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面白庭小噺(葉桜)(原題:葉桜の季節に)

 桜の花が散るとやってくるその男は、私がここにいる時期を知っているみたい。誰も桜に見向きをしなくなったとき、私はここに降りてこられる。

「……やあ。久しぶり。毎年待たせてすまない。どうも桜の季節は来れなくてね」

 男は芽吹いた葉衣に着替えつつある桜の木を見上げて目を細めた。夏の盛りになればここはすっかりその木の影に入る。そこで私は秋の終わりに木の葉が地面に絨毯を敷いてしまうまで“半径私の見えるところ”の世界に生きる。

「いいものを持ってきたよ。君、これ欲しいって言ってただろう」

 持ってきたタオルで拭き上げられると墓石は光沢を取り戻して男の顔を映した。後ろから覗き込んだ私の顔は映らない。綺麗になった墓前には黒い小さな箱が置かれている。男が懐から取り出した私への贈り物。心当たりのない不当な贈り物。

「十年越しなんて、待たせ過ぎたね。お金がもったいない、なんて言って受け取らないのはナシさ。君は今、拒否できない身の上なんだから」

 そう言って男は指を石に刻まれた私の名に沿わせる。その指が名字をなぞり終えたところで小刻みに震えだす。その異常は指先から手首、肘を通って二の腕、そして肩まで届き、男は動きを止めてしまった。
 私の知らない、私の欲しい物。私の知らない、私を毎年訪ねてくれる男の人。私の知らない、桜の景色。

「君の名前、まだ、なぞれないや。だから、今はこれで」

 男は小箱を開けて金色の指輪を取り出した。内側に“SAKURA & YOSUKE”と字が彫り込んである。私と、たぶん彼の名前。たぶん、誓いの指輪。

 “桜”と、“YOSUKE”は、どんな字だろう。

「じゃあ、また来るよ。今度はちゃんと遅れずに、君の命日に」

 男は指輪を小箱に戻すと目尻を拭い、去っていった。去り際の笑顔から私は目が離せなかった。
 来年、葉桜の季節に、きっと彼はいない。私はそれが嬉しくて、嬉しくて、涙が出て、涙が出て、止まらない。
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 伊藤緑さんのコンテスト

に参加しようと書き始めたものの、途中で心理描写を使っていることに気づき、別作品にしました。コンテストには関係ありませんが、こちらもよろしければ。

 いつもの面白小噺、ではないテイストですがいかがでしょうか。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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