Monster Sweeper scrub episodeⅠ「ニューフェイス」【1】

 低いビープ音とかすかな振動が、目的地の近くに達したことを知らせる。オートドライブに操縦を任せていたドライバーは、エアバイクの画像を映していたタブレットを片手にしたまま、コンソールの上で指を滑らせた。何もない空間に航星図が映し出され、目的地を赤い点で指し示す。
「やっと着いたのね……しっかし遠かったなあ」
 つぶやきながらアクセスコードをコンソールに打ち込む。程なくして通信がつながり、相手を呼び出すコール音が鳴り始めた。明るい緑色の瞳に、一瞬だけ不安そうな色がよぎる。それを振り払うように大きく息をついて、彼女はきゅっと口元を引き結んだ。
「さてっと……何が出ますやら」

 「着いたみたいだよ」
 着信音に呼び出されたAが戻りついでに、共有スペースとして使われている広めのブリーフィングルームに顔を出した。部屋にいた3人が顔を上げる。
「来たか、4ヶ月ぶりの新人」
「どんな感じの人? また、この前来た娘(こ)みたいな感じ?」
「さあねえ。あっちは型通りの許可申請だったし、俺も着陸許可を出しただけだから。でもまあ、喋り方ははっきりした感じの女(ひと)だったよ」
「そっかぁ、僕、仲良くなれるかなあ?」
「なよっちい男はイライラするタイプじゃねえの?」
 からかうように言うBに、Cはむっとした顔で頬を膨らませた。――確かにあまり男らしくは見えない。華奢で小柄で、20代女子といっても通りそうな外見である。
「――そおだねー、でもガサツな男も嫌いかもね」
 赤紫(マゼンタ)の瞳を意地悪く輝かせ、にっこり笑って言い返すと、今度はBの方がむっとした顔になり、ソファに寝転がっていた体を起こす。
「あんだよ、やんのか?」
「まっさかあ、やる訳ないじゃん、腕力じゃ絶対勝てないもん。そんな無駄なことはしませぇーん。遠くで言うだけにしとくー」
「むっかつくなあ、コラ!!」
 とうとうBがソファから立ち上がった。立ってみると、細身だが上背も大きく肩幅も広くて、鍛えられた体をしている。それに比べると、Cはますます華奢に見えた。が、捕まえようとするその腕からひらりと身をかわすと、思いっきりしかめっ面をしてみせる。
 「はいはい、じゃれ合うのはそのくらいにしとけ。こっちはいちから説明その他控えてて気が重いのに全く……変わる? 俺と。役目」
「あ……いや、いーです。さーせん」
「僕もパス。ごめんね」
「だよな」
 Aは呆れたように片手を振った。口調は穏やかだが目が笑っていない。敏感にその不機嫌を察知して、BとCは騒ぎをすぐに引っ込めた。Bは立ち上がったソファにまたどすんと腰を下ろし、Cも手近なストールにちょこんと座る。と、その様子を見物していたもう一人が、くわえていた煙草をもみ消すと腰を上げた。
「俺も行く」
「――珍しいね、旦那が動くなんて。新入り、気になる?」
「いや、俺が気になんのはゲルニカの方」
 ああ、と納得顔になるAの方をすれ違いざまにポンと叩いて、“旦那”と呼ばれた男は部屋を出、そのまま格納庫へ向かう。少し遅れて、Aもそのあとに続いた。

 惑星ウェルトルゲンには、宇宙警察(コスモ・パトロール)、通称CPのカテゴリーB・第25特別部隊の基地がある。
 何度かの愚かな国家間の争いを経て、地球における≪世界≫は劇的にその形態を変えた。宇宙開発における科学技術の飛躍的な進歩がその変革に拍車をかけた。狭い地球の中で陣取り合戦を繰り返しているより外宇宙へ出て行く方が、人類がこの先も生き続けていくための道しるべになるのではないか――そう考えた人々が人種や国境を越えて力を結集し、地球という惑星を飛び出していった。そして自分たち人類が生きてゆけるような惑星を探し当て、テラフォーミングを施し、コロニーを建設して移住した。地球の人口過密は解消され、人類の生活圏は銀河系の外まで広がった。もちろん地球にとどまる人々もたくさんいたが、移住希望者が増えるにつれ、各星系に拠点となるコロニーが築かれ、そこから新しい歴史が紡がれ始めた。
 そんな社会の中で、秩序と規律を保つために法の番人として創設されたのが『宇宙警察』CPである。かつて地球にあった『国際警察』を母体とし、組織を宇宙規模に適応させ発展させたものだった。各生活圏に本部を置き、犯罪行為や破壊行為の摘発と鎮圧を生業とした彼らは宇宙の番人と呼ばれ、その働きのおかげで人々の生活の平和は保たれ、コロニー社会は発展した。
