、アルバムやくたくたになったクマのぬいぐるみが出てきた。
「わあ、なにこれ。見てみてお母さん」
 ちょっと獣臭いようなビニールのカバーがついたアルバムをめくると生まれたばかりの赤ん坊の写真がたくさんあった。赤ん坊を抱いている女性はたぶん母で、その隣で号泣している男性は父なのだろう。
「なんか用か。父ちゃんは今寝るのに忙しいんや」
「私はお母さん呼んだの。まあいいや。お父さん見て見てこの写真」
 どれ、と私の手元を覗き込んだ父はその写真を見るとおおと声を上げてアルバムを取り上げた。
「懐かしいなあ。これ、桜が生まれた頃の写真やなあ。こんときは可愛い子ぉだったのに、こんなんになってしまって。一体誰がこんなふうに育てたんやろなあ」
「お父さんたちでしょ。責任とってよね」
 私がそう言って父からアルバムを奪い返すと父は大きな笑い声を上げて「今は自己責任の時代らしいやないか」と不器用にウィンクした。私はあかんべえで父に応えてアルバムのページをめくった。そこには満開の桜の樹の下で撮影した私たちの写真があった。美しいその花に私はまた声を上げてしまう。
「わあ綺麗な桜。とってもいい写真じゃない。ねえお父さん、これが私の名前の由来になった桜の木なの」
 ソファーという名の戦場へ戻ろうとする父を呼び止めて私はアルバムを持ったまま父に近づいた。写真を指で示す。父はぱーんと手を叩き頭から豆電球を飛び出させたみたいな顔になった。
「せやせや。お前にはこの桜のように美しくたおやかな女性になってほしいって願いを込めてな」
「そうそう。それ小学校の時名前の由来を親に聞くって宿題で教えてもらった。懐かしい」
 そこでにわかに父の表情が真剣そのもの、といった様子になる。私は父のこの顔がちょっぴりだけどイケてると思っていて、元カレが好きになったのもスポーツしているときの彼の顔がこの顔に似ていると思ったからだった。
「実はオレと母ちゃん、桜に壮大な嘘をつき続けてきたんや。もう桜の世界がいっぺんに変わってしまうくらいの。だから、まず謝らせてくれ。大変申し訳なかった」
 深々と頭を下げられて私は動揺し何も言えなかった。どんな大変なことをこれから告げられるのか、急な展開に振り落とされそうだ。私は古臭いダンボール箱を開けたつもりでパンドラの箱を開いてしまったのだろうか。父が重々しく口を開く。

「実はそれ、桜やない。梅なんやて」

 その後父は
「でも桜やろうと梅やろうとそこに込めた気持ちは一緒や。娘のお前は父ちゃん母ちゃんにとって命よりも大事なことは変わらへん」
とかなんとか言っていたけれどほとんど耳に入らなかった。ショックだったのだ。自分の信じていたことがまるっきり覆ってしまったのだから。

 でも今私はそんなおっちょこちょいな両親に感謝している。現在の仕事はハンドメイド作家。テレビにも出演する結構人気者である。そこで私は“梅”を名乗って活動している。《桜ときどき梅》、そんな天気予報みたいな私の日常は、やっぱり両親あってのものだから。

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全国の“桜”さん、もしこの物語で嫌な気持ちになったとしたらごめんなさい。みなさんのお名前はきっとご両親の素敵な願いがこもったものだと確信します。
 ちなみにサムネイル画像は梅の花だそうです。てっきり私は桜の花だとばかり思っていました。
 本日よりコロナが落ち着くまでこんな小噺を書いていきたいと思っています。いつもはもう少し暗い話を書いている気がするのですが、こんなときはほっこりする物語が必要かと思いまして。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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