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面白庭小噺(栞)

 どこの家庭にもその家族みんなが大事にしている考え方、というのがおそらくあると思う。例えば「正直であること。嘘は絶対についてはいけない」だとか「困っている人がいたら出来る限り助けてあげるのが当然だ」とか「食べ物は早いもの勝ち」「母が言うことは絶対である」とか。

 それは他の家庭の人間が見て「当然だ」と思ったり「素敵なことだ」と思うことがあれば「ちょっと変」だとか「冗談でしょう」と思うことだってある。それは価値観の違いだからどれが正しいと判断をつけること自体がナンセンスだ。どんなルールもある集団の中では集団の利益のために有効に機能している、だからこそそのルールが大切に守られているし、それは家族の象徴ともなり得るのだ。「家族になる」というのは、血が繋がっていることや同じ戸籍に登録されていることが重視されがちだが、実生活的に言えばこの「一つのルールを共有する」ことが大きな要素であると私は思う。

 なんて、ちょっと難しそうなことカタッちゃったけど、言いたいことは一つ。

 私たち伊藤家は「花より団子」「もったいない」を大事にしてるってこと。

 堅実で、エコで、最近流行りのミニマリストなんてのにも近いんだ。持つものは少なく、その中でいかに幸せに暮らすか考えて生きていくことは地球のためにも大切なことだ。きっと私たち一家のルールは他の家庭から見ても良識のある考え方だ。それは私の誇りでもある。

 買い物袋持参やエコ箸の携帯は当然、食べ放題に行けば元を取るまで食べ物を胃袋に詰め込むし、お下がりはそのまま着るのもありだしアレンジして着れば大きくなってからも使える。複雑な柄入りのセーターは唯一無二のマフラーとして私のお気に入りになっている。これは外出用で、もう一つ、母の灰色のセーターを崩して作ったマフラー兼ひざ掛け布団は読書用だ。冬の寒い日はもちろん、夏だってこれがあると落ち着くから一年中使っている。

 読書、つまり本っていうのもとても私たち家族に合っている。なんといっても「持ち運びできる世界」というのが素晴らしいと思う。本一冊あれば私たちはあらゆる場所に旅行が出来る。東京、大阪、太平洋の海底、グリーンランド、金星、魔法の使える違う世界……。だから、いや正直なことを言えば本は家族のルール関係なしに好きなのだ。兄は

「小説なんてよく読めるな。マンガで良くね?」

といわゆる本は好きじゃないみたいだ。母だって

「私は雑誌がいいわ。お話を読んでると眠くなっちゃうの」

と言う。私はマンガも雑誌も大好きだ。でも、出来たら小説について誰かと語りたい。家族の中で小説を読むのは私だけ、だと思っていたのだけれど。最近、祖母も物語が好きだと知って今日、私は彼女の部屋を訪れている。

 本が好きな人なら分かると思うのだが、我々は読書に関するアイテムにこだわりと憧れを持っている。素敵な柄のブックカバーはしびれるし、ユニークな栞はセンスの良さを暗示していると私は思う。

 私のブックカバーは友人からプレゼントしてもらった人工革製で、スナフキンの柄がさり気ない感じで入っているのがお気に入り。そして栞は古書通販店から届く絵葉書の半分。元々カレンダーとして使うこの絵葉書は、次の月には可愛い栞として生まれ変わる。この「もったいない」を刺激する変身は私の心を出会ったその瞬間に盗んでいってしまった。

 部屋では祖母がエンデの『モモ』を読んでいた(祖母はブックカバーをしない派らしい)。大好きな本なので思わず私は

「それ、すごく面白いよね」

と勢い込んで話しかけてしまった。祖母は突然入ってきた私にびっくりしながらもにっこりしてこくりと頷いた。

「ちょっと前に読み始めたばかりだけど、なかなか変わった本ね」

 私はすぐにでも祖母と本の話がしたくて隣の椅子に腰掛けたのだけど、祖母は落ち着くように私に諭し本を閉じて奥へお菓子とお茶を準備しに行ってしまった。だからその間、私は何から話そうかと思案して、読み始めたばかりと言ってもどこまで読んだのか確認しようと思った。表紙を下にしてある本に手を伸ばし、ついでにどんな栞を使っているのか、そのセンスは如何ばかりか測ってやろうと思った。

「……負けた」

 私はやはり祖母こそ根っからの伊藤家の人なのだと思い知ることになった。その“栞”をつまみ出し、悔しくて歯を立てた。そこへ祖母が帰ってくる。

「あら、花ちゃんも栞はそれなの。お腹が空いたときに食べられるし最高よね」

 私はその“スルメ”を噛みながら、うんうんと首を縦に振るしか出来なかった。
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 衛生的にはあまり良くないかも。良い子は真似しないでくださいね。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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