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Monster Sweeper scrub EpisodeⅠ「ニューフェイス【6】(完結)」

 その日基地に戻ったのはジュリアたちの方が先だった。秀人と細かいことを打ち合わせて、Lとジュリアはゲルニカに戻った。残っていたAはすでに各方面に必要な連絡を終えており、そのまま三人はウェルトルゲンへ戻った。ジュリアがBとCと落ち合わなくていいのか尋ねると、Aは応えた。
「シュワルツは大きくないけど、ハイパードライブ機能はついてますから大丈夫です。そうでなきゃ一緒に戻しには行かせませんよ。ジャプリウスの生息地から帰ってくるときにも、ここまで何回かショート・ハイパージャンプが必要なんです」
「それ、動かしてるのBでしょ。ホントに何でもやるのね」
「そうですね、荒っぽいことから宇宙艇の操縦までひととおりは。まあ本人はどっちかっていうと動いてる方が性に合ってるらしいから、普段の操縦は旦那に任せっきりですが」
 Aの言葉どおり、ジュリアたちが戻ってからだいぶ遅れて、BとCの宇宙艇が戻ってきた。
「ただいまあー! ちゃんとおうちに還してきたよ」
「いやー遠いなやっぱ。けっこう疲れたから俺ぁもう寝るぞ」
 Bはリビングに顔を出しただけですぐ自室に引っ込んでいった。
「お疲れさま、遠くて大変だったんじゃない?」
「僕は乗ってただけだからそれほどでもないかな。でもBはジャプリウス回収からだったから疲れたと思うよ。ハイパードライブも結構神経使うしね。それよりジュリアは大丈夫?」
 Cは心配そうな顔になる。
「最初の任務であそこまで参加した人見たの、僕初めてだったよ。ジュリアこそ疲れたでしょ。あのエアバイクの人たちとも、ちゃんと話、ついた?」
「うん、そっちはLさんがちゃんと話をつけてくれて、知り合いの工場に頼んできた。あたしは……でもさすがに疲れたかなあ」
 実際、せめてBとCが戻るまではと共有スペースで待ってはいたが、押し寄せる眠気と戦うのに必死だった。けっこう頻繁にあくびをかみ殺していて、何度目かの時にAと目があってなんとも気まずかった。
「……あたしも休ませてもらおうかな。BとCも帰ってきたことだし」
「どうぞ。話は明日にしましょう。お疲れさまでした」
「ゆっくり休んでね!」
 AとCの声に送られて、ジュリアは共有スペースをあとにした。
 次の日、彼女が目を覚ましたのは昼近くだった。こんなに寝過ごしたのは久しぶりで、自分でも驚く。『寝過ごしてるってことは寝かせておいてくれたっていうことなのかな……』心配しつつ慌てて身支度を整えて部屋を出る。基地の中は静かで、もしや置いて行かれたかと思って格納庫に行ってみたが、ゲルニカはそこに鎮座したままだった。任務が入って留守になっているわけではなさそうなので少し安心する。そうっと共有スペースをのぞきに行くと、タブレットを眺めているCだけがいた。ほかの三人の姿はない。
「あっ、おはよう! やっと起きたね」
 ジュリアに気づいたCが笑顔で声をかけた。
「お……おはよ。ごめん、寝坊した」
「大丈夫、任務のあった次の日は基本、休みってことになってるから」
「ほかの人は?」
「Lは自分の部屋、Aは昨日のお仕事のデータ整理してる。Bは出かけた」
「出かけた?」
「いつものところ。ヴィクトール」
 ヴィクトールとはこの星系で一番近くにある“享楽惑星”だった。遊興施設と様々な店舗が並び、娯楽と消費に特化されたこの種の星は、周辺の星系で生活している人々のささやかな息抜きの場となっている。
「いつもの?」
「あー、Bはね、唯一の趣味がビンチボウルなの。昨日のお仕事の手当が入ったから早速やりに行ったみたい。いつもそうなんだ」
「へえー、意外。あんなレトロなゲームが好きなの? 確か、小さい玉をはじいて穴に入れるやつだよね」
「玉が思った通りに動いてくれないところがいいって言ってたよ。ほら、Bはオールマイティだからたいていのことはすぐ出来ちゃうんだけどさ、これだけはなかなかうまくいかないんだって。でも負けず嫌いだから『次は勝つ!』って言ってまた行くの。そんで、結構それにお金つぎ込んでて、Aにいつも無駄遣いって怒られてるんだ」
「Aさんか、言いそう」
 思わず笑いが込み上げる。
「僕たちの仕事ね、急に入って迅速な対処が求められるから、一回ごとに業務手当が出るんだ。ベムの種類とか、作業の手間とかで額はまちまちなんだけど……単発のアルバイト、みたいな感じ。だからちょくちょく臨時収入があるんだよね。そういうふうにしたの、Aなんだって。仕事の回数も難度も不確定なのに、給料だけ決まった額なのはおかしいって上に掛け合って、こういうふうにしたんだって」