 しかしそれからすでに200年あまりの時が過ぎた現在、CPにかつての面影はない。『銀河の正義』と呼ばれていたころの志も熱意も、今は失われつつある。能力のある者たちが創り、集まり、育ててきた機関だった。だがそうして築いてきた組織が、優秀な人材のみが入れるエリート集団と認識されるようになり、そこに所属することがステイタスとなるにつれて、CPの内側は徐々に様相を変え始めた。有能なある個人の傘下に入って恩恵にあずかろうという他力本願なものが現れ、それが内部での派閥抗争を生んだ。自らの身の安全を守ろうとする政治家や企業の有力者たちが、便宜を図ってもらう代わりに秘密の謝礼を渡すようになり、個人的な金銭のやり取りや癒着が次第に横行し始めた。自分の子どもにCP隊員という肩書が欲しい親たちは縁故を頼って入隊試験をクリアさせようとし、そこでまた成績の操作や金品の授受が発生し、同時にCP隊員自体の質の低下も顕著になり始めた。
 そして現在。一般市民のCPへの信頼は半ば失われつつある。熱意のある、仕事のできる隊員は今も多く所属している。しかし、上層部の一員が不正を働いたり、無茶な指示により部下や一般市民を危険にさらしたりといったことが不祥事として世間に報じられるたび、CPの威光は失われ続け、幻滅してやる気をなくす隊員が増えてゆく。そんな組織内部の空気を世論は敏感に感じ取るもので、治安組織としてのCPは、今やあまりあてにされてはいなかった。
 そうした世情の中、ビジネスとして個人や企業を警護する会社が現れ始めた。相応の対価を求めるだけあって、スタッフの能力とその仕事ぶりは依頼主を十分に満足させるものだった。評判が人づてに伝わって、どの会社も順調に業績を伸ばしている。そしてやがて、CPに失望した隊員たちがそちらに新しい仕事の場を見出し始め、人材の流出が加速し――かくしてCP内部は現在、過去の名声にすがって化石のような威信を振り回す上層部、能力とプライドの高さが釣り合っていない幹部、凡人か、もしくはプライドのみが異様に高い隊員がかなりの割合を占めている。志ある、有能な隊員がいないわけではないが、その人数は減少の一途をたどっており、かつての『銀河の正義』は、腐った土台の上にそびえ立つバベルの塔となりかけているのだった。
 惑星ウェルトルゲンにはそんなコスモ・パトロールの第25特別部隊の基地がある。所属はカテゴリーB。最前線で内外のトラブルを処理する実働部隊のカテゴリーS、指揮系を統括するカテゴリーA、民間の治安維持にあたる正規隊に対し、補給・後方支援を受け持つ部署の集まりがカテゴリーBである。腕利きが集まるS、切れ者が揃うAに対して、カテゴリーBの部隊は印象的にも一歩下がった感がある。その中でもこの第25部隊は通称『scrub(掃除屋)』と呼ばれていた。主たる任務は、ベム(宇宙生物)の駆除と、それが引き起こす諸々のトラブルの始末で、お世辞にも華々しい仕事とは言い難い。
 しかもこの部隊にはもうひとつ、裏で呼ばれている名があった。正規隊からはみ出した者が行かされる『ダストシュート』。それぞれの部署で持て余された隊員が厄介払いの形で送り込まれてくる。そして大抵の者が、あまり時をおかずにCPから離職してゆくのだった。隊員は5人であることが多い。そのうち4名はここ一年ほど変わらず所属しているが、残りのひとりが頻繁に入れ替わる。新しく配属される隊員にその四人が悪意をもって接し、離職に追い込むのだと、まことしやかに囁く者もいた。そんな噂のおかげで、このscrubはCPの隊員たちにとっては、絶対に告げられたくない最悪の配属先であった。
 そのscrubの常駐基地にいま、一機の宇宙艇が着陸しようとしていた。基地のゲートが開くと、その機はきれいな角度で侵入してきた。そしてわずかに機体を揺らしただけで、難なく着地した。外側のゲートが閉じ、気圧調整のタイムラグを経て、内側のゲートが開く。宇宙艇はゆっくりと前進し、基地内部の格納庫に到達した。広々とした空間には、機動性に定評のある小型宇宙艇が一台、大型のエアバイクが二台置かれている。
「おっ、なかなかいいのが置いてあるじゃん。あのエアバイク、乗りこなすの結構大変なんだけどちゃんと使えてんのかなぁ……宝の持ち腐れになってたら可哀そうだなぁ……ま、そん時はあたしが乗ればいいか」
