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面白庭小噺(コンビニ)

 現在、日本には五万五千を超えるコンビニが存在する。これは日本の人口約2千人に一軒、一都道府県に約12百軒、約6.9平方キロメートルに一軒コンビニがあるということだ。よくある例えで言えば東京ドーム140個分の面積に一軒のコンビニ。
 ふむ、意外と少ないかもしれない。しかもそのうち我がコンビニ同盟に所属する店舗は十軒に一つ。一軒につき2万人の人々の笑顔を背負っているのだ、これほど多忙なのも頷ける。もっと協力者を募らなければ。
 
 何度目だろう、この分かりきった計算を繰り返しその度にため息をつくのは。私は横目でドアの隙間から見えるレジの様子から応援はまだ不要だと判断し、コンビニ同盟参加を呼びかける広告の作成を続ける。

――日本中の笑顔を守るのは、キミだ――

 キャッチコピーが良くないのだろうか、前回の宣伝は殊に不評で、参加店舗を増やすどころか数十軒減らしてしまった。一般業務だけで忙殺されてしまうというコンビニは少なくない。その傾向は都市部でより顕著である。だからコンビニ同盟は俄然地方部がその多くを占めている。とはいえ我々も人手不足で日々苦労しているのだが。
 私が頭を抱えていると、突然救難コール受信を知らせる音楽が鳴り始めた。あまりにも有名なドヴォルザーク作曲交響曲第9番『新世界より』。

「店長、レジ手伝って下さい。僕一人ではもう受けきれません」

 アルバイトの男の子が顔を真っ赤にして司令室兼休憩室に入ってくる。壁掛け時計を見ると午前十一時、そろそろピークが始まる。忙しいときを選ぶように鳴ったコールに悪態をつき

「分かったわ、用を済ませたらすぐ行く」

と男の子に返答する。不満そうに口を尖らせてレジへと戻る彼を尻目に私は家電話風の受信機が示すコール発信地コードを見る。苦手な同僚のいるエリアで私は受話器を上げないままレジの応援に走った。

 レジが落ち着いてきた頃にやっと起きて出勤してきた息子に店を託し、私は襲撃地へと車を走らせた。もちろんジャージ風の戦闘服と袋に入れた武器は忘れない。今回の戦闘服はお気に入りの薄桃色。他にも数色種類があって私は特撮の戦隊みたいでかっこいいと思っているのだが、息子は「ダサい」と一蹴する。世代交代するべきだとも言うけれど、交代する相手がいないのでは仕方がない、じゃああなたが同盟を仕切ってくれるかと問えば「それは御免だ」と首を振るのだから困ったものだ。

「相変わらずお前は遅刻してばかりだな。盟主がそんなことでは誰もついてこないのは当然だ」

 到着早々愚痴をこぼされ、私は偉そうに腕組みをした緑ジャージのジジイに言い返す。

「あんたは昔から怪物退治好きだもんねえ。周りのこと全部ほったらかしにしても平気なあんたなら遅刻はそりゃあしないだろうさ」

 お互い悪口を言い息災を確かめ合うと私たちは横並びになって林の中の目標地点へと歩き出す。私は持ってきた袋から卓球ラケットを取り出し手首をくるくると回す。隣の相方は背中に下げた長い筒から竹刀を取り出し数回素振りする。
 これらはもちろん対怪物用の特製なのだが、これが武器だと言ったら誰も信じてくれまい。だが、これは私の持論ではあるが、やはり手に馴染んだ物こそ最も自在に動いてくれると思う。自在に動き、そして上手く“弾き返せる”ことが奴らと対峙するときいちばん大切なことである。

「来たぞ」

 彼の声に私はゴーグルを装着しシェークハンド式のラケットをニュートラルポジションで構える。彼は心眼で奴らの波動が見えるとかでゴーグルはつけず中段の構えで準備した。

 そこからは息もつかせぬラリー戦。この戦いの勝利条件は一つ、奴らの発する波動を打ち返し奴ら自身に当てること。そうすれば奴らは消滅しまた一つ人間社会に平和が訪れる。

 私は細かい左右の切り替えで波動のほとんどを打ち返し、相棒は私の打ち損じを鋭い一振りで強烈な一撃として跳ね返す。昔からの付き合いだ、腐れ縁だとしても私たちのタッグは同盟内でも無類の強さを誇る。

 宇宙人か地底人か、それとも古代人が未来に放っておいた原罪の清算者か。なんだかは分からないが人間の意欲を奪うなんて許せない。あの波動は即時的に人を殺したりはしないが、ゆっくりゆっくり首を絞め死に至らしめる呪いだ。少年が身重の女性に席を譲ろうとして遠慮したのは奴らのせいなのだ。誰かが家に引きこもり生きる希望を失っているのは奴らのせいなのだ。私の息子が無気力なのは、息子自身の問題と、それから私の育て方の問題もあるかもしれないけれど。

 私は大きく腕を引いて次を待つ。この一発で決めてあげる。

「おい、左からもう一体だ」

 突然の襲撃に私は反応できず、しかもこれまでの消耗で向き直ろうとした際に脚をもつれさせてしまった。これだから年は取りたくない。息子と嫁のタッグに前回の同盟内大会で負けたことを思い出す。
 危ういところで彼の払い胴が炸裂し、タイミングを崩された相手方の一方を消滅させた。

「どうだ。オレと一緒で良かっただろう」

 一度この一言でくらりと来たことがあったがそれももう昔の話。私は鼻高々で年甲斐もないジジイの横腹に当たる寸前の波動を崩した体勢から反転、その勢いを利用して思い切りバックハンドで打ち返した。打球は高速で空を飛び、地面の唸るような音がして敵は消滅した。

「これで貸し借りはナシだよ」

「可愛くねえ女だ。ま、それでこそオレの相棒だと言えるがね」

◇◇◇◇◇

 そして今日も私はパソコンの前で新しい広告をどうするか頭を悩ませている。画面には息子の考えたキャッチコピー。

――世界の平和はコンビニの平和。同盟不参加は機会損失の一因です――

 これでいったい入会意欲のどこが刺激されるというのだろう。どうにも納得できず私は斜向かいに座って休憩中の男の子に意見を求めた。

「うん、僕はいいと思いますよ。正義感とかがむき出しじゃないのがいい。この、参加するのは自分のためだって思わせる感じが好感を持てます。結果的に世界を救う、なんていうのが一番かっこいいじゃないですか」

 今どきの若者とは気が合わない。どうしてまっすぐ誰かのためだと思ってはいけないのか。理由がなければ人助けをしてはいけないのか。

「おふくろ、お客さんが列を作ってる。レジ手伝ってくれよ」

「よしきた」

 私はメールの送信ボタンをクリックしてレジに走った。笑顔で、お客様の一日がまた素敵なものでありますように。息子の隣で高く手を挙げる。

「いらっしゃいませ。お待たせしました。二番目のお客様こちらへどうぞ」

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 今ほどスーパーマーケットやコンビニで働く方々が私たちの生活を支えてくれていることを実感するときはありませんね。まさに私たちのヒーロー、ヒロインと言っていいと思います。ありがとうございます。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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