  “交渉中”のAの姿が容易に想像できる。ジュリアは、対処しなければならなかった上司の方々に、同情の念を禁じえなかった。きっと逃げられないところに詰められたんだろうなあ……お気の毒。
「Bはいっつもこんな感じですぐ使っちゃうよ」
「なんか納得。手元に残さない人なんだね。Cはどうなの?」
「僕もすぐ使っちゃう。今回はね、コレ!」
 Cが見せてくれたタブレットの画面には、結構なお値段のケリーバッグの画像が出ていた。
「『シンシア・ニューヨーク』?!」
「そう!! ここのバッグ、大好きなんだー。シンプルだけど、ちょいちょいかわいいとこがあって、この間も小さめのトートバッグ買っちゃった。持ち手にフリルがついててすっごい可愛くて……」
「いや、あの、ちょっと待って」
 ほっておくといつまでも喋っていそうな勢いのCに、ジュリアは慌ててストップをかけた。
「聞いていい? それ、どこに持ってくの?」
「えっ……」
 Cは言葉に詰まる。少し口ごもって、それからはあ、と肩を落とした。
「そうだよね。やっぱりおかしいよね。僕、男だし」
「あ、いや、その……」
 ジュリアはしまったと思った。眼の前のCは先刻までの楽しそうな笑顔はどこかへ消え、すっかりしょげてしまっている。
「……でも僕、女の人の服とか小物とか見るの、とっても好きなんだ。それで、気に入っちゃうとつい買っちゃうの。実は服も結構持ってたりする。どこにも着ていけないし、持っていけないけど、でも自分の手元に置きたい、っていうの、ダメかな?」
「――ごめん、あたしが悪かった」
 ジュリアはいたたまれなくなって、Cの言葉をさえぎった。
「寝起きで半分頭が働いてなかった……ってのは言い訳だね。あたしけっこうこういう無神経なこと言っちゃうのよ。ほんと、ごめん。あんたを傷つける気はなかったの」
 謝りながらバツが悪くなって、ジュリアは自分の髪の毛をくしゃくしゃかき回した。
「あんたがもらったお金を何に使おうとあんたの自由よ。買っちゃいなさい。そのケリー可愛いし、Cのイメージに合ってるわ」
「ほんと? 嬉しい、ありがと! じゃあ今度、ヴィクトールのお店に実物確かめに行くから付き合ってくれる?」
「いいわよ。ついでに美味しいものでも食べよっか」
「いいね!!」
 Cに笑顔が戻り、ジュリアはひそかに胸をなでおろした。だが背筋にはまだひんやりとしたものが残っているような気がする。何度か覚えのある、取り返しのつかないことをしてしまった時のうそ寒さ。今回は早めに気づけた、よかった――頭の片隅をそんな思いがよぎった。
 「――ああ、起きてたんですね。おはようございます」
 いつの間にか入ってきていたAが声をかけた。ジュリアはびっくりして振り向く。
「あっ……あ、おはようございます! すみません、寝過ごしちゃって……」
「気にしないでください、今日は休み扱いですから」
「お仕事、終わったの?」
「いや、もう少し。でも一段落ついたから」
 Cに応えてから、Aはジュリアの方に向き直った。
「じゃあ昼メシ食べて少し落ち着いたら、話、しましょうか」
「え……いいわよ、すぐでも」
「俺が腹減ってますから。あなたも朝食べてないんだから、何か食べた方がいいですよ」
「僕も何か食べよーっと」
 Aの後ろについてCもキッチンに入っていった。
「話、するって……何をよ」
 取り残されたジュリアは妙にざわつく胸を抱えたまま立ち尽くした。

 共有スペースのスクリーンに映るなんということもない番組を流し見しながら思い思いのランチを食べ(ジュリアも結局クロワッサンとコーヒーを食べた)片づけたところで、Aに「じゃあ」と促され、背中からCの「いってらっしゃーい」に送られて、二人は最初の日に話をしたブリーフィングルームに入った。椅子をすすめられ、向かい側にAが座る。手元にはいつものタブレット。緊張がひたひたと体中に満ちてくるような気がした。
「――そんなに固まらないでください」
 こわばった顔になっているジュリアを見て、Aはちょっと笑った。それからおもむろに話を切り出す。
「昨日はお疲れさまでした。いきなりの任務が特殊な感じのものだったので、とまどうことも多かったでしょう?」
「そう……ですね。とにかく初めてのことばかりだったので」
 言葉づかいまでかしこまってしまっている。『おかしくないか、あたし?!』心の中で自分に突っ込む。
「あたし、ご迷惑をおかけしたのでは?」