 ぶつぶつ呟きながら、彼女はゆっくりと操縦桿を引いて自分の乗った宇宙艇を完全に停止させた。エンジンを切ってすべての電源を落とすと、コンソールの上に置いていたタブレットを手に取り、立ち上がる。ちょうどその時、基地側のドアが開き、二人の男性が入ってきた。遠目に確認できたのは一人が黒髪、もう一人がブロンド。後ろの乗降口を開けて宇宙艇から降り、彼女はその二人に歩み寄った。
 「連絡入ってると思うんだけど、貴隊所属の宇宙艇『ゲルニカ』、メンテナンス完了とのことでお届けします」
 そう言ってタブレットを差し出すと、ブロンドの方がそれを受け取った。こちらの方が幾分年上に見える。彼女には一瞥もくれず、彼は無言のままタブレットを起動させながら宇宙艇の中に姿を消した。『ひとこともなし?!』心の中で突っ込んでいると、もうひとりの黒髪の青年の方が口を開いた。
「遠いところご苦労様でした。道中何か不都合はありませんでしたか?」
 穏やかな声音とあたりの良いアジア系の笑顔。自分と同世代くらいだろうか。こっちの方は話ができそうだ。彼女はその青年に向き直った。
「特に気になる不具合はありませんでした。まあ道中はほとんどオートドライブだったから、実際マニュアルで動かしてみないとわからないと思うけど」
「それについては旦那がやるからご心配なく」
「旦那って、さっきのあの人ですか?」
「そう。操縦担当なんです」
「了解。で、このチームの責任者はどちらさま? あなた? それとも彼?」
 そう尋ねると、彼はちょっと困った顔になった。
「えーっと、どう答えたらいいかな。一番年上なのは旦那だけど」
「もろもろ取り仕切ってんのはそいつだから、なんかあるならそいつに言ってくれ」
  宇宙艇の中から返事が返ってきた。
「旦那ぁ、なんでも俺に振ってくるの、勘弁してよ」
  彼の苦情に応えるように宇宙艇が低くうなり始めた。動力スイッチをオンにしたらしい。彼女は機体と目の前の彼を交互に見比べ、結局目の前の方に敬礼した。
 「Mr.ゴートから聞いてると思うけど、本日付でCP第25特別部隊に配属になりましたジュリア・星河(ほしかわ)です。いろいろ言いたいことあると思うけど、とりあえずよろしく」
「ああ、うん、えーと、話は聞いています。ウェルトルゲンにようこそ、と言いたいところなんだけど、正直あんまり女性に快適な職場とはいえません。歓迎会の予定もないし」
 涼しげな顔でさらっとキツいこというなあ、などと思いつつ、ジュリアは敬礼している手を下げた。
「わかってます。ここがどういう部署かは噂でいろいろ聞いてきたし……あっ、仕事の内容以外のことね。それに、自分がどうしてここに配属になったかもわかってるし、余計な期待はしてないから大丈夫です。一人部屋っていただけるんですか?」
「一応、用意はできてます」
「では荷物を降ろします。それと、あたしのエアバイクもここに置かせてもらっていいですか?」
「ああ、そういえば持ってくるって申請されてましたね。どうぞ、お好きなところに」
「ありがと」
 ジュリアはにっこり笑うと、くるっと振り向いて宇宙艇の中へ戻る。起動音がして、きれいに磨かれた車体に明るいオレンジのラインが一本入った、シャンパンゴールドのエアバイクがゆっくりと降りてきた。彼女はそのバイクで格納庫の中を滑るように進み、すでに置かれていた二台のエアバイクの隣に停めた。エンジンを止めると慈しむように車体を優しく撫で、それから降りる。
「荷物、どれくらいありますか? カートが必要なら出しますよ」
「いえ、これの他にはスーツケースが一つだけだから、カートはいりません」
 彼はへぇ、と小さく呟いた。
「意外ですか?」
「ああ、すみません、つい。女の方は大抵荷物が多いもので」
「わかります。でもあたしはひとつで十分でしたから」
 そう言いながら彼女は機体の中に引き返し、やがて大きなスーツケースを引いて出てきた。
「これで全部です。これからどうすればいいですか?」
「ひとまずその荷物を部屋に置きましょうか。そのあと、改めてお話を」
「わかりました。部屋はどっち?」
「こっちです」
 彼に先導されて、ジュリアは基地の内部へと入っていった。

 案内された個室は何日か前までいた女子寮の部屋とあまり変わらない広さで、中にあったのはベッドとデスクだけだった。荷物をそこへ運び込むと、「じゃあこちらへ」と彼が促す。ジュリアは頷いて彼の後に従った。黒髪の後頭部を眺めながら、先ほど対面していた顔を思い出す。アジア系の、あまり感情の出ない表情。でも物腰は柔らかく、言葉の端々にはさりげない気遣いが感じられた。いつもこういうふうにして、配属されてくる新しい人を受け入れているんだろうな、と思う。だが、その視線は優しくはなく、どちらかというと自分のことを値踏みされているようで、あまり気持ちのいいものではなかった。
