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愛はそこにあるのかもしれない

前置き

 生きていくうえで大切な繋がりというものがあると思う。家族、恋人、親友、同僚、同じ趣味を持つ仲間……。私にとってその繋がりの一つに家族以外の人間がいることはかけがえのないことである。その一人を紹介したい。

R・H

 彼はたぶん頭があまり良くない。しばしば彼とメッセージアプリで言葉をやり取りするのだが誤字脱字は当たり前、たまには何を書いているのかこちらから質問しなくてはならない。非常に手間がかかる。時間がないときや元気がないとき、私はため息をつきたいのをこらえ大きく息を吐いて対応している。対応しないときもある。こういう場合、非対面という状況は大変便利である。適当な都合をつけて後から謝罪できる。

 彼は基本的にノリが軽く調子のいい男である。雰囲気に流されやすく、あまり考えないで周囲の仲間の意見に同調しやすい。「いいですね」とニコニコと同意していつの間にかそれを忘れていることもある。彼は大学で長距離走をしているのだが、お菓子の類を暴食したり夜中まで友人と騒いだりすることも散見する。文句があっても直接働きかけることもなく陰でぶつぶつ言ってしまう幼い人間だとも思う。

白庭とR・H

 彼は地元の駅伝チームの仲間であり、後輩である。後輩と言っても小中高と違う学校に通っていて、この駅伝がなければお互いにほとんど知らなかったであろう希薄な関係だった。振り返ってみれば不思議な縁である。それが今の間柄になるきっかけは彼から届いた一通のメッセージだったと思う。

――大学行って箱根駅伝走りたいので協力してもらえませんか――

 私も全く手が届かなかったけれど同じ志を持って走っていた時期があったのでそのメッセージは無視できなかった。よく聞いてみれば大学入試の小論文、自己アピール文の作成を手伝ってほしいということだった。その頃には私もチーム内で自分が作家を志望していることを打ち明け始めていたので、ならば文章は白庭に、という考えがあったのだと思う。やはり単純な思考の持ち主である。

 読み手を惹きつける文章はともかく、正しい日本語についてはアドバイスできるのではないかと思った私は彼の願いを快諾した。ちょうど自尊心の不足していた折、誰かの役に立てることは私にとっても必要なことだった。

 一年間浪人し、平日フルタイムでアルバイトしながら長距離走のトレーニングを続ける彼に書く必要上学んだ日本語の使い方と大学で学んだ練習方法などを伝えることは一種の快感を伴った。自分は何か人に教えられるすごい人間なのだと錯覚することが出来た。私は手伝っているように見えて彼に手伝わせていたのであった。

 送られてきた初稿は文字数が足りないからどうすればいい、というコメント付きだったのだがそれ以前に誤字脱字と助詞の誤用で片言の日本語と言っていい代物だった。これはえらいものに手を出したかもしれないと当時の私は携帯を一度置きその場に座り直した。これより完成に至るまで、感覚的には百回はやり取りしたような苦労があった。

 出来上がった文章の三分の二はほぼ私の文章である。内容は彼から、文章は私が。ゴーストライターとして大変いい経験をした。その後二次試験の小論文は試験場で彼のみの力で突破したことを考慮しても、彼の大学入学の半分は私のお陰であると言いたい。あの一月分、授業料をいただきたいくらいである。

愛はそこにあるのかもしれない

 現在彼を含めた数人で集まって近況報告がてら飲み会をすることが度々ある。関東にいる彼らと私とは距離的に離れているのでなかなか機会を作れないのだが出来るだけ集まりたいと思っている。私と弟だけが社会人なので私たちのおごりになるのが苦しいと言えば苦しいのではあるが。

 そしてもちろんR・Hは喜んで何の遠慮もなくおごられる。今後はR・Hらが後輩におごってやらねばいけないと言えば
「えー、どうしよっかなあ」
なんて言って誤魔化す。全く本当に困った男である。ほかのメンツもあまり変わらない反応をするのだけれど。


 こんなふうに書き連ねていると、どうして白庭はR・Hを大切な繋がりだと思っているのか理解できない、という方がいると思う。正直なところ私だって、これだけ迷惑をかけられているのになぜ彼といることを望んでいるのか、自分の心はやはり捉えづらいものだと思わざるを得ない。ではその理由を考えるために、彼の長所をいくつか挙げてみよう。

純粋である。雰囲気を尊重する。自分に正直である。プライドにこだわることなく他人に頼ることが出来る。素直である。愛嬌がある。馬鹿になれる。実は努力家である。

 こんなのは彼の長所のごく一部で私が気づいていない彼の良さも多分にあるはずだ。そしてここに挙げたのは彼の短所の裏返しである。彼は短所でもって私を救ってくれる。私に協力する余白をくれて、私の自尊心を高めてくれる。そして他人の短所を食い物にしているような私を受け入れてくれる。

 助ける側の私ではなく、助けられる側の彼にこそ愛はあった。

 困っている誰かに何かをしてやるのだと、見下ろす視点で目を凝らす私に本当の愛は宿るのだろうか。私は自分のことばかり考えているようだ。

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