「まさか! 正直、あなたがあそこまで任務に加わってくれるとは思いませんでした。みんな、内心驚いてますよ。Bなんか、次からは電磁ネットはワイヤーで扱うって言ってました」
「いや、素手で扱ってる方がすごいですって!」
「そうですね。彼はだいたい何でも出来てしまううひとなので、手っ取り早く自分の体を使ってしまうんですよ。危ないですよね」
「はあ……」
「バズーカレーザーも撃つんですよ」
「えっ?! あの、下手に撃つと肩を脱臼しちゃうという……?」
「そう。前の所属で扱いを覚えたそうです。いい腕ですよ」
 前の所属は起動部隊だったと教えてもらったことを思い出す。ジュリアは少し考えこんだ。
「あたし、思ったんですけど」
「どうぞ」
「この部隊にいる方たち、みんなけっこう能力高くないですか? Bさんもそうですけど、Aさん、あなたも。ドーソンさんに対しての交渉の仕方とか……Lさんの操縦もです。あたし、エアバイクに乗るから運転の腕はわかります。Cも、あんなニコニコしててかわいいのに、ジャプリウス捕獲の時の電磁ネットの調整とか……なんていうか、あたしが聞いていた話と様子が違い過ぎて、任務よりもそっちの方でとまどいました」
Aの頬から笑みが消える。顎に手を当て、難しい顔になる。困っているようにも見える。自分の言ったことが彼にどんな風に伝わっているのか、ジュリアは測りかねていた。しばらくの間、沈黙が続いた。
 やがてAはひとつ息をつくと、改めてジュリアの顔に視線を戻した。
「じゃあ単刀直入にお聞きします。ここ、辞めたくなりましたか?」
「……はあ?」
 全く予想していなかった質問だった。ジュリアは頓狂な声をあげ、そのままぽかんと口を開けてAをまじまじと見つめ返した。だがAは至極真面目な顔のままである。
「――ええっと、あのう、どうして急にそういう質問が出るんですか?」
「理由はありません。新しく配属された方には、一度任務を経験してもらった後に同じ質問をしています」
 Aはそれ以上応えてはくれない。表情から真意を読み取ろうと思ったけれど、それもできなかった。ジュリアはしばし黙り込んだ。どんなふうに応えたらいいのか判断に困る。
「――何もそこまで考えこまなくてもいいですよ、あなたの思った通りで。悪いことにはなりません、それは約束します」
 考えあぐねているジュリアに、Aが穏やかな声でつけ加える。先刻よりもその声音にほんのりと優しげな彩(いろ)がついているように聞こえた。その声に背を押されるように、ジュリアは唇をきゅっと結び、Aに向き直った。
「――辞めたくはなりませんでした」
 Aの表情がかすかに揺らいだ。
「最初は警戒していました。正規隊のお荷物隊員が送られる『ダストシュート』だっていう噂も聞いてたし、ロクでもない人たちの集まりなのかなって……でも中に入って、一緒に仕事させてもらったら、その噂は違うと思いました。普段はお互いに自分のペースで生活してるけど、任務の時は自分の持ち場を責任もってこなしてる。一緒にやらせてもらって、戦力になったかどうかもわからないけど、あたしは……」
 いったん言葉を切る。言おうかどうしようか、少し逡巡する。Aは黙って待っていてくれた。
「――こんな言い方はおかしいかもしれないけど、ご一緒できてあたしは楽しかったです。だから辞めたくはなりませんでした」
「それは、今後もここに残る気がある、ということ?」
「可能なら、そうさせてもらいたい……です」
 まっすぐにAの目を見つめて、ジュリアは言った。
「――それがあなたの結論、ということでいいんですね」
 含めるように念を押される。ジュリアは「はい」と頷いた。
「わかりました。女性のメンバーは初だけど、まあいいでしょう。あなたも相当、規格外のようだし」
 Aがそう答えた。破顔一笑。今まで見せたことのない人懐こい笑顔に、ジュリアの方が面喰らう。目の前がチカチカする。
「え、あの……」
「ごめん。一応、ここまでが仕事なもんで、極力ビジネスライクに話をさせてもらってた。交渉事には私情を挟まないのが鉄則だからね」
 Aはそう言ってくすくす笑った。そして、目を白黒させているジュリアに、長い長い説明を始めた。

 ジュリアとLが“自由猫”のメンバーたちと『SINOWORKS』にエアバイクの修理を頼みに行っている間、Aが連絡を取っていた相手の名はアーネスト・ゲインズ。CPの統括司令部のトップを長年務めたのち、六五歳で現場を引退して、今は最高顧問に名を連ねている。強いリーダーシップと人望で治安の維持に尽力した彼は、CPに勤める者にとっては英雄でありレジェンドだった。研修中のジュリアも、初期の座学の時間に彼の功績を聞かされたことがある。