 そんなことを考えながら後について歩いていると、彼が立ち止った。
「ここです、どうぞ」
 そう言いながらドアの脇にあるスイッチに触る。シュン、というかすかな音とともに部屋のドアが開いた。さっきの個室より少し広いが同じような殺風景な部屋。違うのはベッドがなくて、まんなかにテーブルと椅子が五客あるところだった。彼はその一つをジュリアに勧めると、自分は向かい側に座った。そして、すでにテーブルの上に用意されていたタブレットを手に取り、何度か触れたあと、改めて正面からジュリアに向き合った。
 「最初に軽く自己紹介しときます。俺は広中明人(ひろなか・あきと)、ここでは“A”って呼ばれてます。あなたにもそう呼んでもらってかまいません」
「イニシャル呼びなんですか?」
「そう、お互い面倒がなくていいので」
「じゃああたしは“J”?」
「まあ、今はジュリアさんとお呼びします。ここ、長くいない人も多いので、新人さんはあまり急いでどうこうしないことにしてるんです」
「へえ、じゃああなたは“長居してる人”なんですか?」
「そう、そのうちのひとりです。話、進めていいですか?」
 もっといろいろ聞きたいことはあったが、やんわりと質問をシャットアウトされる。
「改めて本人確認させてもらいます。ジュリア・星河さん、前所属はCP訓練隊、研修中だったってことで間違いないですか?」
「はい」
「ウチに回されるの、ずいぶん早かったですね。何をしたんですか?」
 人当たりのよさそうな笑顔でずばりと切り込んでくる。やっぱりただものではない気配をびんびんに感じつつ、ジュリアは肩をすくめて応えた。
「上官に逆らったんで飛ばされました」
「研修中なのに?」
「あたしにもわかるような間違った指示を出されたもので、つい」
「へえ」
 Aの黒い瞳が光った。興味を持ったらしい。
「何の訓練の時にですか?」
「爆破実習です。安全量の三倍の火薬を使ってトラップ作れっていうから……」
「君だけが気がついたんですか?」
「ほんとはみんな、気づいてました。座学は受けた後だったんで……ただ教官が威圧的な奴で、たてついたら修了証やらないとか公言してたんで、それが怖くて誰も面と向かって反論できなかったの。だからほかのチームのリーダーとこっそり話をして、どのチームでも火薬の量を減らしてトラップ作ったんです」
「教官って、どなたですか?」
「フレミング教官です」
「ああ……よく訓練中に事故起こす方ですよね。噂には聞いてます。」
「有名なの?」
 ジュリアの片眉がぴんと上がった。
「あなたが知ってるってことはきっと上の方たちにも届いてるはずよね。わかってるなら上層部は何であいつを辞めさせないのかしら? あたしたちのうち何人かが死ぬところだったのよ!」
 急に語気を荒げたジュリアに詰め寄られて、Aはびっくりした顔になった。
「あ……ああ、すみません。――ていうか、謝ったところで俺は何もできないんですけど」
「――そうね。あなたに文句言ったってどうしようもないか。ごめんなさい、忘れて」
 忌々しげにため息をついて、ジュリアは背もたれに戻った。Aの頬に笑みが浮かぶ。
「その調子で教官にも噛みついたんですか」
「まあね、それはいつものことで、だから前から目はつけられてたのよ。でも、訓練や実習はまあまあうまくこなしてたから、向こうも何も言えなくてイライラしてたらしいわ。今回のことはあたしを飛ばすいい口実になったんじゃないかな。何せ莫大な損失を負わせちゃったからねー」
「そうですね、装甲車一台廃車は研修生にしては破格だ。何があったんですか?」
 手元のタブレットを繰りながら、Aが尋ねる。
「座学もろくに理解できてないのに教官の言うことを鵜呑みにする奴がリーダーのチームがひとつあってね。あたしのことも常々気に入らないと思ってたらしくて、火薬の量の件で他のチームと相談した時、そいつだけ表面上は賛同したふりして、実際は教官の指示した設定でトラップ作ったのよ。メンバーの一人があたしに泣きついてきたんだけど、もう点火まで時間の余裕がなくて……だからわざとそのトラップの上に装甲車を乗り捨てました」
「なるほどね。おかげで怪我人は出なかったみたいですね」
「うん、爆発のショックは何とか吸収できたからね。その代わり装甲車はボッコボコになりました、と。仲間に何もなくてよかったわ」
 ジュリアはそう言ってにっこり微笑んだ。悪かった、などとはみじんも感じていないらしい。
「だけどね、フレミングの奴、自分の指示ミスだってことを隠すために、その事故は研修生が火薬の量をミスったって上に報告したから、いうことを聞いていたそのチームのリーダーは即研修から外されて、辞めさせられちゃったのよ。親がCPのお偉いさんらしくて、親の期待に応えようと思って、実戦とかあんまり向いてないのに自分なりに結構頑張ってたんだって。すごいショックを受けてしおれてて、それ見たらなんか可哀そうになっちゃって……教官に直談判に行ったのよ」
「ああ……それは、彼はつらいですね」
 Aの口調に思いのほか気持ちがこもっているようで、ジュリアは少し意外に思った。
「君も、反目していた相手のために、直談判を?」
「だって……なんか、ほっとけない感じで……」
「面倒見がいいんですね」
「よしてよ、そんなんじゃないわ。ただのお節介よ」
 ジュリアは苦笑混じりで片手を振った。
「で、直接話に行って、つい手が出てしまった、と……」
「それも正確じゃないわね。正しくは、話をしようと思ったけど教官が最初から頭ごなしに押さえつけようとしてきて、言い返したらあの下衆野郎、腕力で黙らせようとしたから、こっちも実力行使したまでよ」
 鼻の頭に皴を寄せて、ジュリアは吐き捨てるように言った。Aは真顔に戻る。
「なるほど。申し送りにはなかったけどそういう経緯でしたか。それは報告しておかなくちゃ」
「誰に?」
「上の人に」
「――ここに来る前にちょっと話したわ。この隊の上官のMr.ゴートは、フレミングとおんなじタイプだと思ったけど?」
「鋭いですね。あの人は他人に取り立ててもらって今の地位にいる人ですから。事なかれ主義で自分の点数を上げるために、いつも俺たちに無茶振りしてくるんですよ。でも彼にじゃなくて、別の人です」
「……よく意味が分かりませんけど」
「わからなくて結構です。ここ、あんまり長居する人がいない部署だって、聞いてますよね」
「ええ、ずっといるひとが四人いて、後のひとりか二人がくるくる入れ替わるって」
「それ、正確じゃないですね。あなたが聞いた話は、後のひとりか二人が、配属されてすぐやめる―――じゃないですか?」
 笑っていない目にまっすぐに見据えられて、ジュリアは少し気おされる。
「あー……まあ、そうです」
「俺はそのずっといる四人のうちのひとりなんです。あと、さっき逢った旦那ともう二人。でも新しく入ってきた人には、最初はあんまり深いところまで説明はしないことにしてるんですよ。すぐにいなくなるかもしれない人に詳しい内情を教える必要もないんじゃないかと思って」
「はあ……」
「と、いうわけで、あまり歓迎ムードではない事情は分かってもらいたいです。とりあえず一回、任務に参加してもらいます。そのあと、また話をしましょう」
「任務ねぇ……どんな? それと、いつ?」
 一方的にシャットダウンされているようで、あまりいい気分ではない。だが、言い争いをしたところで、この男には勝てそうにない。ジュリアは渋々、おとなしめに問い返した。
「仕事の内容はまあ、ベム(宇宙生物)の駆除です。いつっていうのはわかりません。どこかでベムがらみのトラブルが発生したら、ゴートから出動要請が来るので。それまでは申し訳ないけど、基地待機ですね。俺はあっちこっちで雑仕事をしてることも多いけど、あとの三人は寝るとき以外は自室にいたり、共有スペースでおのおの好きなことをしてます」
「その共有スペース、あたしは入れてもらえないの?」
「あなたがいいなら構いませんけど、新入りの方はたいてい居づらくて自室にいますよ」
「こもりきりとか性に合わないんです。居づらくなったら格納庫でエアバイクのメンテしてます。いいですか?」
「わかりました。備品は好きに使ってもらって構いません」
「ありがと」
 サービスのつもりで、ジュリアは極上の笑顔で礼を言った。Aは頷いて立ち上がった。
「じゃあ、ほかのみんなに紹介します」
 ジュリアも後について立ち上がり、その部屋を出た。

                         (【2】へつづく)

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