 Aはその彼と旧知の仲だと言った。
「父が彼の部下で、とてもかわいがってもらっていたんだ。家族ぐるみの付き合いだったから、俺にとっては祖父みたいなひとで、だからCPの偉い人だって知った時は驚いたよ」
 懐かしそうに話すAを、ジュリアは黙って見つめていた。そんなところから話が始まるとは思っていなかった。情報が多すぎて、頭の中がぐるぐるしている。
 そのアーネスト・ゲインズが現場を引退したのが12年前のこと。その時、去り際に作っていったのがこの第25特別部隊だった。ある事情で同じ部署にいる父親と不仲になり離職を考えていた時、Aはアーネストに呼び出された。そしてこの部隊の話を聞かされた。
「私がCPの現場にどうしても残していきたいものなんだよ。表向きの仕事はベム(宇宙生物)に関するトラブルの対応だ。駆除とか、巻き込まれた民間機の救援とか、そんなことになると思う」
「それ、どうして俺に頼むんですか?」
「明人、君はCPを去ろうと思ってるんだろう?」
 図星を指されて、Aは言葉に詰まった。
「私は君を本当の孫のように思っている。だが、征人(ゆきと)のことも同じくらい好きなんだよ。だから二人が仲たがいしているのを見るのは哀しい。明穂(あきほ)だって悲しんでいると思うよ」
 父と母の名前を出されて、Aは少し動揺した。母は彼が15歳の時に病を得て亡くなった。父は他星系での任務に参加していて戻れず、彼は独りで母を見送った。その頃から少しずつ、二人の間はほころび始めていたのかもしれない。長い年月を経て様々な出来事が積み重なり、今では二人の決裂は決定的なものとなっていた。
「今の君は、征人と和解できるような気はしないのだろう? だから自分が去ることで彼と離れようと思っている。違うかね?」
「――そうです。父は統合司令部にとってなくてはならない人だけど、俺はいち隊員に過ぎないから」
「それも君の良いところだ。反発していてもお父さんの偉大さはちゃんと認めている」
 アーネストはそう言って微笑んだ。そして彼は、Aのその“人をきちんと評価できるところ”を活かして自分を手伝ってほしいと言ったのだった。
 現在、CPの総隊員数は2万人余り。人類が生活している各星系で、それぞれ能力や適性に応じて様々な仕事を通じ、人々の生活の治安を担っている。だがそれはあくまで建前で、知り合いのコネで入隊したり、とりあえず名の知れた公的機関であるからと、たいした使命感もなく入隊するものも多かった。その結果、CPという組織の中に、“向いている部署がない”者が増えているらしい。それでも、『せっかくCPに入隊できたのだから』と周囲か止められたり、本人がCPに固執してしまったりして辞められずに、ずっと居心地の悪い思いをしている隊員が増えている――アーネストは引退の2~3年前からその傾向が気になっていた。そして折に触れて、そんな息苦しさを感じているように見受けられる者と話す機会を持ち、CPの外にも仕事や生き方があるとアドバイスをして、退職を促したり、つてを頼って仕事を紹介したりして、その人が人生を軌道修正することができるように図ってきた。
 だが引退して顧問という立場に退くことになった今、彼に与えられる権限は大幅に削減される。その中にはこの『Re‐start業務』(アーネスト自身がそう呼んでいた)も含まれていた。だから、新しく作ろうとしている第二五特別部隊で、Aにこの『Re‐start業務』を引き継いでほしいというのだった。
「もちろん、本来の任務であるベムがらみのトラブルシューティングもしてもらうよ。まあ、君にとってはなんてことないだろう。もうひとり、君と一緒にこの仕事を引き継いでもらいたいと思っている人も、仕事のできる人だしね。そしてそれと並行して、所属部署でミスをしたり、上司とトラブルになったりした隊員を君の所に送り込むから、その人となりを見て、CP以外のところでもやっていけそうか、だとしたらどんな仕事に向いていそうか、君の眼で判断してほしいんだ」
「……もしかして、めんどくさいところを俺にやらせようとしてませんか? だいいち、俺には無理ですよ。貴方は俺のこと買いかぶりすぎてる」
「そうかい? 私は君の“人を見る目”をけっこう高く評価してるんだけどな。そんなふうにCPでいたたまれなくなっている人の気持ち、今の君にはよくわかるんじゃないかな、明人。君もそんな人たちのひとりなんじゃないかなと、私は思っているんだがね。そして、だからこそ、君はそういう人たちに寄り添ってアドバイスしてくれるんじゃないかと、私は期待しているんだ。引き受けてもらえないだろうか?
 それともうひとつ今、ここで君が辞めてしまったら、君と征人はますます離れていくばかりになってしまう。私はそれも心配しているんだ。だからせめて、同じCPの中に身を置いていてほしい。少し距離を置いてみることで、今とは違う何かが見えてくるかもしれないよ。どうだね?」
 あくまでも穏やかな口調で、アーネストは話を終えた。そのままAの返答を待つ。Aはしばらくの間、唇を噛んで黙り込んだ。さんざん考えを巡らせていたが、とうとう悔しそうに口を開く。
「ずるいや、アーネスト。あなたにそんなふうに頼まれたら、俺には断る理由が見つけられない。わかってるでしょう?」
 アーネストはにっこり笑って、ちょっと肩をすくめた。
「君は『絶対に嫌だ、俺はやめます!』って言ってくれてもいいんだよ」
「言えるわけないじゃないですか。俺があなたのこと好きなのも、わかって言ってるでしょ」
「そんな熱烈な言葉が君から聞けるなんて、悪くないね」
 アーネストは嬉しそうに微笑んだ。
 「――そのあと少しして旦那を紹介されて、12年前二人でここを立ち上げたんだ。旦那は当時ガルムの所属だったんだけど、事情があってもっと命の危険のない部署に移りたがってた――それを人づてに聞いたアーネストがスカウトしてきたんだ。俺たちの直属の上司は第3治安治安部部長のウィルベルグ・ゴートっていうことになってるけど、それは形式上だけで、あの人は任務の連絡係に過ぎない。俺たちが動けるように取り計らってくれてるのは、本当はアーネストなんだよ」
 ジュリアは半ば口を開けたまま、一連のAの話を聞いていた。頭の中では一生懸命内容を咀嚼しようとしているのだが、何しろ情報量が多すぎて追いつかない。それでも一生懸命整理して、Aに質問する。
「つまり、この第25特別部隊……」
「通称“scrub(掃除屋)”」
「そう、その……scrubは、現場ではみ出したあたしみたいなのが、CPをスムーズに辞めて転職するためのワンクッションになってる……この解釈で合ってる?」
「だいたいは」
「今まで配属された人たちがほとんど辞めているのはそれが理由なのね」
「まあ……そうなるね。大抵は『こんなくだらない任務やってられない』って怒りだすか、『こんな気持ち悪い仕事できない!』って泣きだすかの二択で、みんな『CPなんか辞めてやる』っていうことになる。そうしたら俺がここでの様子と辞職の意志をアーネストに伝えて、アーネストが知り合いの誰かを紹介してくれて、退職後のサポートをしてくれるんだ」
「驚いた……そんな配慮をしてくれてるとは思わなかった」
「辞める人すべてにではないよ。アーネストのアンテナに引っかかった人だけだから……まあ、運もあるかな」
「そう……じゃああたし、運が良かったんだ」
 Aは応える代わりに微笑んで見せる。そして両手を広げた。
 「さてと。これで俺は手の内をすべて見せたよ。たいていの人は話の途中で向こうから『辞める』って言いだすからここまで深くは話さなかった。わかりました、じゃあ、って言って、退職後の相談先を伝えて、辞職届を提出してもらって終了となる。でも、君はここに残りたいと言った。もう一度聞くけど、本当にこんなところを君の居場所にしていいのかい?」
「こんなところ、って?」
「うん、まあね、一番わかりやすい例でいうと、君は女性でほかの四人は男だ。それだけで下衆なことを言う奴は結構いるだろうね」
「ああ……そういうことか」
 ジュリアはあはは、と声をたてて笑った。
「なんか、Cがあんな感じだから、男ばっかりって言われて『なんで?』って思っちゃったわ、なんか可笑しい」
「笑いごとじゃないと思うけど」
 Aがたしなめるように言う。
「ごめんなさい、気遣ってくれたのよね。ありがと。でもここにいる限り、CP本隊でどう言われてるかなんて、自分で探しにいかない限りそうそう聞こえてこないんじゃない? 仮に聞こえてきたところで痛くも痒くもないわ。あたし、自分の目と耳で確かめたものを信じることにしてるの。ここの人たちのことはちゃんと確かめた。だから大丈夫。話を聞かせてくれてありがとう。改めて、ここをあたしの居場所にしたいです。してもいいですか?」
 きっぱりと言った彼女の瞳には、揺らぎも迷いもなかった。Aはまだ何か言いたげに口を開きかけたが、その眼を見て肩をすくめ、首を振った。
「――わかった。じゃあ正式にチームに入るってことをゴートに連絡しとく。アーネストにも伝えておくよ。今回はサポートの必要なし、ってね」
「――いいんですか? ほかの人たちに聞かなくても……」
「俺たちの意向はいつも決まってる。本人の意思に任せる――だ。でも君のことはみんな歓迎すると思う。特にCは気に入ってるみたいだし」
「――ありがとう、よろしくお願いします」
 ジュリアは立ち上がり、深々と頭を下げた。Aが慌ててそれを制する。
「そんな、かしこまらなくてもいいよ。座って、まだ話すことがあるから」
 ジュリアは促されるままに座った。動悸が少し早まっているのがわかる。安堵の気持ちが全身に広がっていくような気がする。はあーっとひとつ大きく息をついて、それから彼女はAに問い返した。
「あたしにしてみれば、あなたたちがここにいるのが不思議です。みんなけっこう“できる”人たちなのに……Bさんも、Cも、だ……Lさんも、Aさん、あなたも。CPを出たっていくらでも次が見つかりそうなんだけど」
「あー、それについてはね」
 Aは言いにくそうに口ごもった。
「あまりほかの人のことを詮索しない、っていうのもうちの不文律で……でも俺たちは君のことを情報としてある程度もらっているし、お互いについても君よりつき合いが長いから知ってることも多い。そういう点では君に対して不公平かな、とも思う。だから今、差し支えない程度の予備知識として話しておくよ。あとはまあ、一緒に生活していくうちにわかってくることもあると思うから」
「……わかった。以後、気を付けます」
 Aは頷いた。
「まず俺のこと。前部署、っていってももう12年も前のことだけど、統合司令部で交渉人(ネゴシエイター)チームだった。ここにいる理由は……まあ平たく言えば“対人恐怖”かな」
 交渉人チームにいた、ということはドーソン相手のやり取りを思い出して納得できた。だがもう一つの単語に引っかかる。
「対人恐怖?」
「任務とプライベートでミスをして、それから他人と関わるのが怖くなった。特にプライベートのミスがけっこう致命的で……自分じゃそんなタイプじゃないと思ってたんだけどね。仕事のうちは大丈夫なんだけど、そこから離れるとなんていうのかな……人と近づくことも、こっちに踏み込まれることもできなくなっちゃって、それが原因で父とも不仲になった。でも所属が同じで、仕事のたびにいやおうなしに目に入るから、だんだんしんどくなってきてね。辞めようかと思ってたのをアーネストが見かねて声をかけてくれたんだ」
「えーと、じゃあここの発足当初からいるっていうこと? それに前部署のキャリアもあるんですよね。――失礼ですけど、おいくつなんですか?」
「こう見えてけっこういってる。38」
「はああ?!」
 思わず大きな声が出てしまった。Aは苦笑いを浮かべている。どう見てもその年齢とは思えない。
「ごめんなさい、あたし、失礼な物言いの数々を……てっきり同世代かと思ってたもんで……」
「気にしないで。ここにいるともう、みんなタメ口だから。そうでなくても俺、年相応の扱いをされたことはあんまりない。特にBとCにはね」
 Aはなかば諦めたような口調で言った。
「まあ、もう一二年もscrub(ここ)に引っ込んでるってことは、自分でもかなりこじらせてると思ってるよ。だから、けっこうどうしようもないやつだってことは覚えておいて」
「はあ……」
 なんと返事をしてよいかわからなくて、ジュリアはとりあえずぼんやりとした感じの相槌を打った。
「旦那は発足当時から一緒にこの部隊でやってきた。前に『ガルム』にいたことはCから聞いてるよね」
 『ガルム』はCPの対宇宙テロ制圧チームのひとつだった。ほかに二つのチームがあり、どちらも『ガルム』と同じく北欧神話からとった魔物の名で『フェンリル』『スレイプニル』と呼ばれている。いずれもカテゴリーはSランクで、CPの中でも特に能力の高い者が集められていた。
「彼は12年前30歳で、その若さで『ガルム』の隊長だった」
「隊長?! すごくデキる人だったのね」
 Aは頷いた。
「けど、奥さんを亡くされて、まだ赤ん坊だったお子さんと二人になってしまってね。『ガルム』みたいな命にかかわる仕事をしているわけにいかなくなって、転属を申し出た。上が手放したくなくてその申し出をはねつけて、揉めて、辞める寸前までいったところでアーネストが見つけて、俺のパートナーにって連れてきたんだ」
 またもや衝撃的な情報をぶち込まれる。ジュリアは目をぱちぱちさせて、それからやっと言葉をひねり出した。
「……奥さんとお子さんがいるんだ。お父さんなのね。全然そうは見えない」
「そうだろうね。ああいう人だし」
「お子さんは? 今どうしてるの?」
「『ポッシビリタ・スクオーラ』の寄宿舎に入ってる」
「ポッシビリタ・スクオーラって、じゃあ……」
 既婚者で子持ちということに驚いていたジュリアはさらに追い打ちをかけられた。
 人類が様々な星系に進出するにつれ、地球人と成熟度は同等だが、進化の道筋が少し違った様々な異星人との共生が進み、その結果として“亜人類”ともいえる混血の子どもたちが生まれ始めた。そういった少し異なるところのある子どもたちが集まって生活し、教育を受けるところとして準備されたのが『ポッシビリタ・スクオーラ』である。人類と見かけが少し違ったり、人類にはできないことができたりする彼らに、臆さず、驕らず、ともに寄り添って生きていってほしいという思いで設立された学校で、心ある篤志家が資金を提供し、その理想に基づいた人類の教育者たちが熱意を持って運営していた。
「……そう、Lさんの奥様、異星の人だったんだ」
「うん。でも旦那は奥さんのことはあまり話さないし、話したくもなさそうだから、知らないふりしててほしい」
「わかった」
 ジュリアは真剣な顔で頷いた。
「お子さんは男の子? 女の子?」
「息子さんだよ。長い休みの時はここへ遊びに来る」
「そうなの……あたしも逢えるかな」
「たぶんね」
「楽しみだわ」
 また少し、胸のあたりが温かくなった。
 「それからCは……まあ、見たらわかると思うんだけど、とにかくCPには向いてなかった。研修はぎりぎりでクリアして、現場は無理でも事務方でなら使えるんじゃないかって補給部隊に配属されたらしい。だけどその部署のメンバーがあんまりいい人たちじゃなかったみたいで、けっこうなストレスになってたらしくて、とうとうトラブルを起こしてここに回されてきたんだ。俺と同じで、あいつも他の人が怖いって言ってたよ」
「彼、繊細そうだもんね」
「ここに来てからはだいぶ落ち着いているみたいだけどね。君はあいつのことを変な目で見たりしなかったから助かったよ。過去に女の人が配属されてきたときは、ひどいことを言われたこともあって、とても傷ついてた」
「可哀相に……でもひどいこと言った娘の気持ちもわからなくもないな。きっとC、その娘なんかかなわないくらい可愛かったのよ」
 ジュリアがそう言うと、Aは目を丸くして、それからぷっと吹きだした。
「まいったな。そういう考え方もできるのか」
「そうよ! キュートってとこで言えば、あたしも絶対かなわないと思うもん」
 Aはあはは、と声をたてて笑った。
「いいね、それ、Cに言ってやって。きっと喜ぶよ。ああ見えて、大学では生物学を専攻してたんだそうだ。ベムについての知識は俺たちの中で一番で……そうだね、彼が来る前は俺たちはほとんどのケースでベムを“駆除”してた。だけどCが入ってからは、あいつの知識のおかげで“保護して元の生息地に戻してやる”ことも多くなった。これ、俺たちは結構悪くないと思ってる。駆除するよりずっと後味がいいんだ」
「そう……C、やっぱりとっても優しいのね。仲良くできるといいな」
「たぶん大丈夫なんじゃないかな。君のこと、相当気に入ってるようだったし」
 また少し、胸が温かくなる。少しずつ、少しずつ、思いが強くなってくる。――ここは、自分の居場所になってくれる。ジュリアは胸の中で、何度もそう呟いた。
 「それからBね、前は『イーグル』所属で、副隊長をやってた」
 『イーグル』はCPの正規隊の中でも、最も機動力にすぐれた精鋭部隊のひとつだった。Lのいた『ガルム』が星系をまたいだテロ制圧チームであることにないし、Bのいた『イーグル』とあと二つ、『ホーク』と『ファルコン』というチームが、日常における事件や犯罪の撲滅と解決を担っている。
「それであの機動力なのね、納得だわ。バズーカレーザーもいけるんでしょう?」
「そう、でも自分が動ける分、人に要求することも荒っぽくてね。今までは俺が何とか一緒に現場に出てたけど、今後は君にいくらか代わってもらえそうで、実は少し安心してる。この歳でアレについていくのはちょっとね……旦那だったら行けるかもしれないけど。俺はほら、統合司令部で現場じゃなかったから……」
 年寄り臭い言い訳を独りでぶつぶつ言っているAを、ジュリアは慌ててさえぎった。
「ちょ、待ってよ、あたしだってあんな人と同じことできませんよ! 素手で電磁ネットとか、ゴリラかと思ったわ!」
「そうかい? 俺は、あいつと君はすごく似た者同士のように見えるけど」
「――それ、あまり嬉しくないです」
 ぶすくれた顔で応えるジュリアに、Aはまた声をたてて笑った。
「まあ、あの通り口も悪いし、デリカシーにも欠けるけど、あれでけっこう苦労人なんだ。仕事もできて、隊長昇格は時間の問題だったらしい」
「じゃ何でここに……って、あー、なんかわかってしまったような気がするわ」
 ジュリアは苦い顔になった。
「上官に嫌われたんでしょ?」
「正解。それも、君と似てると思ったところだ」
 図星過ぎてぐうの音も出ない。黙り込むジュリアに、Aは笑顔でつけ加えた。
「前の部署でも面倒見が良くて、仲間や部下からの信頼は厚かったそうだよ。あんまり冷たくしないでやって」
「……努力します。まったく、あんなにいろいろできるんだから、CPなんか辞めちゃって民間のトラブルシューティング会社に入った方が良かったんじゃないの? あの人」
「ああ、それはね」
 AはBが来た時のことを思い出す。今回のジュリア以上に、先頭に立ってあっさりベムを駆除して、その後で同じように二人で話をしたとき。
「――君のその能力ならほかに雇ってくれるところはいくらでもあると思う。そのために、サポートしてくれる人も準備する。無理にCPの隊員でいる必要はないと思うが」
 Bは少し考えこんで、そのあと頭をガリガリ掻きながらこう言ったのだった。
「別に辞めたいと思ってるわけじゃねえから、しばらくここにいてやるよ。だいたい、あんたとあのおっさんだけじゃベム退治だって心もとねえし、俺が現場担当すりゃ、あんたらがちっとは楽になんだろ」
 ぶっきらぼうな言葉だったが、その申し出が意外過ぎてしばらく言葉を失ったのを、Aは今でも覚えている。
「へえ……いい奴じゃない」
「そうなんだよね。ちょっと面倒くさいところもあるけど、みんな、なかなかいい人たちだと俺は思ってる。残ると決めたのなら、君にとっても“いい職場”になるといいと思ってるよ」
「そうね」
 ジュリアはそう応えて、少し迷う。だがきゅっと唇を引き結び、まっすぐにAを見た。
「あたしもね、AさんやCと同じかもしれない。面倒見がいいってよく言われるけどね、本当は、人の面倒は見られるけど、自分の面倒はあんまり見れてないって言うか……うまく説明できないな。つい自分で動き過ぎてしまうところがあって、そのせいで他人を傷つけたことも多いの。そのたびに後悔するんだけどね。ストレイキャッツの時も、ここに来る前にいた研修所の時も、あたしがしたことで傷ついたり、よくないことになったりした人もいて、それがけっこうこたえてて、今はあんまり他人と関わりたくない気分なの」
 教官のミスを押し付けられて辞めることになってしまった研修仲間の、最後の言葉が脳裏によみがえってくる。
『お前が余計なことをしてくれたおかげで俺は辞めなきゃなんなくなった。ほかの奴らはいいよな、お前のおかげで怪我もせずに研修を続けられるんだから。お前もいいことしたと思ってんだろ? でも俺はこれでおしまい、今まで頑張ってきたことも全て無駄になった。なんで俺だけこんな目に遭うんだよ!!』
 泣きながらそう言った彼に、ジュリアは何も返せなかった。あんなに打ちのめされたことはなかった。自分が間違ったことをしたとは思っていない。でも、自分のしたことが彼を追い詰めてしまったことも本当だった。何とかしたかった。だから教官のところへ乗り込んだのだった。その時の気持ちを、ここにいる人たちにならわかってもらえるような気がした。
「――話を聞かせてもらえてよかった。改めて、ここになら居られると思いました。このチームに加わらせてください」
 そう言ってもう一度立ち上がり、ジュリアは頭を下げた。Aも立ち上がる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 そう応えて右手を差し出す。ジュリアは少しためらってから、その手を握り返した。握った手から、力強い温かさが伝わってくる。
「じゃあ改めて、新しいチームのメンバーをみんなに紹介させてもらおうかな」
 そう言ってAはブリーフィングルームをあとにする。ジュリアもそれについて部屋を出た。

 共有スペースに戻ると三人が顔を揃えていた。ヴィクトールに遊びに行っていたはずのBも戻ってきている。
「B、お帰り。早かったね」
「しょうがねえだろ、呼ばれたんだから」
 そう言ってジロリとCの方を見やる。Cはすました顔でそれをやり過ごした。それから、Aの後ろから入ってきたジュリアを心配そうに窺う。視線が合ったジュリアはウィンクを返した。
「彼女はここに残ることになったよ」
 Aの言葉に、Cの顔がぱあっと明るくなった。Bは驚いたように目を見開く。Lだけが全く表情を変えなかった。
「そんなわけで、scrubに新メンバー追加だ。改めて、自己紹介を」
 促されて一歩進み出る。
「ジュリア・星河です。これからよろしく」
 張りのある声で名乗り、ぺこりと頭を下げる。Cが満面の笑みで、胸の前でぱちぱちと拍手した。
「今更だけどせっかくだから。俺は広中明人、Aです。隊のことはだいたい、俺に押しつけられてるから――」
 と言って、Aはほかの三人をじろりと見まわす。だが全員、何食わぬ顔でその視線をスルーする。Aはため息をついてジュリアに向き直った。
「何か困ったことや、欲しいものがあったら俺に言ってください」
「ありがと。よろしく」
 Cが立ち上がって、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「残ってくれて嬉しいよ! 僕、クリストフ・ロシュフォール、Cです。仲良くしてね!」
 そう言ってジュリアの手を取り、ぶんぶん上下に振った。
「よろしくね。今度買い物行こうね」
「お茶もしようねっ!」
 あまりに喜んでくれるので照れ臭くなってくる。
「ねえねえA! ジュリア、だから“J”だよね、女王(クイーン)・ジェイだもんね!」
「災害(カラミティ)の方だろ」
 突然昔の二つ名を連呼され、しかもあんまり呼ばれたくない方まで呼ばれて心臓が跳ね上がった。慌てて声の方を見ると、ニヤニヤ笑っているBと、その向こうで素知らぬ顔で煙草をくわえているLがいた。
「……どっから聞いてきたの、それ……」
「あー、旦那が聞いてきたみたいだぜぇ。文句なら昔のお仲間に言えよな」
「何その言い方、すごいムカつく!」
「おっ、やるかあ?」
「やめろよ、二人とも」
 Aがぴしっと言った。声に有無を言わせぬ迫力があって、Bとジュリアは言い争うのをやめる。
「やっぱり……JもBもほんっと似た者同士だよ……先が思いやられる」
 一瞬、聞き流してしまうところだった。今、Aに初めて“J”と呼ばれたことに、ジュリアは気づいた。胸がいっぱいになって、言葉が出なくなりそうだ。こんなに嬉しくなるなんて思わなかった。
 Aに怒られたBは、「へいへい」と首をすくめて応えると、椅子から立ち上がり、ジュリアの前に歩み寄った。
「バートランド・グレイスだ。Aより使えそうだからばんばん手伝ってもらうぞ。よろしく頼むな、J」
 そう言うと、彼は笑って右手を差し出した。
「――頑張るわ。いろいろ教えてね」
 ジュリアも笑ってその手を握り返す。
「――リスト・ヴァースン。あんまり肩に力入れずにやれ、J」
 ソファに寝転がったまま、Lが声を飛ばす。そちらへ目をやると、彼はくわえたばこのまま、にっと笑って二本指で敬礼した。
「――ありがとう。よろしくね、旦那」
 半分泣きそうな笑顔で、Jは応えた。

 こうして、CP第25特別部隊、通称scrubに新しいメンバーが加わることになった。
 これから五人は様々な出来事と遭遇していくことになる。
 彼らの日々は、始まったばかりだ。

                   <See you next episode ➡➡➡>

☆最後まで読んでくださってありがとうございました。

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 この後、あとがきのようなよもやま話も投下します。

 よろしければそちらも、ぜひ。


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